15.湖畔の一軒家

 三人がカフェに入ると、店内は少しざわついた。デビュー間もない叶依はともかく、OCEAN TREEは人気有名人だ。彼らはここの常連のようで、店員に「いつもの三つね」と言うと、一番奥の席へ進んだ。

 店内がざわついたのは、OCEAN TREEだけが原因ではなかった。

「僕ら、ここにはよく来てるし……叶依ちゃんに注目してるんじゃない?」

 耳を澄まして聞こえてきたBGMは、叶依の『balloon』だった。ここの店長はOCEAN TREEの高校時代の先輩で、OCEAN TREEがラジオで紹介したアーティストの曲は、いつもしばらく流し続けるらしい。

 注文した『いつもの』ランチが届けられると、

「俺、この海老フライが好きなんだよ」

 と、海輝は嬉しそうにしていた。

「僕は海老フライも好きだけど、コーヒーかな」

 冬樹は、コーヒーだけを飲み続けて時間を潰すこともあるらしい。

 二人は同級生で普段は東京で暮らしているけれど、北海道出身なのもあって、このカフェでのライブを兼ねて帰省していたらしい。

「叶依ちゃん──髪切った?」

「うん。十センチくらい」

 前は肩より長かったけれど、今はかかっていない。

「だーから、最初わかんなかったんだ」

 ちなみに叶依が髪を切ったのは、つい数日前だ。

「ところでさぁ。なんでひとりなの? ご両親いないのは知ってるけど」

「そうだ、家、大阪じゃなかった?」

 二人の質問に、叶依は夢の話をした。本物かどうかはわからないけれど、母親が現れて北の国、北海道へ行くように言ったこと。嘘のような本当の話に、二人は驚かなかった。

「そっか……じゃ、うち来る?」

 言ったのは海輝だった。

「いま休暇中で実家に戻ってるんだけど……こいつも来てるし……行くところないんでしょ?」

「もう一週間も居候してるなぁ」

 冬樹は肩を震わせて笑っていた。

「でも……」

「おいでよ。一人って寂しいよ?」

 それは一人暮らしをしている叶依には、よくわかっていることだった。

 けれど、いきなり行って泊めてもらうのも図々しい。

 もちろん、断ったところで、頼るあてもない。

(お金……無いしなぁ……野宿も嫌やし……)

 財布の中身を確かめずに叶依は寮を出てきてしまった。もちろん、通帳もカードも、机の中にしまったままだ。

 空港に到着して、初めて気がついた。

(飛行機って、この時期、予約無しで乗れる?)

 予約した覚えはない。なのに母親は、便を指定していた。

(今からでも間に合うかな? でも──、え?)

 財布の中身が気になって、中を見て驚いた。お札に混じってなぜか、往復分のチケットが用意されていた。

(いや、待って、これ……予約したっけ?)

 搭乗の列の最後のほうに並んで、ゲートは無事に通過できた。安心したけれど、いつ誰が入れたのか、叶依にはわからない。

 札幌についてから進む方向に迷っていると、叶依を見つけたお姉さんが「こっちに行くと賑やかだよ」と教えてくれた。あてもなく歩いていたらOCEAN TREEに出会い、お昼御飯をご馳走してもらった。

 思えば今朝、寮を出てから、ほとんどお金を使っていない。けれど、宿に支払うお金もない。その前に、この時期に予約無しで泊まれるところがあるとも思えない。


 叶依は海輝を頼るしかなかった。

 札幌市内の駐車場に停めてあった冬樹の車で一般道を走ること約三時間、湖畔にある海輝の実家に到着した。

 叶依は二階の湖に面した部屋に招かれた。

「何かあったら言って。部屋、隣だから」

 それから小一時間、叶依はずっと窓の外を眺めていた。

 夕陽は既に沈んでしまい、空には紫のグラデーションが出る。

 コンコン――

「は、はい」

 ドアを開けたのは、海輝の母親、景子だった。

「叶依ちゃん、ちょっと早いけど夕食にしましょ。お腹すいたでしょう」

「はい……ありがとうございます……」

 さぁ、と叶依を呼ぶ景子の横に、海輝と冬樹が現れた。

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