2.自己紹介

 始業式のあとは教室に戻って、自己紹介が始まる。

 叶依が着席するのと田礼が戻ってくるのが同時だったので、また後ろの席を確認する機会を失った。

(面倒くさいなぁ。ほとんどみんな知ってるのに……)

 田礼がクラス全員の名前を載せたプリントを配り、出席番号順に進むことになった。出席番号一番は、海帆だ。

「天岸海帆です。趣味は音楽鑑賞で、コーラス部に入っています。よろしくお願いします」

 ごく簡単な、よくある自己紹介。

 一番なのと親友なのとで、一応聞いたけれど。

 二番目の人も、三番目の人も、叶依は知っていた。知らない人だけ聞くことにして、クラスメイトの名前のプリントを見た。

(えーっと、私の後ろはーっと……)

 ──若崎わかさき伸尋のぶひろ

(この人は知らん? 話してみようかな? でも今……どうしよ……ま、いっか)

 自己紹介を無視して叶依は座ったまま回れ右し、一秒もせずに前に向き直った。そして気付いたときには、両手で口を押さえていた。

 若崎伸尋は、始業式の前に見つけたイケメンだったのだ。

 いくら自分が有名でも、どんなプロフィールを持っていても、イケメンを前には全てが無効になる。

(えーっ! うそー! なんで私こんな人の前なん? ちょっとちょっと……)

 ──と、叶依が一人で慌てているのを、若崎はじっと観察していた。自分を見てキャーキャー言う女子生徒は何人も見ているけれど、目の前に座る初対面の叶依にも当てはまったらしい。

 若崎は一度、自己紹介がどこまで進んでいるのか確認してから、少し前のめりになった。

「若咲さん……? 何してんの?」

 自分を見てドッキリしたらしいということは、もちろんわかっている。

「えっ、別に……。気にせんといて」

 叶依は振り返らずに、前を向いたまま返事をした。

(あーびっくりした。って、落ち着け落ち着け。こんなんやったら一年もてへん……)

「なぁ」

 再び背後から若崎の声がした。

「だから気にせんといてって――」

「ちゃう……回ってきたで。自己紹介」

 顔を上げると、クラス全員に注目されていた。

 叶依は立ち上がり、一呼吸置いてから口を開いた。

「若咲叶依です。趣味はギターで、時々ステージで歌ってます。で……一応、コーラス部の部長です。ちなみに副部長も、このクラスにいますが……。正月生まれ・O型のノーテンキな奴です。叶依って呼んでくださーい」

 有名になってしまったから、自己紹介も少し派手になってしまう。

 前は別のあだ名があったけれど、今は名前で呼ばれるのが一番しっくりくる。

 叶依が座って息を整えている間に、若崎が起立していた。

「若崎伸尋です。趣味はバスケで小さい頃からやってます。クラブはバスケ部で、キャプテンです。俺も――」

 叶依は前を向いていたので、若崎に見つめられていることに気付くわけがなくて。

「俺も──正月生まれのO型やけど」

「えっ、そうなん?」

 まさかの発言に叶依は振り返り、思わす声を上げた。驚いたのは叶依だけではなく、クラス中からざわめきが起こる。二人がきょうだいだとか、双子だとか、勝手に決めていく。

「違うから、絶対、俺、一人っ子やし」

(確かに違うけど……ちょっと、この人なに?)

 若崎の発言の意味を叶依が理解するのは、まだまだ先の話。

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