<第2章 想い出>

14.偶然の出会い

 二学期始業式の日の教室は、いつもとは空気が違っていた。

 いつもなら誰かと楽しそうにしている叶依が、朝から誰とも話さなかった。友人たちは心配して近くにいるけれど、それでも叶依は関わろうとしない。せっかくデビューもしたというのに、まるで無名と同じだ。

「どうする? 叶依、放って帰って良いんかなぁ?」

 友人たちは叶依に声をかけられないまま、下校時刻を迎えていた。

「おまえらなぁ、先に帰れ」

 史は叶依を見ながら、座っていた。

「でも……」

「俺、状況なんとなくわかったから話聞くわ」

「えっ、どんな……?」

「それはまだ言われへんけど──伸尋、おまえも先帰れ。今日はあいつと話するな」

 史は言ってから集団から離れ、自分の席で頭を抱えている叶依の前にしゃがんだ。それから声をかけると、ようやく叶依は顔を上げた。無表情に近かった。

「どうしたん? 元気ないやん」

 叶依は何も言わなかった。

「帰ろ。送ってあげる」

 史が叶依の鞄を持ち上げると、

「史──史ん家、行っていい?」


「俺で良かったら話聞くけど?」

 部屋の中は、きちんと、ではないけれど、ある程度は整頓されていた。

 あれから叶依は史と学校を出て、寮には帰らずに史の家に寄った。別に来たかったからではなく、ひとりになるのが怖かった。朝からずっとひとりでいたのは別の理由で、それが長く続いた結果、ひとりでいるのが怖くなってしまった。

 だから、史が──他の誰でもなく、彼が来てくれたときは、本当に嬉しかった。

「何あったん? 言ってみろよ」

 叶依はゆっくり話しだした。


   ☆


 夢に出てきた母親の言う通り、叶依は飛行機で北の国へ向かった。

 北の国──それは、新千歳空港への直通便だった。とりあえず札幌まで電車で向かい、あてもなく歩き続けた。

 しばらくして、大通りにたどり着いた。街を行く人々は、笑顔で叶依の横を通り過ぎていく。学校が夏休みに入っているせいか、子供の姿が多い。

 叶依はしばらく西へと進み、公園が途切れたところで公園の南側を東へ引き返した。テレビ塔を目指して歩き続け、あるときふと、北へ向きを変えた。

 何かが聞こえた。

 音のする方へ誘われるように歩いていくと、それが音楽だとわかった。録音ではなく、生演奏だとわかる。それがギターの音だとは、もちろんすぐに気付いた。

(これってもしかして──)

 二つ目の角を曲がったところで、叶依はそれを発見した。

 ビル街の真ん中にぽつんと立つ時計台。その向かいのオープンカフェに群がる大勢の人。その中央に座って、ギターを奏でる青年二人──。

(うそぉっ?)

 叶依はただ、驚くしかなかった。

 目の前でギターを演奏しているのは、紛れもなくOCEAN TREEだったのだ。

(マジで?)

 大川に彼らのCDをもらってから、毎日聴いていた。どの曲を聴いても、自然界の、日常生活の、何かを想像できた。叶依のギターには歌があるけれど、彼らのにはなかった。もちろんタイトルはあるけれど、曲のイメージをそのままつけたものは一つもない。

(私と五つしか違えへんのに、すごいよなぁ……)

「どうしたの?」

 頭の上から声がした。

「え?」

「君、さっきからずっとそこに座ってるから、気になって」

(まさか……えっ!)

 叶依の前に立っていたのは、二十代前半くらいの青年だった。

 見上げた叶依はぽかんと口を開け、信じられずに相手を見つめていた。

「そんな、初対面でそんな顔されたの初めてだなー。それより、そんなところに座ってたら、せっかくのギ──」

(ギター? ああ……ギターの上に座ってる……)

 叶依は慌てて立ち上がった。

 いつもの顔に戻してから改めて青年を見ると、今度は彼がさっきの叶依よりも驚いた顔をしていた。

「もしかして──若咲叶依ちゃん……?」

「うん」

 叶依は頷いた。

「本当に? マジで?」

 話しかけた相手が叶依だと知って、青年は本当に驚いていた。もちろん、彼を見たときは叶依も驚いた。青年は、OCEAN TREEのリーダー、葉緒はお海輝かいきだった。

「なんか、予定してたより、ずいぶん早く出会っちゃったなー」

「何やってんの、海輝?」

 海輝の後ろから、彼の相棒、恒海こうみ冬樹が現れた。

「あ、冬樹! も、びっくりしてさー! この子誰だと思う? あの子だよ、例の!」

 海輝はコーフンしまくっている。

「あの子って――叶依ちゃん?」

 冬樹も目をまん丸にしていた。

「それはそれは。お会いできて光栄でございます」

「ねぇ!」

「こちらこそ……。何か……何言っていいか……」

「じゃあ、とりあえず、あそこ入ろうよ。立ち話もなんだし」

 そう言って冬樹は、オープンカフェを指差した。

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