第26話 弟達を探しに
疲れて、夜まで持ちそうにないと思って、ちょっと、仮眠しようかと思った崋山だが、空腹だと言う事に気付いた。双子がミルクを飲みだしたのを見て、思い出した。自分でも、相当の疲労と思えた。
「腹が減って昼寝出来ない。何か食べて来る」
と皆に言って、食堂の方へ向かっていると、イワノフさんか深刻な顔つきで、出かけようとしている。
崋山は『そう言えば龍昂爺さんとイワノフさんは、犬猿の仲だった。でも、その件じゃあ無いな。あの様子では、何かトラブルみたいだ』と思った。どうせ、こっちの考えている事は、分かっているはずだが、崋山に構わず行ってしまうつもりのようだ。それでは気になるので、呼びかけた。
「イワノフさん、どうしたんです。何かトラブルですか」
こちらを見たイワノフさん、
「お疲れのようだから、言わずに行こうと思ったのに、お前も詮索好きだな」
と眉をひそめた。相当機嫌が悪い。
「うちのキャシーと、フロリモンは私立の学校に入っているんだ。あの時セインの所に連れて行きたくなくて、寮に入れていた。セインの事に気を取られてしまった。失敗した」
「何かトラブル?」
「学校から連絡があった。キャシーとフロリモンが居なくなったそうだ。いや。敵の奴らの仕業ではない。あの子達が、学校から逃げ出したそうだ。なんでもロリータ好きの先公が居て、キャシーが襲われ、フロリモンがそいつを殺しかけて、警察に連れて行かれそうになった所を、今度はキャシーが警察官を襲って、今は二人とも、行方が分からなくなったそうだ。探しに行く。俺の責任だから、お前は来なくて良い。俺で間に合っているからな」
「不味い事になりましたね。でも捜索とか俺の能力に無いから、足手まといでしょうね。すみませんが、お願いします」
崋山がそう言うと、
「だから俺のミスなんだと言っているだろう。お前の謝る事じゃあない。俺がお前に謝る事なんだ。そんな先公がいる所に入れた、俺の責任なんだ。すまない。お前と居させれば良かったんだ」
「違いますよ、フロリモンはイワノフさんやお嬢さんと暮らしたがっていたんだから。全てその先公の責任です。俺もついて行きたくなって来た」
「いや、崋山はここに居てくれ、話がややこしくなりそうだ」
「俺が怒って暴れそうで、でしょ。分かりました。お願いします。冷静になってから追いかけます」
「やはり来るつもりなんだな」
イワノフを見送り、気分は落ち込んだが、空き腹は満たさなければと、食堂で係の人に、頼んで食事をしていると、カイとルークが現れて、
「崋山、不味い事になっちまった。すまない。あの学校が不味い事に俺達も気が付かなくて、親父は来るなと言っているけど、やっぱり俺らも探すのを手伝って来る。探す範囲は広いみたいだ」
「どいつもこいつも、俺に謝るんだな。こっちこそ世話になる、俺は飯食ってから行くつもり」
「やっぱり来るんだな。それなら、場所を教えておこう」
カイにテレパシーで教えられたイメージを見て、先生らしき奴が見える、おそらくイワノフが言っていた奴だろう、そして、良く見ると見覚えがあった。
「畜生、HSNじゃあないか」
と叫んだ。
カイとルークが、
「そいつ、知っているのか、HSNとは暗号か」
「〈鼻の下長い〉、シオンがマーガレットに聞かせたくないと言って考えたんだ。奴の通称。リリーの別れた夫、マーガレットも酷い目に合ったと皆が言っているけど、そう言えばどういう目か、皆、俺に話して居なかったな」
崋山は食べかけのランチ定食を、大急ぎで飲み込み、喉に引っかかった塊を水で流し込むと、事情を知って居そうで、すぐ口を割りそうな、マナミを探した。
生憎、マーガレットや、ゲルダと一緒だったが、彼女らの居る部屋に飛び込み、
「マーガレット、良い子にしてた。パパまだ忙しいから、また後でね、ちょっと出かけて来る。お土産買って来る。ポシェットで良いかな」
とニコニコ言いながら、マナミを有無を言わさず。部屋から引きずり出し、階下の話が聞こえない所まで引っ張って行った。
後ろからマーガレットが、
「ポシェットはもう買ったし、学校に持って行くバックが無いけど、パパには分からないだろうし、犬のぬいぐるみの可愛いのなら買えるかな」
「それが良いでしょね」
と、崋山の買い物能力について、ゲルダと話しているのが聞えた。
引きずられて行くマナミは、
「ちょ、ちょっと、何すんのよ」
「マナミ、お前知っているだろ。HSNはマーガレットにどんなことしたか。皆俺に言わないけど、リリーが離婚した理由じゃあないのか」
「あたしは、ちょっとまだこっちに来てない時の事だし」
「知らないとは言わせないからね。お前が詮索しない筈ないから」
マナミは崋山を睨みながら、頑張ろうとしたが、カイ達が横に居るから、どうせ分かっただろうと思い、彼等に話させるのもどうかと思って、白状する事にした。
「あたしとシオンは、前からあいつはちょっと、変態っぽいと思っていたんだ。でもリリーはハンサムだとすぐ惚れるからね。勘が鈍い感じでね。でも結婚して分かったらしい。あいつは大人の女より、子供の方が良いんだ。だけど、マーガレットみたいな小さな子は、やっぱり小さすぎるからね。だから、写真を撮って、楽しんでいやがって、リリーはひょんな事から、マーガレットの写真を見つけたって事だよ。他の子の写真もあったって」
「どんな写真を」
「それはちょっと、あたしの口からは、表現する気にならなくて。只、いかれていたって事で、表現は終らせてね。第一見ていないし。リリーが焼いたって話だから」
「分かったもう良い」
「柴の仔犬って、ころころして可愛いのよねえ」
「それも分かった」
マーガレットと、ゲルダがやって来ていた。崋山は、また必死でにっこりし、
「じゃあ行ってくるね。マーガレット。マナミと打ち合わせも終わったし」
「パパ、マーガレットの誕生日、知ってる?」
「ひっ」
「知らないのね。来月よ、2日なの」
「お土産とは別に、考えておくから」
「そう思って、お買い物に行くみたいだから、言っておこうと思ったの」
「分かった。期待しといてね」
「うん」
崋山はカイやルークと急いで出かけた。これ以上、まごまごして居たら、何か異変を感づかれそうで慌てた。
此処には軍所属の移動手段が、各種ある。小型の軍のヘリで出かけた。飛行機並みに遠方まで行けるスピードの出易いヘリだ。フロリモン達が在籍していた学校は、ヨーロッパにあり、崋山達の国からは丁度裏側の位置だ。
ルークは、
「一般の飛行機よりこっちの方が早いね。俺ら、親父より先に着きそうだな」
崋山は、
「彼だって、軍のヘリで行けば良かったのに、連合軍の一員だから、使う権利はあるだろ」
と言うと、操縦していた、シューが、
「それが、このヘリは、元からの俺等の基地で所有のヘリだから、連合軍の持ち物では無くて、連合軍の兵士が使うには、借用書を書くルールになっていました。戸田さんがイワノフさんになら、書かずに済ませたのにと言っていたけど、イワノフさんとしては、それでも借用になるのを避けて、一般の飛行機で行ったそうです」
「急いでいたろうに、気を使う人だな」
崋山はイワノフさんの心情を思うと、『あまり表ざたにしたくないんだな』と分って来た。
俺等もこのヘリでうろついて、良かったかな。と考えるが、引き返す訳にもいかない。
ヨーロッパ近辺に着き上空を飛びながら、捜索するべき所って言うのが見当もつかないと気づいた崋山だが、
カイは、シューに飛ぶ方向を指示している。
「カイ、見当がついているのか」
「親父からの指示だ。北海側の海岸線を探せって」
崋山は思わず、
「冷たかろう」
と呟いて、自分でギョッとした。まさか入水自殺と言うか、心中とかする気じゃあないだろうな。崋山としては、さして大事とまでは思っていなかったが。ピュアな子は、『とんでもない事をしでかした』と考えているかも知れない。
「自分で言っておいてギョッとしたな」
崋山が慌てて言うと、ルークも、
「真綿で包んだように、育っていたからな。早まった事しなけりゃいいがと思っているんだ」
「浸かってみたら、冷たいって分かって、思いとどまらないかな」
楽観論はやめて、早く見つけようと、崋山は北の海岸を、上から必死で探した。
「ねえ、寒いだろう。北の海は、もう少し先には氷が浮かんでいるんだよ」
知っている知識を、フロリモンはキャシーに教えた。キャシーはフロリモンに風から庇ってもらいながら、
「ううん、フロリモンの方が寒いでしょう。北風をまともに受けているんだもの。あたしなんか庇わなくて良かったのに。馬鹿なあたしの事なんか、ほっとけばよかったのに。あいつの部屋に呼ばれて、のこのこ行くなんて、あいつだって、やりたくて来たんだろうって、嫌なら来るはずないじゃあないかって言った。皆、来やしないんだって言った。[先生の部屋で二人で問題を考えてみよう]なんて言って、誘っていたんだって言ったわ。皆、そう言われたら、したい子は来て、嫌な子は来ないって。馬鹿なあたし」
「泣かないで、あいつがろくでもないんだ」
そう、フロリモンは慰めたが、キャシーが無垢過ぎていた事は分かっていた。だからこそ、あいつがそれを利用した事も、意味が分からず、部屋に来る可能性がある事を目論んで、誘ったのも、分かっていた。だから殺すつもりだったのだ。キャシーを騙して汚したあいつを殺せなかったのが残念と言えば残念だが、これからはキャシーの思い通りにさせるつもりだった。
北の海岸の岩陰に、風を避けて隠れていた二人。
そんな会話をしている時、フロリモンは、何処からかヘリが飛んで来ているのが分かった。そして、懐かしさが込み上げて来る。
そんなフロリモンの変化に気付いたキャシーは、顔を上げた。
「フロリモン、ヘリの音がするわね。あたし達を探しているのかしら。警察なの。あたし達捕まるわ。フロリモンが捕まって牢に入るなんて、嫌、嫌よ」
「落ち着いて、きっと警察じゃあない。きっと崋山だ。感じるんだ。気配がする」
「本当、本当だったら、きっとあたし達を助けに来てくれたのね。フロリモンが捕まらないようにしてくれるわね」
キャシーはやっと、微笑むことが出来た。フロリモンはほっとした。
ヘリの音が止んだ。そして、こっちに誰かが来ている。
「フロリモン、キャシー、そこに居るんだろ」
「やっぱり、崋山だっ」
フロリモンは大声で言った。
「こんな所に居たの」
岩陰をのぞき込む優しげな顔が見えた。
「崋山、来てくれたんだ。こっちに戻って来ていたんだね」
フロリモンはキャシーの手をとり立ち上がると、崋山に飛びついた。崋山は二人に腕を回し、
「見つかって良かった。すっかり冷え切ってしまったね。ルークやカイも居るよ。俺、今は南オーストに赴任したんだ。お前らもおいで。向うはこっちの気候と逆だから暖かいよ。真夏は過ぎたけどね」
「でも、俺等警察に追われているんだ」
「そうだってね。だからヘリで上空を行けば捕まりっこない。さあ、俺の赴任地で皆で暮らそう。パパやママも居るし、知っているかな。俺、イヴと結婚したのを、で、ガキも生まれたし。龍昂爺さんももう戻った頃じゃあないかな」
「え、生きていたの」
「お前らもくたばったと噂を聞いていたんだな。いやいや。死んでない。すっかりみんな騙されていた。さ、帰ろ、帰ろ。此処は寒くてたまらないや」
崋山は、二人を抱き寄せていたが、寒くなって来て、慌ててヘリに連れて行って、ルークやカイに合わせた。二人もにっこりと、
「心配してたんだ」
と言いながら、皆して、ヘリに乗り込みとっとと、南オースト共和国に舞い戻る事にした。
イワノフさんからは自分は後の処理をしに行くから、二人は連れて帰っておいてくれと崋山にコンタクトしてきた。元よりそのつもりである。
燃料が少なくなったので、南オーストの基地に戻る前に、連合軍の地球本部に燃料を入れに行った。そこには見学に来る人が居るとみえて、土産品の売店があった。
丁度良かったと思った崋山は、皆で店を見に行ってみると、マーガレットご所望の柴の仔犬のぬいぐるみがある。仔犬は数種類並び、それぞれ軍のロゴ入り首輪を付けている。
「最近こんなぬいぐるみが流行なんだね。お土産を要求されて、有るのか心配だったんだけど、きっと有ると知っていたんだな」
崋山は一緒に売店に来ていたキャシーとフロリモンに話しながら、思いついて、キャシーにも、
「どう、好きなのがあったら、買うよ。選んでいいから」
と言ってみた。フロリモンは、
「キャシー、良かったじゃあないか。あそこは私物を持ち込めなかったから、寂しかっただろう」
と言い出した。どうやらキャシーはぬいぐるみが好きだったけれど、学校には持ち込めなかったらしい。妙な校則の有る学校だ。俺だったら変な所だと思っただろうが、後の祭りである。
キャシーは、少し遠慮していたが、崋山が、良いよ良いよと促すと、割と有名なキャラクター人形を選んだ。段々ショックが癒えて来ている様だ。
崋山は店員さんからそれらを貰うと、キャシーにはパッケージから出して、そのまま抱かせた。
キャシーは少し笑った。
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