第十三話
背筋が寒いのをぐっとこらえて、難解な話の続きを待つ。
「鼬というのは元々この島にはいなかった。昔々、人間と結ばれてこの島に渡ってきたんだ。そして、みるみるうちに島で増えてしまったんだ」
「増えてしまった?」
確かに鼬は駆け落ちしてこの島に来たのだと三郎さんが言っていた。それから子孫を残したというのはおかしなことだろうか。
首をかしげたわたしの横で、舳さんは鼬塚を憎々しげににらみつけている。そしてふとスイッチが切り替わったように、感情のない瞳をわたしに向けて言った。
「鼬は島の人間をたぶらかし、婚姻を結び、鼬の子を増やしていった。それを延々と続けて、とうとう島の人間が断絶しかけた。結局、鼬は人間のふりをして人間を根絶やしにする化け物だったんだよ」
「う、うそ……」
ばけもの。
その言葉にガツンと頭を殴られたような衝撃を受ける。あやかしが人間じゃないことは分かっていた。それでも敵じゃないと信じていた。
けれど、目の前の人間は確かにあやかしを敵視し憎んでいる。
「嘘じゃない。鼬というあやかしは、正しくは『
人断ち、まるで人殺しのような呼び名。
信じられずにぶんぶん首をふるわたしを横目に、舳さんは木の枝で地面に文字を書き始めた。
人断ち
人タチ
イタチ
「こんな風に書き伝えられるうちに間違って伝わった。分かるかな、鼬は人間の敵なんだよ。だから島で唯一、鼬の血が入っていなかった汐野家が、島の鼬の数を減らしたんだ。この塚はその時に葬られた鼬の墓。だから『鼬塚』って呼ぶんだよ」
人断ち、それは鼬の真の呼び名。
それが三郎さんと六郎くんがひた隠しにしていた真実。
鼬は人間を断絶するから、人間の敵で、だから人間の汐野家に葬られた。汐野、その名前に大切な人たちの顔が脳裏をよぎる。
いたちは、ばけもの?
汐野は、敵?
鼻の奥がつんとして、ぐらぐらと視界が揺れる。
昔から続く鼬と汐野家の因縁を知ってしまった。
鼬は人間を減らし、人間は鼬を減らした。
結局は相容れないと誰かが言っていたのを思い出す。
「なぜきみが泣くの?」
「……ひみつです」
わたしがぐすんと鼻を鳴らすのを見て、舳さんは眉を寄せた。彼はわたしが鼬塚について質問をしたから答えただけだ。さぞ不思議に思うだろう。
「詳しいんですね」とつぶやくと、軽いため息が返ってくる。
「研究というほどでもないけれど、この島の歴史について調査しているんだ。汐野にかかった呪いをとくヒントになるんじゃないかと思って」
「の、呪い!?」
次から次へとよくない言葉が出てきて頭が痛い。舳さんはなんでもないことのように言葉を続けた。
「汐野は代々短命なんだ。鼬の呪いじゃないかってね」
短命、長く生きられないということ。その意味を理解して、わたしはあんぐり口を開ける。
「でも、そんなはず……」
「呪いなんてあるわけないって? そんなことは分かってるさ。どうせ人間の血を守るために無茶な婚姻を繰り返していたんだろう。でも短命なのは事実、特に男は三十路も迎えられない。だから家督は年少者が継ぐ決まりなんだ。次の当主は僕じゃなくて京ってことだね」
ぐるぐると頭の中をたくさんの情報がかけめぐる。わたしの常識が通用しない未知の世界。それはあちら側だけでなく、こちら側にもあった。
すぐそばの、大切な人の世界。知らない方が幸せだったのかもしれない。
じっと黙っていると、ひとりごとのように空に向かって舳さんが話し出す。
「僕は時々思うんだ。汐野の呪いは鼬が存在する限り終わらないんじゃないかって。逆に言えば鼬さえいなければ、呪いがとける。古御門さん、きみはどう思う?」
「ど、どうしてわたしに聞くんですか?」
どうといわれてもわたしには難しすぎる。さっきから続く難しい話も、子ども相手にする話だろうか?
舳さんは肩をすくめて答える。
「きみは島の外から来た人間だろう? 京からきみの話をよく聞くよ。あやかしにも興味があるって。きみから見て、僕は間違っているかな」
鼬がいなければ?
汐野の呪いがとける?
わたしはごくりと息をのんでから、意を決して口を開いた。
「鼬がいてもいなくても、汐野の呪いはとけると思います」
「なぜ?」
「汐野のひとが島の外に出て暮らせばいつか元気になると思います」
鼬のいる島にいるからそうなるのだから、例えば人間がたくさんいる街で暮らせばいい。人間と結婚して、人間の赤ちゃんができて、それが続けばきっといつかは。
そんなわたしの返答に舳さんは悲しげな笑みを浮かべて言った。
「それができれば苦労しない」
家には家の事情がある。外からは見えない、隠された事情が。汐野家のそれは特に暗くて分かりにくい。
京くんの持つやわらかな光が、この闇の中で陰ってしまわないように
この島で鼬と人間が同じくらい幸せでいられるように
わたしにできることを探したい。
木々がざわめく中、鼬塚を見つめる。
昔々の遠い先祖たちが眠る、その場所を。
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