<第1章 紅い夕陽>

1.クラスの人気者

 春。

 始業時刻よりも早めに登校したおかげで、クラスの生徒たちとはほとんど挨拶ができた。新しいクラスと出席番号は、前年度の最終日に担任から教えてもらっていた。

(今までずっと最後やったけど、今年は違うんか……)

 後ろの席には誰が来るのだろうと思いながら、若咲わかさ叶依かなえは友人が登校してくるのを待っていた。多くの生徒が登校してくる午前八時を回った頃、彼女はやってきた。天岸あまぎし海帆みほとは高校一年のときに出会い、今年も同じクラスになれた。友人は他にもいるけれど、去年も同じクラスだった女子は、海帆ひとりだけだ。

「海帆ー。おはよー」

 高校二年生の始業式の日。

 叶依は自分の席を離れ、海帆の席まで行った。

「おはよう」

 それから話の流れは自然と、クラスメイトのこと。

 誰がいる、誰がいない、新年度にはお馴染みの光景だ。

「やったぁ、叶依と同じクラス! よろしく!」

 去年は違うクラスだった生徒たちが、叶依と海帆の周りに集まり始めていた。違うクラスだった生徒たちとは、メンバーがわかる最初の日でもある。

「叶依、相変わらず人気やなぁ」

「そうかなぁ。確かに、よく話しかけられるけど……」

 二人を囲む生徒が多いのは、二人が──特に叶依のほうが有名だったからだ。学年はもちろん、学校全体で、学校の外でも、叶依は有名だ。

 一方、教室の反対側では、男子たちが同様に群れを成しているわけで。

(なにあの人……すごい……)

「叶依? なに見てんの?」

「え? あ、べ、別に。何の話やったっけ?」

 海帆は不思議そうな顔をしていた。二人を囲っていた女子生徒たちは、いつの間にかいくつかのグループに分かれてしまっていた。

「今度、珠里亜じゅりあと三人で遊びに行こうって話。ちゃんと聞いてた?」

「聞いてたよー」

 叶依は笑ってそう言ったけれど、本当はほとんど聞いていなかった。

 男子たちの群れの中にひと際目立つイケメンがいて、ずっと観察していた。

(あの人、去年いたっけ? 目立ってる同級生は把握してるつもりやったけど……転校生? にしては妙に周りと馴染んでるなぁ……)

 知っていれば確実に声を掛けているはずなのに、叶依の記憶に彼は存在しない。どうして今まで出会わなかったのか、それが不思議だった。彼を観察する限り、結構、人気者らしい。

 チャイムが鳴って、担任・田礼たれ巻雄まきおが教室に入ってきた。

 生徒たちは自分の席に、他のクラスの生徒たちは自分の教室に戻る。

「今から始業式しますので、えー、体育館に移動してください」

 ホームルームというほどのことはなく、その一言だけで生徒たちは一斉に動き出す。

 席を立った時、叶依は初めて後ろの席を振り返った。チャイムが鳴った時は慌てて戻ったので、後ろは見ていなかった。しかし、

(あれ……、もうおれへんいない

 既に誰もいなかった、叶依の後ろの席。

(私のこと知ってるよなぁ。あとで話しよーっと)


 体育館シューズを持って廊下に出ると、

「叶依ー海帆ーおっはよぅー!」

 廊下で待っていたのは、去年同じクラスだった友人・浜奈はまな時織しおりだった。隣には片瀬かたせ珠里亜と、木桜きざくら夜宵やよいもいる。海帆とあわせてこの五人が、叶依が一番仲良しのグループだ。

 友人たちに挨拶をしていると、誰かが叶依の背中を何かで叩いた。

「痛っ……、ちょっと珠里亜ー!」

 姿を見なくても犯人がわかるのは、珠里亜がいつも叶依をいじめるからだ。使ったものはおそらく、体育館シューズ。一応袋に入れたままなので、制服が汚れる心配は今のところはない。

「新学年早々……!」

 叶依は怒っているけれど、珠里亜は「ははは」と笑い、叶依を叩き続けた。もちろん、珠里亜は本気なのではなく、ふざけているだけだ。『珠里亜の趣味は叶依をイジメること』、友人たちはそう理解している。

「ところでさぁ」

 暴れる珠里亜を無視して、時織が口を開いた。

「海帆たち、また担任、田礼なんやろ?」

「そう……ショックやわ」

「ほんま、なんで二年間も田礼なんやろ。来年も田礼とか言っ、たっ、珠里亜!」

「ははは! 田、田礼巻雄、マキちゃん……わーっ!」

 叶依がついに怒りだして、珠里亜は逃げだした。叶依が追いかけ珠里亜は捕まり、それでもケンカは続く。

「あの二人、どうなんのやろどうなるんだろう……」

「さぁ……」

 珠里亜の暴動を止められる人は、今のところ友人にはいない。

ほんでそれでさぁ、海帆って十組やん? あのー……何て言ったっけ? あのー……あ、そうそう、ライオンや。同じクラスやろ?」

「ライオン? 誰それ?」

 海帆は首を傾げた。

「え、知らん? うちらも顔しか知らんねんけど、すごい人やで。なんでライオンなんかは知らんけど」

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