3.サボテンとライオン

 放課後、叶依は廊下で友人を待っていた。帰っていくクラスメイトを見送りながら、隣には海帆もいる。やはり叶依は有名なようで、違うクラスの生徒たちからも、「バイバーイ」という声がかけられる。

「叶依、さっき大変やったなぁ」

「うん……なぁんか起こりそう……」

 叶依が溜息をついた直後、それはやってきた。

「叶依ー」

 声がしたほうを見ると、育ちの良いサボテン──もとい、深沢ふかざわふみがにこにこ笑っていた。彼は去年のクラスメイトで、髪型からの第一印象は『ハリネズミ』とか『剣山』とか、チクチクした感じだったけれど。実際はかなり良い奴で、叶依も海帆も仲良くしていた。

 けれど今、叶依は明るくなれない。

「何か用?」

「そんな顔すんなよ。あ、あれ? もしかしてさっきのことで怒ってんの?」

「別に何も怒ってないけど……なんで史が知ってんの?」

 その叶依の発言に史は驚いた。

 というより、悲しそうな顔をしていた。

「おいおいおい、俺も同じクラスなんやけどなー」

「えっ、あ──ごめん、全然知らんかった」

「知らんかったって、おまえ、自己紹介聞いてなかったん? プリントに書いてたやろ?」

「だって、ほとんどの人知ってるし、途中から、若崎君と話してたし……」

 本当に、自己紹介はほとんど聞いていない。

 後ろの人が気になって、生年月日が同じと知ってから、他の人はどうでも良くなった。もちろん、自己紹介は彼が最後だったのでそこで終わったけれど──。

 海帆にも指摘されながら叶依が申し訳なさそうに話しているとき、

「史ー、帰ろー」

 遠くから叫んでやってきたのは噂の若崎だった。

「あれ、もしかして、史と友達?」

「そうそう、俺ら小学校から一緒やねん。あ、そうか、叶依と海帆、こいつ知らんかったんか」

 思い出したように史は伸尋を二人に紹介した。史と伸尋はクラブも性格も全く違うけれど、小学校で一緒になってから、ずっと仲良く育ってきたらしい。

「こいつのことやったら、なんでも知ってるで」

「いや史、それ怖いやろ? 全部は知らんと思うけど」

 それはそうだ、と笑いながら、史と伸尋は少しだけ昔話をした。どちらかと言えば成績は伸尋のほうが良くて、運動神経も彼が上らしい。

「え、待って、俺、良いとこないやん」

「──あるやん。誰とでもすぐ仲良くなるとこ」

「おお、そうやな。勉強できても、友達おらんかったら寂しいからなぁ……」

 ああだこうだと言っているうちに挨拶は終わったらしく、男二人は歩き出していた。

 叶依が改めて友人たちが来る方向を向いたとき、

「なぁ、叶依ー、さっきはごめんな」

 謝ったのは、伸尋だった。

「さっき? あ──ううん」

(確かに、叶依って呼んで、って言ったけど……)

 叶依が思っていることに気付いたのか、伸尋は笑った。

「俺、こういう奴やから。ほんま、さっきはごめん」

「別に良いよ、気にしてないし。ちょっとびっくりしたけど」

 そして今度こそ帰っていく男二人を見送ってから、叶依は盛大に溜息をついた。彼らはちゃんと階段を下りて行ったようで、姿は見えなくなった。

「なぁ海帆……若崎君ってどういう人?」

「さぁ……。でも、史と仲良いってことは、悪い人ではないんちゃう?」

「そうやったら良いけど……なんか……嫌な予感」

 叶依が再び溜息をついたとき、ようやく三人の友人が現れた。夜宵と時織は普通だったけれど、珠里亜はなぜか、叶依に鞄をぶつける真似をした。

 そんな珠里亜を無視して、叶依に話しかけたのは時織だ。

「さっき話してたの、若崎君?」

「うん。時織、知ってんの?」

「顔だけ知っててんけど……イケメンやからさぁ。いまクラスの子に名前聞いてきたんやん。んで、朝、海帆にライオンがどうのって言ったやん? あいつがライオンやねん」

「え……あの人なん?」

 海帆は廊下の窓から校庭を見下ろした。

 帰宅する生徒たちの中に、史と伸尋の姿があった。

「あの人あの人。いま誰かに飛びかかってった人。なんかすごくない?」

「すごいけど……なんか引っかかる」

「何が?」

「何となく。だって、自己紹介で『叶依って呼んで』って言ったら、マジで叶依って呼んでんで? 初対面やのに」

「そりゃ、引っかかるか……でも、良い人らしいで。あくまで噂やけど」

「ふーん……じゃ、明日から名前で呼んだろぶことにしよう。名前似てるからややこしいし」

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