夢幻の扉~field of dream~【本編】

玲莱(れら)

本編1『UOTAGIRA』

<プロローグ>

0.二つの世界

「何だ……?」

 青いはずの昼の空が、少しずつ灰色になってきていた。

 露店で働く商人たちも、楽しそうな親子連れも、国中でその異変に気付かないものはなかった。誰もが不安そうに空を見上げ、咲き乱れていた花たちでさえ輝きを失おうとしていた。

「これは──何なんだ……?」

「もしかして、例のあの国の──」

「まさか、とうとう……?」

 生命いのちあるものはすべて輝き、常に希望を持ち続けることが出来る世界【ステラ・ルークス】は、地球の遥か上空に浮かんでいた。

 もちろん、地球からは確認できないので、人間は誰も存在を知らないけれど。

 そんな光に満ちた惑星が、初めて沈黙に包まれていた。

 長い間、誰もが恐れ、口に出そうとしなかったこと──ステラ・ルークスとは正反対の【オブスクルム】──常に闇に覆われた惑星が、ステラ・ルークスを滅ぼそうとしていた。

 ステラ・ルークスの住人が避難している間にも、上空はだんだん暗くなっていった。日暮れのせいなのか、それともオブスクルムの攻撃のせいなのか、区別がつかなかった。

「いや、これは、あいつらのせいだよ……日暮れはもっと穏やかだ」


 あるとき、空に一点の光が見え──男が叫んだ。

「っ伏せろーーー!」

 ドーン!

 直後、街は燃え上がった。


   ☆


「このところ、良いお天気が続いてるでしょ? だから外で遊ばせてあげたくてね。さっきも蝶を見つけて追いかけてたわ」

「ほんとに。うちの子も、好奇心旺盛で走り回るから大変よ」

 ステラ・ルークスの王宮の庭で、二人の婦人が楽しそうに散歩していた。

 あの日、確かにオブスクルムがステラ・ルークスを攻撃し、街は完全に崩壊した。襲撃は一度だったにもかかわらず、辺り一面を焼き尽くして、一瞬のうちにして灰色の世界に変わってしまった。

 けれど今、惑星は元通り──いや、かつてないほどの美しさで輝き溢れていた。

「王様も幸せよねー。あなたみたいな綺麗な奥さんがいて、あんな可愛い娘がいて」

「なっ、何言ってんのよ。あなたこそ、惑星一番の騎士の旦那様がいて、あんなに美しい息子までできたじゃない」

 二人の婦人はしばらくの間、それぞれの子供のことを話しながら笑いあった。それなりの地位のある二人なので、清く美しい。

「あの子たち、本当に仲良いわよね」

 木陰のベンチに腰掛けたあと、王妃・アルラは娘のほうを見た。隣で遊ぶパフェットの息子と、噴水のそばで無邪気に笑っていた。

「ええ。とっても。初対面には見えないわね」

「カーナが十八歳になったとき、あの子は私を継いでくれると思うんだけど……ノーブル君、王になってくれるかしら?」

「大丈夫よ。今も楽しそうに遊んでるじゃない。きっと、二人であなたたちのあと継いでくれるわよ」

「そう……そうよね」

 パフェットとアルラは未来のことをあれこれ想像した。

 今は何も知らない子供たちが、やがて王位を継いでステラ・ルークスを治める日々がくる。それはもう、両家の間で決定している。

「ちょっと可哀想な気もするんだけどね……」

「そうね……。他の人を、あまり知らずに育つなんて──。でも、だから、その分、絆も深くなるわ」

 当事者たちが三歳にも満たないことなどすっかり忘れ、二人は陽気に笑っていた。


 その頃、カーナとノーブルは、ベンチからは見えない噴水の裏で遊んでいた。

「かーなたーんちゃーん

「なーにーのーくん?」

「あっちになんかあるよー」

「なんらろー? いってみよーよ」

「うん」

 カーナとノーブルの姿が消えたことにアルラとパフェットが気づいたのは、それから小一時間後のことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る