40.記憶の裏側Ⅰ -side OCEAN TREE-

「ねぇ、ラジオつけていい?」

 四月のある晴れた日、冬樹は車の助手席に座っていた。仕事場へと向かう車、運転しているのは海輝だ。

「いいけどさぁ。ここ電波あるの? すごい山ん中だよ?」

「やってみないとわからないけど……とりあえずFM12.3とかつけてみようよ……うわっ、電波ねぇー。NHKとかどうかな……あっ、これは入る……でも──え……何これ? クラシック、ギター?」

 NHKラジオから聴こえてきたのは、都内で開かれているギターのアマチュアコンテストだった。二人はもちろん、それを聴くことにした。

 コンテストに出場しているのは、地方予選を勝ち抜いた二十人だった。

 けれど、特に上手い子はいないというのが二人の感想だった。

「そういえば、俺たちもこれ出たことあったっけ?」

「うん。確か四回出て……一回だけ優勝したことあったかな?」

「今回これ優勝する子いないんじゃない? 入賞者は出るけど優勝者は決められないとか。俺らの時も一回あったし」

「うーん……この世界も結構厳しいな……あ、もう最後だって」

 まさか最後に、優勝候補が残っていたなんて。

 若咲叶依、十七歳、高校二年生、ギター歴は約十年。

 二人より年下でギター歴も短かったけれど、レベルは高校時代の自分たちをはるかに超えていた。予想通り、優勝したのは叶依だった。


 自分たちがパーソナリティを務めるラジオ番組で、ゲストに叶依を招こうと思ったのはそれから数日後。

「でも、どうやって連絡取るの?」

「叶依ちゃんなら、もうすぐうちからデビューするわよ」

 叶依には、事務所の大川緑から連絡をすることになった。

 けれど、双方のスケジュールがいっぱいのため、会えるのは早くても十二月だろう、というのが現実だった。ようやく日程が決まったのは、それから三ヶ月後だ。

 世間が夏休みになる八月、OCEAN TREEは休暇を取って、地元・北海道に戻っていた。家でゴロゴロする、ではなく、行きつけのカフェでライブの予定がある。

 そのある日。

「そうだ、別にラジオに呼ばなくても、プライベートでなら今とか会えたのにねぇ」

 ライブの準備をしながら、海輝が言った。

「……ああ、叶依ちゃん?」

「そうそう。あ、でも、遠いのかぁ」

 カフェの周りには大勢の人が集まってきていた。

 そこだけ時間が止まったように、都会の雑音も聞こえなかった。ただOCEAN TREEのギターの音だけが、その空間に存在した。

 ライブ終了後、荷物を片づけた海輝は、ひとりでカフェを抜けた。そして真っ直ぐに、隣の公園で座りこんでいる少女に話しかけた。

「どうしたの? 君、さっきからずっとそこに座ってるから、気になって」

 顔を上げて海輝を見た少女は、驚いて口をぽかんと開けていた。

「そんな、初対面でそんな顔されたの初めてだなー。それより、そんなところに座ってたら、せっかくのギ──」

 相手が少女だということと自分の言った言葉がどこかで連鎖して、思ってもいなかった事実にぶち当たって海輝は言葉を詰まらせた。

 知っている顔だった。ほんの数日前に覚えたばかりの顔だった。

 ギターのコンテストで優勝し、Zippin’ Soundsからデビューしたばかりの叶依がなぜかそこにいた。


 オープンカフェでランチをしながらいろんな話をして、冬樹の車で海輝の実家に向かう。

 叶依を部屋に案内したあと、隣の部屋に入る海輝と冬樹。

 夕食は海輝の誕生パーティーも兼ねており、皆が眠りについたのは真夜中に近かった。

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