13.夢のなかで

 日付は約二週間さかのぼって、総合体育館でバスケの試合が行われた日の夜。

 史は家族との用事を済ませると、部屋に戻って伸尋に電話をかけた。もちろん、『叶依がOCEAN TREEと会う日が決まり、叶依はそれをかなり楽しみにしている』と報告するためだ。

「ヤバイで」

『何が?』

「何がって、叶依があいつらと会ったらどうなると思う? 叶依があいつらのファンって知ってるか? あいつらがすごいのは認めるけどさぁ……、叶依も同じくらいのレベルやと俺は思うけどなー。そんな二人、三人がCD交換って、ヤバいやろ」

『CD交換? ああ、挨拶か』

「おまえ、もっと頭働かせっつーの。俺が言いたいのはなぁ、叶依がどっちかと付き合うかも知れんっていう……」

『そんな、叶依に限って……』

「わからんで? どこで会うんかは知らんけど、あいつらの前やったら、叶依も自分のこと忘れて、ただのファンになるんちゃうか? あいつらも叶依を気に入ったんやろ? おまえみたいに何か思って実際会ってみ。絶対それだけで終わらんで」

 伸尋は閉口した。

 叶依が自分以外の誰かを好きになり、付き合い始め、終には――。

 想像したくもない。

 けれど、もしそれが現実になるのならどうすればいいのか。どうするべきか。他人と付き合われるよりも、それを無理に離そうとして逆に嫌われるほうが嫌だ。

「事前に手打つしかないで」

 史のその一言が、いつまでも胸に響いていた。


   ☆


 叶依は夢を見ていた。

 それはとてもきれいで今までに見たことがない、けれど、何故か懐かしい場所だった。

「叶依ー、こっち来いよー」

 伸尋が大きく笑っていた。

 叶依は伸尋のほうへ――果てしなく広がる草原の中の、一本の大きな木のほうへ走っていった。

 伸尋は木に登っていた。

 叶依は木に登ることはせず、下から笑って伸尋を見上げた。

 いつの間にか伸尋が見えなくなり、叶依は木陰で眠り始めた。

「叶依ー。叶依ー。どこー? いたら返事しろー」

 どこか遠くで伸尋の声が聞こえた。

「叶依ー、どこにいるのー?」

 母親の声も響いていた。

 けれど、叶依は返事をしなかった。

(私はここでーす……木の……下でーす……)

 伸尋なら見つけてくれるだろう、と思った。

(私はここでーす……)

 叶依は夢の中で夢を見ていた。

「叶依」

 母親の声がした。

(起きてあげないもーん……)

「叶依、明日ね……」

 寝ている叶依の耳元で母親は囁いた。

「明日ね、飛行機──十時十四分のNAJ十八に乗って、北の国へ行くの」

(北の国……?)

「絶対行くのよ」

 それだけ言うと、母親は叶依の手を握って虚空へと消えた。

(今の……今の、ほんまにお母さん……?)

 叶依は操られるように目を覚まし、鞄に荷物を詰め始めた。信じられないけれど、叶依の手には母親の温もりが残っていた。

 そして午前八時を回った頃、叶依はひとり寮を出て行った。


   ☆


 夕暮れ、叶依は窓の外を眺めていた。沈もうとしている夕陽は空をオレンジや紫に染め、同時に湖も夕陽で染まり、空と湖はほぼ一体化していた。

 ほぼ、というのは、その境目に薄紫に染められた山が低く連なっていたからだ。

 八月に入ったばかりだというのに、空気は冷たかった。風も少し吹いていて、湖の上の湿った空気を運んでくる。

 叶依は湖畔の一軒家に部屋を借りていた。

 北の国――北海道へやって来たのだ。

 家の主は快く叶依を迎えてくれた。

「自分の家だと思ってくださいね。――お部屋に案内してあげて」

 頼まれた人物は、叶依を家の中へ案内した。そしてその後ろにはもう一人、家の中へ入る者がいた。

 叶依は一人でここへ来たのではなかった。


 それは、お昼前のことだった。

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