第5話 『静かすぎて不安になる』
「お、お久しぶりで~す」
約1カ月ぶり部室に訪れた俺に対して部員の人たちは以前と変わらない態度で接してくれた。雅先輩はたまに教室に来てくれたし、和哉は言わずもがなで今も一緒に部室に来たのだが、他の事情を知らない部員からは邪険に扱われそうなものだが......2人がフォローしてくれていたのかもしれない。
──本当に、この2人には頼りっぱなしだな
「良かったぁ。本当に来てくれたんだね」
背後から声を掛けられて振り向くと、そこには雅先輩が立っていた。俺の心臓が少しだけ高鳴るのを感じる。
「えっと、御心配をおかけしました」
雅先輩を含めた部員たちに頭を下げる。
「いいって、いいって」
「真面目なお前のことだ、なんかあったんだろ?」
「気にしなくていいからさ......あ?お菓子食べる?」
「おかえりなさい」
文芸部は俺と雅先輩、和哉を含めた7人の部員で構成されている。みんな、温かい言葉を俺にかけてくれている。御代との苦痛の時間が長かったせいか、その温かさが心に沁みて涙が溢れそうになる。
「ありがとう......ございます!」
涙を必死に堪えてる顔を隠すように頭をもう一度下げる。
今日、部室に来るのは本当はとても憂鬱だった。邪険に扱われたり、休んでいた理由を根掘り葉掘り聞かれたりするんじゃないかと......でも、それでもここに来れたのは彼らを信じる自分がいたからだ。先輩も後輩も同級生も関係ない......みんながみんな同じ部活の仲間なんだから。
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「それで、どう?何か案とかある?」
雅先輩が俺に聞いて来るが、残念ながら彼女の期待に応えることは出来なかった。
昨日の夜は結局、御代のことを考えたり、疲労の所為で碌に考える時間を設けることが出来なかったのだ。
──あっけなかったなぁ......。
御代から呼び出されることも命令されることもなく部活の時間まで過ごすことが出来たのは嬉しいんだけど......正直、拍子抜けというかなんというか、ここまですんなりと関係が切れると、今までの苦労が虚しいものとなる。
──いや、でも少しだけ元気がなかったような......。
普段のテンションとは少しだけ低いように思えたが、クラスメイトが彼女を心配している素振りは無かった。きっと、勘違いなのだろう。
「先輩は、なにか思いつきましたか?」
「そんな簡単に思いついてたら、一人で書いてるよ」
「それもそうですね」
今日も何も進展はなさそうだな。あるとすれば、部活の時間にこんなにも雅先輩と話すことが出来るという役得な立ち位置を確保できたことだが、それは昨日の時点で約束されたことではある。
「じゃあ、先輩の良く読むジャンル教えてください」
「んー......恋愛ものかなぁ、衛戸くんは?」
「俺も同じです。じゃあ......」
「うん。大まかな展開だけ書いてみようか」
俺は頷くと、手元に用意していた白紙の用紙に自分の好きな展開を書いてみる。男子小学生にちょっかいをかける女子高生。彼女は少しだけ小学生の彼に好意を抱いているんだけど、それを上回る勢いで彼が女子高生のことを好きになって────
「へー、そういうのが好きなんだ......」
「え?......ちょ、まっ、まだ見ないでくださいよ......」
「あ、ごめんなさい。気になっちゃって」
俺の欲望だらけの文章を見られるのは恥ずかしい。ましてや好きな女の子に見られるなんて、軽い黒歴史になりかねない事態だ。
「せ、先輩のも見ちゃいますよ?」
「だ、だめ!まだ......完成してから」
俺のは見といて自分は見せないなんて公平ではない。しかし、無理やり奪って読んで嫌われでもしたら一生の後悔になってしまう。我慢......我慢。
先輩は自分が覗き込むのを防ぐためか、俺の視界に入らないようにするためか離れたところで作業を進めだした。少し、残念というか寂しさを覚えながら俺も手を動かし始めると、先程まで先輩の座っていた席の隣に一人の男子生徒が腰を下ろした。
「部室でいちゃつくなよ......」
「いちゃついてないから!!」
和哉が呆れた表情で注意してくるので、ちゃんと訂正しておく。俺が雅先輩のことを好きなのは認めるが、彼女が俺のことを恋愛対象として見てくれているとは限らないんだ。あんまり、誤解を生む発言は控えてもらいたい。
「はぁ......。ところで、御代から何か言われたりしたか?」
先ほどよりも声を小さくして、俺にしか聞こえないぐらいの声で御代の話題を振ってくる。
「今のところなにも。そういうお前は?」
「恐ろしいほどになにも......あんま、怯える必要もないのかもな」
「だな。何か命令されても今はそれに従う理由は何もないんだ」
どちらにしろ、本性を隠したい御代はクラスで俺に何かしてくることはないだろう。付き合う以前のように会話をすることはあるかもしれないが、本当にそれだけの関係。付き合っていたことなんてなかったことにしてしまえばそれで元通りになるのかもしれない。
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大した進展もなく、明日の部活で成果を見せ合うことにして今日の部活が終わった。今日は御代と変える必要がないので、久しぶりに和哉と帰ろうと思ったら、何やら用事があるらしい。部活が終わるなり颯爽と部室を飛び出してしまった。
仕方なしに一人で下駄箱まで行き靴を出そうとして気づく。靴の上に一通の手紙が置いてあることに。
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