5.対戦相手

 それからしばらく経って、期末試験最終日。

 二限目終了のチャイムが鳴った瞬間、ほとんどのクラスから喜びの声が上がった。解答用紙が集められてから、ホームルームになった。特に大事な話はなく、翌日は球技大会が予定されているので、その連絡だけで簡単に終わった。

 叶依が帰り支度をしていると、

「テストどうやった?」

 史が笑いながら聞いてきた。

「どうやったって、別に……」

 特にこたえは求めていなかったようで、史は叶依の返事を聞き流しながら、後ろの席の伸尋に話しかけていた。今までに席替えはしていたけれど、テスト期間中は出席番号順の席だ。

「おまえさぁ、明日の対戦相手、聞いたか?」

「うん、七組やろ?」

 机の中に忘れ物がないか確認しながら、妙に明るい声で伸尋は答えた。

「そんな、七組やろ、って言ってるけど、めっちゃ強豪やで」

「らしいな」

 やはり伸尋は明るかった。

「らしいなっておまえ……自信満々やん」

「任しとけって。強豪っつったって、が言ってるだけやろ? それに七組ってあんまり強いとか聞いたことないし、俺に勝てるわけないって」

 そんなことをサラッと言う伸尋は、余裕の表情だ。運動神経が良いのは始業式の日に聞いているし、特に球技が好きだとも言っていたけれど──。

「伸尋、何出の?」

 叶依の隣には、いつの間にか海帆が来ていた。

「おう。ちゃんと見とけよ。俺の勇姿!」

「だから、何出んの?」

「ああ、全部」

「全部? 全部って……バレーとバスケとドッヂ?」

「うん」

 目を丸くする叶依の前で鞄をさっと引っ掛け、「じゃ」と片手を軽く挙げると伸尋は久々のクラブ活動へ行ってしまった。

「伸尋ほんまに全部出んの?」

 叶依が史に聞いた。

「……選手に登録してあるのはバスケだけやけど、バレーとドッヂで補欠らしい」

 史も伸尋同様、久々のクラブ――サッカー部へと飛んでいった。

 教室に残された叶依と海帆は、言葉なく呆然と立ち尽くしていた。


 ───静寂を破ったのは、海帆の腹の虫。

 ぐるるるる……。

 きゅるるる……。

 と、叶依の腹の虫。

 珠里亜が荷物を持って現れたのは、ちょうどそのときだった。時織と夜宵は用があったので先に帰ったらしい。

「早く食堂行こー。お腹ぺこぺこや」

 ペットボトルで凍らせて未だに溶けずに残っているお茶をカタカタ鳴らしながら、珠里亜は食堂のほうを見た。


 食堂は特に混んではいなかった。

 けれど。

「ちょっとあれ見てー。パンチと巻ちゃん」

 珠里亜が指したほうを見ると、そこには間違いなく、田礼巻雄と範池ぱんち葉亜真ぱあま――七組の担任が向かい合って座っていた。生徒に混じって先生が食堂で食事をするのは、特に珍しくない。

「そういえば珠里亜って七組やったっけ?」

「うん……うちカツ丼ー☆」

 珠里亜はさっさと食券を買って、調理場の前に並んだ。叶依と海帆が何を考えているのかなど、もちろん気にしていない。

 他の生徒に越される前に、と叶依と海帆も珠里亜と同じカツ丼を買って、席は叶依が選んだ。田礼と範池の会話がギリギリ聞こえる場所だ。

 田礼と範池の会話は、やはり球技大会のことだった。

「えらい事なったな」

 ラーメンの汁をすすりながら、田礼が笑った。

「楽しみやわ。第一試合か。覚悟しとけよ」

 言ってから範池は、日替わりランチの海老フライを一口で平らげた。

「でも、僕のクラス、バスケ部キャプテンいてますんでね──他にも運動部のやつらいっぱいおるし」

「俺んとこも運動神経良いヤツめっちゃおるで。運動部員よおけいっぱいおったってあかんあかん。運動神経良いヤツおらな」

「でも、若崎はかなり使える奴ですよ」

「そやけどなぁ」

 田礼と範池はもうしばらく会話を続け、お茶を一気に飲み干してから食堂をあとにした。

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