第十八話


「で、太郎は神社になんの用?」


 難しい話を断ち切るように、六郎くんがズバッと核心を突いてきた。わたしはわたしの単純な行動をどう説明すればいいのか分からず「えーーーーーっと」と口をもごもごさせる。それでも二人は金色の瞳を向けてわたしの答えを待っているから、観念して素直に白状した。


「鉾を探そうと思って、なにか手がかりがないか調べたかったの」


「繭子さまそれは……」


「わ、分かってる。三郎さんは危ないからやめろって言うと思ったから、ひとりで……」


「ばっかだねえほんと。そんなのそこの狸が調べつくしてるに決まってンじゃん。それで倒れてなにかあったら目も当てられないよ」


 もうまったく六郎くんの言うとおりで、わたしは身を縮めてうつむいた。自分でも単純すぎて嫌になっていたところだ。それでもなにもせずにはいられなかった。


「夢の中でね、言われたの。もうひとりの、あやかしの方のなぎさに。わたしは王にとって何者なのかって。その時は家族だって言えればそれでいいと思ってた。でももうわたし達、それだけじゃダメかもしれなくて、なにかしなきゃって思って……」


「太郎、王と話したの?」


 そう聞く六郎くんに頷くと、目の前の二人は互いに視線を交わした。


 三郎さんが神妙な顔をして口を開く。


「次郎さまの中で王の意識はいまだ曖昧で、我々も完全には意思疎通ができません。しかし、繭子さまの夢の中で会話があったとするならば、それは次郎さまでなく王本人が繭子さまに語りかけてきたのだと思います」


「わたしもあれはなぎさじゃなかったと思います」


「同じ鼬なんだから太郎に話しかけてきたっておかしくないでしょ。ましてや実姉、夢に干渉するなんて簡単」


 六郎くんの言葉に今度はわたしと三郎さんが顔を見合わせる。


「それが少しおかしいかもしれない事情が……」


「はあ?」


「わたし、太郎じゃないと思う」


「どういう意味?」


「だからその、」


 そういう意味。とだけ言うと六郎くんはゆっくり眉を寄せていって、終いにはわたしに牙をむいた。


「じゃあなに。僕の予言が間違っているとでも?」


「予言?」


「僕のお役目だ。僕は鼬ノ太郎と鼬ノ次郎の存在を予言した。次郎は間違いなくあのおチビ。じゃあ太郎は? お前しかいないだろ。どんな事情があったってお前が現存する鼬の長子であることは間違いないんだ。太郎から逃げるな。お役目から逃げるな」


 六郎くんの冷たい手がわたしのあごをつかんでむりやり金色の瞳に目を合わせられる。そのまま縦長の瞳孔がわたしを射抜く。


「あやかしであることから逃げようとするな」


「六郎やめなさい!」


 三郎さんがわたし達の間に身を入れて、六郎くんの手が離れる。わたしはそっとあごをさすって、畳を見つめながら小さく尋ねた。


「それ本当?」


「繭子さま」


「本当にわたしが太郎でいいんだね?」


 自分でも自分が分からなかった。わたしは本当にあやかしの序列に組み込まれるのか。渚に引っ張られてあやかしになりかけているのなら、渚がいなかったらあやかしじゃない。そんなわたしが本当に鼬の長子なのか分からなかった。だから誰かにそうかそうじゃないか言ってほしかった。六郎くんは最初からわたしを太郎と言った。それがあやかしとしての予言の力なら。


 六郎くんはゆっくりと頷いて言った。


「次郎の影響があってもなくても。太郎はお前だ、繭子」


 最初からわたしは鼬ノ太郎だったってことだ。


 ▽


 日が傾き空気が涼しくなったのを見計らって、わたしは三郎さんとともに最初の目的地である神社へと向かった。倒れたばかりのわたしを心配していた三郎さんをせっついて強行したのはわたし自身だから、多少足元がふらついても弱音を上げたりしない。


 六郎くんはさっきから影に沈んでしまって姿が見えないけれど、なんとなく近くにいるような気がする。


「ここから先は急な階段になっています。今日はここまでにして日を改めてませんか。本調子でない繭子さまには体への負担が大きいかと……」


 三郎さんの言葉に顔を上げると、どこかで見たことがある石段が目の前から山の上へと続いていることに気づいた。


 手すりすらない急で険しいその石段をぽかんと見上げていると、この場所を軽やかに駆け上がっていく渚の姿が脳裏に浮かんできた。


「わたしここ知ってます。夢の中ではいつもこの場所にはなぎさがいて、王と話をしたのもここです」


「次郎さまが? この階段の先には神社しかありません。もしかしたら次郎さまは意識の奥底で、神社に向かおうとしているのでは。それが夢の中で現れ、繭子さまもそれを共有した……」


「可能性はあるね。鼬にとってあの神社は特別だ」


 どこかから聞こえてくる六郎くんの言うことに首をかしげる。


「なんで特別なの?」


「鼬の力が強かった過去のことです。一年に一度の祭事の日に、王はあの神社から鼬の道を繋ぎ、あちら側のあやかし達を宴に誘いました」


「要は道を繋げやすいんだよあそこは」


 祭事の日、渚はこの場所で奉納神楽を舞う。人間とあやかしがまぜこぜになるというその時、渚ははたしてどっちなのだろう。


「王の不在から祭事に顔出してるあやかしは僕たちだけだけど、今年はどうなることやら」


「やはり次郎さまは道を繋げるおつもりでしょうか。だとすればあちら側からの参加が増え、当日は混乱が起こるやもしれません」


「じゃあその混乱に乗じて悪さをするあやかしがいるかもしれないってこと? 鉾を盗んだのはこちら側に来たあやかしを倒すため?」


 三郎さんと顔を突き合わせながら考えを巡らせる。


 渚が狭間の王として目覚めようとしているこのタイミングで、あやかしを倒せる鉾が消えた。


 過去、祭事の日には狭間の王が鼬の道を繋ぎ、人間とあやかしが交流する風習があった。


 今年は渚がいるから鼬の道が繋がるかもしれない。そうするとあちら側のあやかしがこちら側にやってくる。


 それを不都合に思うのは?


「あやかしのことをよく思ってない人?」


「いずれにせよ次郎さまのお目覚めと、あやかしを屠るという六叉鉾の特性を知ることができる存在に限られますな」


 そもそも盗まれたというのが最悪の場合を想定していて、最悪のさらに最悪の場合、盗人がそれを使ってあやかしをひどい目にあわせるかもしれないという想定をしなければいけないのであって。


 そしてそれができるのは渚の様子を知っていて、六叉鉾であやかしを倒せることを知っている存在。


 そんなことは考えたくないけれど、どうしてもそれが可能な人が限られてしまって泣きたくなる。


「まどろっこしいこと言うなよ。そんなのもう分かりきってる」


 六郎くんが続けようとしている言葉を悟り、わたしはぎゅっと目を閉じた。


「そんな存在は汐野家しかいないンだよ」

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