46.叶依の記憶

「じゃ、また明日な」

「えっ……何、してんの……?」

「何してんのって、修学旅行終わって駅で解散して……おまえ送ってきたんやけど」

 叶依と伸尋が立っているのは、寮の入り口だった。

 北海道から大阪に戻ってきて、既に暗くなっていたので伸尋が心配して送ってくれたらしい。叶依は持って行った荷物のほかに、お土産らしき袋が増えている。

「あ……そっか、ごめん、ありがとう」

「大丈夫か? ずっとしんどそうにしてたし、今日は早く寝ろよ」

「うん……。それじゃ、おやすみ」


 叶依は笑顔で伸尋を見送って、見えなくなってからとても悲しくなった。

 修学旅行後半の行動も、叶依の記憶には残っていなかった。

 代わりにあるものは、伸尋の記憶だ。

(あんなん……私が知るべきじゃない……!)

 美瑛でバスを降りて、伸尋と手を繋いだことは覚えている。けれど、そこから先の記憶が全くない。

(何なん、これ……。札幌のときも、海輝の記憶見てたし……。そこに私の記憶があるから? 札幌は海輝と出会ったとこで、美瑛は、みんなで遊んだとこ……伸尋と仲良くなれたとこ……。人の記憶なんか、見たくない……なんで見なあかんの……。なんで……なんで、自分の本当の記憶がないん……?)

 ~~~ねぇ、いったい、……にが、……ってる……?

 ~~~そん……、……たしに、聞かな……あなたの──

「うるさいっ!」

 聞こえた声から逃げるように、叶依は走って自分の部屋に入った。

 ドアを閉めて電気をつけて、少ししてからようやく落ち着いた。それでも心細くなって、気付いたときには電話をかけていた。

「ごめん、こんな時間に……家ついた?」

 かけた相手は、もちろん伸尋だ。

『うん。いまお土産渡して、階段上がってるとこ』

 電話の向こうから階段を上る足音と、荷物が壁にぶつかる音がした。

『どうしたん? 何かあった?』

「あ……あのさぁ、私、今日、何してた?」

『え? 何って……バスであちこち回って、夕方の飛行機で帰ってきたやん?』

「……何か言ってた?」

『ええと……今度、俺、試合あるけど仕事で見に行かれへんからって、頑張れって言ってくれたやん。遊びに行く話とか。みんなとも喋ってたし。あんまり覚えてないけど。自分で覚えてないん?』

「ん……ううん……疲れて忘れてたから気になっただけ。あ、バス降りてからは?」

『バス降りてから? 確か……そうそう、叶依、寝ててなかなか起きんかって、やっと起きてもふらふらしてたから、俺引っ張ってきた。荷物はなんか自分で持ててたけど』

「ふぅん……ありがとう……」

『大丈夫か? 絶対、早く寝ろよ?』

「うん、大丈夫……おやすみ」

 もちろん叶依には、そんな記憶は残っていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る