19.多忙な日々

「それじゃ、明日頑張ってね。でも、無理はしないでね」

 九月二十四日、水曜日の放課後。

 講堂での文化祭リハーサルを終えた叶依を、知原は見送った。

 デビューしてから約二ヶ月、叶依の人気は上昇し続け、留まるところを知らなかった。クラスはもちろん、学校全体が叶依の在籍を誇っていたし、毎日のように届くファンレターの数も、九月初旬に立ち上げたホームページへのアクセス件数も、日毎にその数を増やしていった。

「ギターやってくれへんか?」

 文化祭実行委員の史に頼まれたのは、文化祭二週間前の夜だった。

「専門部会で頼まれてよぉ」

 各クラスの文化委員が集まった文化祭前最後の文化部会で、三年生のあるクラスが「卒業記念に聴きたい」と言い出した。叶依のクラスの史に話が持ちかけられたけれど、最初は「忙しそうだから多分無理です」と、叶依の疲労度を考えて引き受けなかった。

 叶依が忙しいことは本人から聞いていたし、たまに学校で会う時も、今までのような元気は消えていた。だから本当に断ろうと思っていたのに、先生たちからも頭を下げられ、引くに引けなかったらしい。

 北海道から帰ってから、叶依は大忙しだった。人気上昇に伴い、CMやラジオ、学園祭、いろんなメディアから出演依頼が殺到した。学校での宿題テストまでの短縮授業にはほとんど出席せず、朝から晩まで仕事が詰まっていた。

 マネージャーの瑞穂や海輝に知原、そして友人たちは心配してくれたけれど、それだけで癒される程度の疲労ではなかった。

 久々に友人たちと過ごした宿題テストの日も、翌日にテレビの収録が入っていたので六時には寮に戻っていた。

「やっぱ無理やでなぁ……文化祭の日は空いてんの?」

「空いてるけど……キツイなぁ……」

 叶依は抱えていたクッションに顔を埋めた。

「そりゃそうやでな……じゃ、もう――」

「今日考えるから、明日まで待って。収録終わってから学校行く」

 翌日夕方、叶依は収録終了後に学校へ行き、文化委員の顧問に出演を直接OKした。ただし、そのことは当日まで生徒には一部を除いて極秘にしておくという条件付で。

 それからも叶依は大忙しだった。学校にいる間だけが唯一くつろげる時間だったのに、叶依に会いに訪ねて来る人や、休み時間の行動を観察する人もいて、気楽にはできなかった。


「悪いな」

 文化祭当日、舞台の袖で待機している叶依に史が謝った。

「いいよ別に。文化祭やし」

「そうか? でも……顔色悪いやん。いけるか?」

「大丈夫やって。十月は完全に休みやから」

 ちょうどその時、司会進行の文化委員が叶依の登場を告げて会場を沸きあがらせた。

 叶依はギターを持って、観客の待つ舞台へと向かった。

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