第3話 『幸せすぎる一日』

「不束者ですが────よろしくお願いします!」

「えっ、あっ、こちらこそよろしくお願いします!」


 話の流れで互いに頭を下げるのが自然だとしても、プロポーズに対する返答のような前置きには驚かされ、脳が処理をするのに数秒掛かった。

 何はともあれ合作という形に落ち着き、月曜の部活から作業を進める事になった。

 

「じゃあ、そろそろ私帰るね」


 時刻は17時。日が落ち始めてはいるが、まだ外は明るい。

 だけど、自分を心配してく来てくれた先輩を碌におもてなしせず、加えて1人で帰らせるなんて出来ず、先輩と一緒に立ち上がり言った。


「送って行きますよ」

 

 ただ先輩は女子。

 部活の後輩とは言え男子に家の場所を知られるのは抵抗があるだろうから、断られる可能性が高い────そう思っていたけど。


「お言葉に、甘えようかな」


 先程の述べた理由で断られるか、そもそも優しい先輩だから断られるかと思っていたけど、予想外にも同行をあっさり許可され、驚く。

 もしかして────なんて思ってしまう程に。

 ニヤケそうになる頬を必死に制御し、一緒に外に出る。

 それがなんだか恋人やそれ以上の関係を疑似的に体験している気分になり頬の制御が難しくなったので、一度深呼吸をしてから話をして気を逸らす事にした。


「先輩の家ってどの辺なんです?」


 今日、1時間くらい一緒にいただけなのに、少しだけ緊張が和らいでいるのに自分で驚いた。きっと、彼女の人を安心させる雰囲気がそうさせているのだろう。自然と会話を切り出すことが出来た。


「ここから近いよ。歩いて10分くらいだった」

「へ、へー......」


──歩いて10分?!自転車だったら3分くらいで着いちゃうんじゃない?!カップラーメンが出来上がる時間で先輩の家に行けちゃうの?!......呼ばれもしないだろうけど。


 しかし、今日すんなりと家まで送ることを許可されたという事実と、小説を一緒に作るという状況が相まってもしかしたらお呼ばれなんかも期待していいのかもしれない──いや、期待しすぎか。


 ふと、先輩の方に視線を向ける。長い黒髪が夕陽を浴びて少し茶色く見える。緊張のし過ぎと予想外の展開によって、特に意識を向けることはなかったがよく考えたら始めてみる先輩の私服姿の可愛さに目が行ってしまう。


──よく、考えてみると私服で二人で歩いてると、デートみたいな......やめろやめろ!先輩は今日俺のことを心配してくれて来てくれたのに......こんなこと。


「──衛戸くん?」

「え?あ、はい。どうしました?」

「その......また、お家に行っても......いいかな?」

「も、もももももちろん!小説の打ち合わせもしたいですし、うち両親帰って来ないんで、変な気を遣わなくてもいいですし!」


──おぉぉぉい!女性を家に呼んで、両親帰らない発言はまずくないか俺?!先輩のお願いに動揺しすぎだぞ俺!!


「ふふっ、ありがとう。じゃあ、私のお家ここだから!」


 そうって指を刺されたのは立派な一軒家だった。


「あ、あぁそうなんですね!」

「今日はありがとう。なんか私の方が助けられちゃって」

「そんなことないですよ!先輩が来てくれたおかげで、明日の部活も行きやすくなりましたし、心配してくれたのと一緒に小説書けるのがすごく嬉しかったんで!」

 

 俺の言葉に「よかった」と安堵の息を漏らしながらも、少し照れくさそうにしている雅先輩に思わず見惚れてしまう。


「気を付けて帰ってね。また明日」

「はい!また明日、よろしくお願いします!」


 先輩が俺のことを見送ってくれるのを背中に感じながら、自宅へ向けて歩き出す。

 今日は幸せなことがたくさんがあった。


「これからどんな不幸が待っているのか──いや、御代と付き合っている間が不幸だったからそのご褒美なのか?」


 今後に期待と不安を抱きながら、取り合えず帰宅したらもう少しだけ小説の内容を練ってみようと心に決めたのだった。


「見てるこっちが恥ずかしい」


 どこかから風に乗って声が聞こえたが、周囲には誰もいなかったので、気にせず自宅へと歩き出した。               



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