第2話 『まさかの訪問者』
「お邪魔します」
雅先輩が部屋に入る瞬間、緊張感がピークに達していたが『汚い』とか『臭い』という心が折られる感想は出て来ずに取り敢えず安堵した。
「洗面台借りるね」
「ああ、どうぞ」
手洗いうがいをしたいとの事で案内し、その間にオレは飲み物の用意をするため台所へ向かう。
「洗濯物減らす為にペーパータオルにしてたけど、まさかこんなところで助けられるとは」
もし、普通にタオルを掛けていたら、それで手や口を拭くというのは抵抗があっただろう。そうじゃないタオルでも、やはり異性が使ったものは抵抗があったはずだ。
しかし実際はペーパータオルすら活躍せず、持参したハンカチをポケットにしまいながらリビングに戻って来た。
まあ、そうだよな。冷静に考えたら先輩から家に上げて欲しいって言ったんだから、そういう準備くらいしてるよな。
「オレンジジュースで大丈夫ですか?」
「嬉しいけど、良いんだよ?気にしなくて。突然押しかけたんだし」
「オレの事を心配して来てくれた先輩に、そんな酷い対応出来ませんって」
テーブルの上に2人分の飲み物を置き、椅子に向かい合うように座る。
話したいことがあるのは分かっているが、その前にこちらの気持ちを落ち着ける為にも解消しておきたい疑問がある。
「どうして、オレがこのマンションに住んでるって知ってたんですか?しかも部屋の番号まで」
「和哉くんに教えてもらったの」
正直、予想通りの答えだった。
和哉にしか教えていない事だから、あいつに聞く意外に知る方法なんて教師に聞くぐらいしかなかったから。そのどちらかだとは予想していた。
それ以外の可能性を期待していたと言えば嘘になるし、期待が外れたと言っても嘘になるけど……。
「折角来てもらってるのにこんな事言っちゃあれですけど、ただ同じ部活の後輩が部活に来ないからって家まで来るなんて……部長だからって、どうしてそこまで」
「それは……大事な後輩が部活に来なくなったら気に掛けるよ。和哉くんに聞いてもはぐらかされたし」
和哉も同じ部活だから、そういう面でもあいつには迷惑を掛けたと再認識させられた。きっと、顧問からも色々と質問されたはずだ。
後で改めて御礼を言わないとな。
「それに」
「それに?」
「教室に様子を見に行ったの。そしたら……なんていうか、辛そうな顔してたから。声掛けづらくて……」
「あはは……そうですね、心配かけてすみませんでした」
御代の態度が変わってからのオレはかなりヤバイ雰囲気を漂わしていたと、和哉も言っていた。
その証拠に普段話さないクラスメイトにもなにかあったのかと心配された事もあった。
「でも、安心した。元気な衛戸くんに戻ったみたいだから」
「そうですね、無事解決したので」
それを聞くと本当に嬉しそうに笑顔を浮かべた雅先輩。
優しい先輩だなと思ったのは、他人の喜びを素直に喜べるだけじゃない。まだこの部屋に入って時間がそれほど経っていないとは言え、1度も「何があったの?」と聞かれない事が、とても有難かった。
「ということで、明日からまた部活に参加します。歓迎されてるかは分からないですけど」
「みんな待ってるんだよ。6人しかいないんだから、5人になるだけで寂しいんだよ」
「……ありがとうございます」
それからオレが顔を出していない間に部内に変った事があったかを聞いたが特になく、文化祭の準備をしている事を聞かされた。
オレたち文芸部は各々が執筆した本を展示、配布する事になったと、和哉から聞かされている。
だからオレも出遅れる事が無いよう、作業を進めようとしていた。
しかし御代の事で頭が一杯で集中出来ず、まったくと言って良いほど進捗は無かった。
「先輩は順調そうですよね」
しかしオレの予想に反して雅先輩は首を横に振ったので、少し驚いた。
「パッと書きたいものが思いついて、ただそれをいざ文章にしようとしたら、書けなくて……あはは、駄目ですよね」
「駄目なんて、そんな事無いですよ。オレも一緒なんで」
書けずにいるのはお互い様。
なら、和哉が冗談半分に言っていた事を実現できるかもしれない。
「ならオレと一緒に書きませんか?」
なんの突拍子もないオレの提案に対し、先輩は少し悩んだ様子だった後「迷惑じゃなければ是非」と、予想外な返答をもらえたのだった。
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