20.予想外の質問
パチパチパチパチ……
叶依が登場した時よりも更に大きい拍手が、会場いっぱいに鳴り響いていた。
「はい、どうもありがとうございました。改めてご紹介します、七月に見事、Zippin’ Soundsからデビューした、二年十組の若咲叶依さんでーす」
司会の金井麻子が叶依を紹介した。
「で、今、弾いていただいた、ウオタギラ、もうすぐ発売になるらしいんですが……これ、ウオタギラってどういう意味なんですか?」
先生が叶依にワイヤレスマイクを渡す。
「これはあのー、ありがとう、なんですよ。ありがとうって、ローマ字で書いて逆から読んだらウオタギラってなるじゃないですか」
「ありがとう……う……お……あ、あー。なりますね。でも、どうして『ありがとう』なんですか?」
「――夏に、一人で北海道行ったんですけど」
「北海道?」
「その時に、すごい良くしてくれた人たちがいたんですけど、その人たちに、ありがとうという意味でつくりました」
「そうですか。でね、ちょっと、ここに偶然来ていた生徒の皆さんに特別に、何か質問に答えていただけるということなんですけど……質問……ありますか?」
会場のほとんどが一斉に手を上げた。
あまりの数に対応しきれず、麻子は先生たちに生徒の質問を集めるように頼んだ。その間に麻子は叶依と別のことを喋る。
「実は、この若咲さん、今、CDとか出して歌ってますけど、何か、聞くところによると、元々は歌はなかったんですよね? OCEAN TREEみたいに。さっきのウオタギラもそうですけど」
「そうです。あんまりー……というか、ほとんど知られてないんですけど」
「どうして歌になったんですか?」
「私、コーラス部なんですけど、ある日、クラブでギター弾いて歌ってみたら、それがなんか良かったみたいで、それでです」
「ふぅん。あ、そろそろ質問がまとまったみたいです。じゃあ……」
麻子は受け取った書類をパラパラとめくって、
「誰か、有名人に会いましたか?」
「有名人? それは、俳優? それともミュージシャン?」
「えー……全部ひっくるめて、です」
「うーんとねぇ……結構会いましたよ。氷上涼子さんとか、Mickoさんとか、bambooとか……OCEAN TREEにも会いました」
笑いながら叶依が答えると、会場からは「えーっ」という叫び声がした。
「野上太一さんとか」
「何か、すごい人ばっかりですよ?」
「そう、ですね」
叶依が言ったのは全員、いま注目されている人たちだ。
「そんな人たちと会える若咲さんもすごいですけどね」
「いえいえ……」
叶依は照れ笑いをした。
「その、すごい若咲さんですが、一番多かった質問──OCEAN TREEにライバル意識はありますか? あるもんですか?」
予想もしない質問だった。
叶依は回答に困った。
「そういうことは、ないです。事務所同じ、先輩なんで……ライバルって……そんなこと言ったら怒られます」
「怒りますよ」
(え?)
金井麻子ではない、別の声がした。
けれど、誰もいない。
きょろきょろしていると、また声がした。
「今まで一緒に仕事してきて、いきなりライバルとか言ったらもう、怒りますよ。まぁ、言わないと思うけど」
別の声はだんだん大きくなり、叶依は姿を想像して、まさか、と思った。けれど予感は的中したらしい。舞台上手から現れたのは、OCEAN TREEの海輝だった。
「えっ、あの、ちょっと、なんでっ?」
海輝の突然の登場に、叶依は挙動不審になった。この一ヶ月で見なれた顔ではあるけれど、まさかここで会うとは思わない。二週間前に会ったけれど、そんな話は聞いていなかった。叶依が驚いている間に、麻子は下手のほうへ下がってしまっていた。
観客のざわめきがおさまるの待って、海輝は話しだした。
「あのー……今日はちょっと、仕事の話で来たんですよ。本当にそれだけで、ここに出ることになるとは、思ってなかったんですけど」
海輝はそれから、寮母と先生を通して、叶依がここにいることを知ったと続けた。
「なんで海輝……冬樹は?」
「あいつは今日は、朝から洋さんと釣りに行ってます。昨日の夜、電話があったらしくて……早朝から……釣り行ってくるってLINE来てました」
「洋さん……。洋さん元気?」
「元気元気。あ、そうだ、また今度どっか行こうって言ってたよ」
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