39.ホームルーム

 それから数週間後のロングホームルーム。

「今日は修学旅行の話しますー。で、プリント配ってますね、それ見てください。まず一番――」

 田礼が話をしているのにも全く耳を傾けず、叶依はただ机に伏せていた。

 三年になってから、毎日こうだった。登校時間もいつもより三十分遅くなった。授業はきちんと受けているけれど、休み時間やホームルームは誰とも口を聞かずにただ一人で机に伏せていた。昼休みにはある程度マシになるけれど、叶依が何も言わないので何があったのかは全く分からない。

「叶依、叶依、どこ行く?」

 海帆の声で叶依は初めて顔を上げた。

「……? 何やってんの?」

「六月に修学旅行あるやん。それの班分けして、自由時間にどこ行くか決めんねん」

 同じ班になっていたらしい伸尋が答えた。

「修学旅行? どこ?」

「北海道ーイエーイ!」

 同じく、珠里亜が笑顔で叫んだ。

 机の上に置かれていたしおりには、『北海道への旅』と大きく書かれていた。それをパラパラめくりながら、叶依は声をあげた。

「はぁ? 札幌、小樽……富良野、美瑛? 何これもぉー!」

 全部、叶依の記憶に残っている場所だ。

 札幌はOCEAN TREEに出会った場所で、富良野には海輝の実家がある。美瑛は冬にみんなで行ったし、小樽には何度かOCEAN TREEと行った。海輝にもらったオルゴールもそこの職人に作ってもらったと、海輝が言っていた。

「もー最悪ー」

「叶依、おまえ、最近どうしたん? 何かあったんか? ラジオの時からおかしいで」

「別に何もー。気にせんでいいよ。おかしいのもとからやし」

 そう言って再び机に突っ伏そうとする叶依の顔の下にシャーペンを立てて、寝かすまいと伸尋が邪魔をした。

「言えよ。何か隠してるやろ。このまえ校長に呼ばれた理由だってまだ聞いてないし」

「……最近よく女の人の声が聞こえるんやん。誰もいないのにやで。ラジオの時に初めてそうなって、その時はそんなに気にならんかってんけど……最近やたら聞こえんねん。日毎にひどくなってくるし……」

「何て言ってんの?」

「それはわからん。でも、たまにはっきり聞こえる」

「あぁ……」

 伸尋には思い当たることがあった。

「それが嫌やから仕事つめて……。仕事しすぎで頭おかしくなったんかもしれんけど」

「仕事してたら忘れられると思ったんか」

 叶依は頷き、「でも無理やった」と呟いた。

「じゃ、なんで校長に呼ばれたん?」

 声がした方を見ると、史がシャーペンをくるくる回していた。

「史おったん?」

 叶依は史の存在に気付いていなかった。

「俺だけ仲間外れにすんなよなー。三年間同じクラスやったのになー。悲しいわー」

「ごめん。ほんまに知らんかってん。……で……何やっけ?」

「校長に呼ばれた理由」

「あ──それ、仕事の話やから言われへんねん。でも九月頃にはわかると思う」

「また仕事か……」

 悲しそうに言ったのは伸尋だった。

「でも……もうしばらく……六月末までは何もないで」

「じゃあさ、それまでにリフレッシュしろよ。おまえ絶対疲れてんやって。『最悪』とか言わんと北海道行こうや」

 その場の空気が沈まないように、史が明るく言った。

「うん……でも……あーーーもーーーーーうるさい!」

 再び叶依が大声で叫び、教室は静かになった。

「――ごめん。みんなに言ったんちゃうから。どうぞどうぞ話続けて!」

 教室が元通りになるのを待ってから、叶依は口を開いた。

「また誰か喋ってた。何て言ってんのかはわからんかったけど」


 修学旅行当日。

 新千歳空港に到着した生徒たちは、クラス別にバスに乗り込んだ。

「私、窓側がいい」

 バスの座席は、ちゃんと決めたはずなのに。

 それを完全に無視して、叶依は最後部座席の右奥を陣取った。海帆と珠里亜、それから史と伸尋で、後ろに座る予定ではいたけれど。いちばん場所に困る珠里亜が、窓際に座る予定だったけれど。

「ちょっとー叶依ー!」

 という珠里亜の叫びを無視して、叶依は動かなかった。

 そしてバスが札幌へ向かって走り出した数分後、叶依の目には過去が映っていた。

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