第27話 帰還

 ゲルダはマーガレットを崋山の従姉妹達に任せ、龍昂の到着に備えた。此処にはあの子の構い手には不自由はしない。もう、ここに居る理由は無い気がする。

 彼が段々近づいてくる。会いたいような、会わないままでいたいような、どうすれば良いのか分からなくなって来た。

 もうあれから、気の遠くなるような日々が過ぎた。戻って来るかも知れないと待ち、もう終わったと諦め、彼の仕打ちを恨んだり、すべてを憎んだり、自問自答の毎日だった。最近は彼の死を知って、すっかり開き直ったつもりだった。でもまた、マーガレットを知って、思い出してしまった。そして、噂の崋山に会い、実の所、敗北感を感じていた。リツは自分には無い、すべてを持って居たと知った。美と、あの能力である。ゲルダも一番尊いと思って憧れていた能力だ。苦しみを癒す能力。崋山と居ると、段々自分が癒されて行くのが分かった。必死で平静を保っていたけれど、彼に抱きついて泣きたくなった。それはちょっと、彼が引いてしまうと思い、一人で涙していた。

 部屋に居ると、階下に龍昂の気配がしている。此処に到着したのだ。レインやアンと話してる。何だか大騒ぎだ。微笑ましくて涙が出て来た。



 龍昂は、ソーヤさんと軍の飛行機で、南オーストの一般飛行場に降り立ち、迎えの車に二人で乗った。他の兵士や、子分たちは、軍のバスに何とか押し込むことが出来、後から付いて来ている。

 崋山の部下達から「崋山はヨーロッパに出かけている」と聞いた。事情は察していた。

 軍の基地に付くと、レインとアンが出迎えた。

「父さん、久しぶり。相変わらず、だましが得意ですよね」

「付いた早々、皮肉の出迎えか。お前達の他に出迎えはいなかったのかな」

 アンが、

「崋山はフロリモン達を探しに行っているの。きっとこれからは一緒に暮らせるそうなのよ。アレクセイは彼を手放す気になったみたい」

 そう言って涙ぐんだ。

「なるほどねえ」

 そこへ、マーガレットを連れて、シオンとマナミがやって来た。

「初めまして、龍昂お爺様。私たちは大歓迎よねえ。アンの姪一同と、戸籍は違うけど、事実上のひ孫、マーガレットよ。さあマーガレット」

 マーガレットは、恥ずかしそうに、ヘラリと笑うが言葉は出て来ない。

 龍昂は、

「おやおや、愛想は良いけど、大人しいねえ。おしゃべりして良いんだよ。お嬢ちゃんのおしゃべりは大歓迎だよ。お爺ちゃんは実際、ご機嫌なんだからね。こっちの爺とは喧嘩っぽいのが、いつものコミュニケーションなんだよ」

 とにっこりするので、マーガレットは、

「パパはね、あたしがこの前、本物か偽物か分からなくなって、泣いちゃったんだって。でも、本物がもどって来たんで、お土産や、御誕生日のプレゼントもくれるって。だから今、待っている所。お爺ちゃんも本物で戻って来たのね。ゲルダおばあちゃんも、本物が戻って来るって、待っているわよ」

「はあ、言ってくれるね。孫より上手のひ孫だねえ。歓迎ありがとう。お爺ちゃんもプレゼント持ってくるべきだったな。後で買いに行くから、勘弁してくれ」

「いいのよ、プレゼントは、パパがくれるから」

「やさしいね。勘弁してもらえるとは」

 そう言って、龍昂はマーガレットを抱き上げた。マーガレットは、

「上のお部屋にはイヴと、赤ちゃん達が居るけど、見に行く?最近どんどん可愛くなっているのよ。丁度いい時に来たわね。最初はちょっと、どうかなと思ったけど、今はパパとママをミックスした感じで、ちっちゃくて、面白い子達よ」

「そうかい、じゃあ会いに行こうか」

「お爺ちゃんだから、エレベーターが良いわね」

「ははは、労わってくれるかい」

 二人を見送って、シオンは、

「今日はマーガレット、良く話すわね。お爺ちゃんが気に入ったみたい」

「ゲルダさんによると、すごく良く似ているんだって、気配かオーラか知らないけど。見かけは全く似ていないのに、不思議」

 マナミの言う事に、レイン達も不思議に思った。


 龍昂とマーガレットは、イヴと双子の居る部屋へ行ってみた。

 マーガレットは、

「眠っていないわね。丁度良かった。眠っている時に騒いで起こしたら、ご機嫌斜めで大変なの。だから眠っている時は側に寄らない事にしているの」

 と説明してくれる。龍昂は、この子は透視能力が有りそうだと思っていた。

「イヴ、お爺ちゃんよ」

 と言いながら、マーガレットは部屋に入って行った。

「わあ、おかえりなさい。生きていたなんて、みんな驚いていましたよ。でも良かった。崋山はすごく嬉しそうでしたし、あたしもです。丁度急なトラブルで出かけてしまったけど。少し前に双子が生まれたんですよ」

「そうだってね。会うのが楽しみだったよ。よく頑張ったね、イヴ。可愛い子達だ」

 マーガレットは、

「抱っこは一度に二人とも抱かないと、抱かなかった方が泣いちゃうのよ。そしたら抱っこした方も泣き出すのよ。小さいから一度に抱いてもまだ重くないの」

 お爺ちゃんに双子の接し方を解説し出した。今日はおしゃべりをよくしていると、イヴも思った。きっとお爺ちゃんが気に入ったのだろう。

 龍昂は、

「へえ、そうなのかい。生まれたばかりなのに、やきもち焼きさんだね」

「やきもちって何」

「しまった。要らない台詞を言ったな。私も、私も、と言っているって事さ」

 龍昂は解説された通り、双子を一度に抱いた。そうすると、ご機嫌なようである。

 イヴは、

「あたし、思いついて名前を、ジェイドとアゲートにしたんです。良かったかしら」

「そんな事、爺さんに聞くまでも無いよ。イヴが考えて決めた名だ。俺の親も、綺麗な子になるようにと思って付けただろうし。実際、綺麗な姉達だったな。この子達が代わりに生き抜いてくれるだろう。お姉ちゃんの話では、綺麗な上に勝気そうじゃないか。ママもこれから忙しくなるね。お姉ちゃんも二人の面倒を手伝うんだろう。良い子だね」

「うん、頑張るつもり。可愛いもの」

 龍昂は、

「あまり長居するのはやめよう。マーガレット、二人はまだ生まれたばかりだから。そっとして居ようね。まだ眠るのが仕事だからね。邪魔したね、イヴ」

「いいえ、本当にこっちに戻って来られてよかったです」


 マーガレットは双子の部屋から出ると、今度はゲルダの所へ龍昂を引っ張って行こうとした。龍昂は、

「おやおや、マーガレットは、お爺ちゃんを何処へ引っ張っていくのかな」

 と少し抵抗した。

「ゲルダお婆ちゃんの所よ。ゲルダお婆ちゃんは、お爺ちゃんに会いたいけど、あたしに頼めないんだって。言ったら連れてくのに。だから連れて行っているとこ」

「そうかい、それは困ったな」

「お爺ちゃんも困るの。お婆ちゃんも困るって言ってるの。でも会いたいって。じゃあ、見たら、すぐ下に行く?もうすぐパパが帰ってくるの」

「そうだね、お土産が来るね。此処はもう良いから、パパを迎えに下に降りていなさい」

「そうね。ゲルダの場所はもう分かったでしょ。あたしはパパんとこ行かなきゃ」

 マーガレットが開放してくれて、ほっとした龍昂である。だが、ゲルダが会いたがっていると言うので、確かめてみるべきだろう。


 軽くノックして、龍昂はゲルダの部屋に入った。ゲルダは何もかもお見通しの能力になっていると分かったが、此処は礼儀と言うものだ。今は他人なのだから。

「とうとう会えたわ。分かっていたくせに、戻ってはくれなかったわねえ」

「すまない。臆病者でね」

「噓おっしゃい。もう良いの。過ぎてしまった事だもの。分かったのよ。あなたは一つの所に、じっと留まってはいられない人だってね。家庭なんて持つようなタイプじゃあないのよね。良いチャンスだったんでしょ。あたしが出て行くように言ったから。渡りに船だった。あなたは第7銀河のムールに付いて行きたくて、たまらなかったんでしょう。あなたの大好きなお友達だったわね。あの人が亡くなってしまったら、あたしには色々説教垂れたくせに、自分は敵討ちに精を出していたわねえ」

「面目ない、何だか地獄の審判もかくやといった所だな」

「まあ、酷いわね。自業自得じゃない。あたしは事実を言っているだけよ。もう良いわ。あなたがリツさんを愛している事は分かっているの。あたしはああ言う人とは違うもの。逆立ちしたって負けは負け。最近崋山に会って。あの子、リツさんそっくりなんでしょ。あの人には敵いっこないって分かったの。もう行って頂戴」

「あの時は、君の言うとおりにしたけど、次は俺の番だからね。出て行かないよ」

「何言い出すの」

「これからは、罪滅ぼしの時間だと思っている。あの時、君にだけは本当の事を言うべきだった。すまなかった。迷惑そうな顔したって、こっちも君の事は全部分かって居るに決まっているだろう。リツに嫉妬して、これから泣くつもりだろうけど。もうそんな目には会わせない。あの人は過去の人だ。崋山はリツとは別物だし。気に病む必要は無い。ずっと笑っていないね。君の笑顔が、忘れられなかった。ミアにも酷い父親だったし、もう一度チャンスをくれないか。これからは一緒に暮らす事を許して欲しいよ。ゲルダ」

 ゲルダは、嬉し涙を流す事となった。

「何言っているのよ、あの時は、アイザックを愛していると思い込ませていたくせに」

「そうじゃなかったのか」

「あの人、能天気すぎて、物足りなかったの。あなたが愛してくれているのがわかってからは、あなたの事、気になっていたの、内緒だったけどね」

「内緒にされては、俺でも分からなかったな」

「そうでしょうね、アイザックがあんな目に合わなかったらといつも思っていたのよ」

「アイザックは生きながらえていると、失恋の憂き目にあって居たって言いたいのか。奴にとってはどっちにしても不幸な結末だったようだな。だけどゲルダは幸せになれたかもしれないね。過ぎた事だが。だが、生きているんだから、今からでも、幸せになって欲しいよ」

「あたしは皆に意地の悪いことばかりしていたのよ。幸せになる資格なんてあるかしら」

「ゲルダの意地悪など、たかが知れているさ」

「あなたはあたしの根性の悪さを知らないのよ」

「俺の側に居れば、それは目立たない筈さ。俺の方が上手だろう」

 ゲルダは久しぶりに、可笑しくなって笑った。

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