第7話 再会
崋山は測定機械を抱えて司令官室に到着すると、
「戸田さん、普通、司令官室担当者は何人必要ですかね」
「ふん、やはり一人で抱え込むのはきついのがやっと分かったのか。前回は12人いたな」
「12人もここに居たんですかあ。凄いな」
「バカ、そんなにここに入るものか。そこのドアの向こうが事務室だ。ここに居るのは司令官と秘書だけだ」
「でしょうね」
崋山はそのドアを開けてみると、大部屋でデスクが12以上は入りそうだった。
「では、戸田さんで誰か適当にそのくらいの人数揃えてください」
「適当にと言われてもな。俺の一存ではどうかと思う。適当な奴ではない事が判明したら、俺の責任になりそうだし」
「じゃあ、テストでもしてもらえますか。連合軍入りのテストのレベルが、良いかもしれないですね。実のところ、ここは連合軍の施設になる筈です」
「そうなのか、そう言う事なら利巧そうなやつを選んでテストしよう。それなら依田君の指示って事になるな」
崋山は今度は忘れず、イヴからのメールがあるかどうか確かめてみると、一言、9人とだけあった。そこで、
「ごめんね、何時くるの」
と返事をすると、
「いいよ、今、南オーストNo1空港で皆で荷物出て来るのを待っている」
とメールしてきた。
「わあ、戸田さん。もうNo1空港に来てら。この辺に適当なホテルありますかねえ。9人ですけど。あ、俺を入れると10人だった」
「あはは、あるにはあるが、今日10人は厳しいんじゃあないかな」
戸田さんに言われたホテルに連絡すると、やはり空きは3名しかない。別のホテルを親切にも探してくれると言うのでお願いする事にして、連絡先は、自分のシステムノートを教えるのもどうかなと思って、軍の司令官室の電話番号を言うと、途端に態度が変わり、10人全員部屋はありますと言い出した。そこで頼み方が悪かったと思いつき、
「つまり、スウィートで10人入れる所と言う事ですか」
と聞いてみるとそうだと言われた。やれやれである。支払いはどうされますかと聞かれるので、崋山は個人の滞在ですから、と後で依田崋山が支払いに行くと伝えた。ホテルの人は、
「そのお名前は、今度の新しい軍司令官の名と同じと、お見受けしますが」
と言われてしまい、同意すると失礼しましたと物凄い恐縮をされて、またこっちも恐縮して話は終った。
「戸田さん、お蔭で10人全員同じ所に泊れるよ。今から空港に行って間に合うかな。無理だな。泊るとこだけ教えておこう」
崋山はイヴに宿泊先を教えておいた。
何とか事なきを終え、戸田さんを見るとこっちを見て笑っている。どうしたのかと思っていると、
「依田司令官、今度から電話するときは、自分の身分を先に言わないと、相手も困るよ。ただの依田ですが、では無くて軍司令官の依田です。と言わなくちゃ」
崋山は上に立つのも苦労すると思った。きっと名乗れば、何かが起こる、そんな予感がする。
そうこうするうちに、連合軍からもう返事が来た。かなりのデータ量なので決定事項を送って来ているのが分かった。画面の一番大きなモニターに映してみた。それでもかなり細かい設計図である。
「これ書いた人は相当目が良いんだな。それとももっと大きな画面で作ったのか」
崋山は思いついて、
「戸田さん、ここで一番大きなコピー機ってどのくらいの奴ですか」
戸田さんは、
「持ってこさせようかA0がある」
「良いですか、あと少しで此処は取り壊しますけど」
「しかし、欲しいのは今だろう。依田君がここの責任者なんだから、もっと皆を使ってくれ。効率が悪いのが問題だ」
「じゃあお願いします」
戸田さんはどこかへ行った。崋山の要求を満たしてくれるのだろう。
崋山もだんだん自分で、本気出さなきゃあなと決心した。
そんな時外が騒がしいのが分かった。見ると宿舎の突貫工事用部品がやって来ている。どうやら、戸田さんが、手配済みだったらしい。宿舎だけではなく本部もであるが、それはベルさんが手配したはずだ。後は、地下に造る、他銀河からのお助け技術者たちのメンバー用設備である。昨日手配したはずだが、誰が来るのだろう。こんな地球の辺鄙地に誰が来てくれるのか、崋山は考えても仕方ないので止めた。
モニターを眺めていると、兵士宿舎の配置図が出て来て驚いた。そう言えば地下を掘らなければならないから適当に建てる訳にはいかない。崋山はそのデータを戸田さんあてに送信した。又次々にモニターに出て来る図面を見ながら、何だか目を離せないなと思う。なんだかくらくらしてくる。仕事はまだまだ続く。
イヴからホテルに着いたとメールが来た。崋山もそろそろイヴと会話したくなった、そこで、電話してみた。
「イヴ、ごめんね。そっちに行けなくて今物凄く忙しい」
「崋山、久しぶりに声聞いた」
イヴは何だか泣いているようで、崋山は狼狽した。
「今日きっとそっちに行くから。遅くなっても行くけど、あまり遅かったら寝ててね。泣いてるの。ゴメンね、ほんとに悪かった」
イヴのくぐもった声が聞こえたが、何と言っているのか聞き取れなかった。戸田さんが戻ったので、
「じゃあ切るよ、まだする事があるから」
と言って切った。崋山はイヴの事が心配だったが、こういう時自分のアンドロイドが居たら、仕事をさせて置いて、自分は帰れるんだけどと妄想した。考えると何だか危ない脳の状態になりつつあるようだ。
巨大コピー機で図面を出すと、位置関係から、主だった設備はすべて地下に造る事が分かった。地上はロビーや会議室らしいところだけである。
「こいつをしまう金庫が居るな」
崋山が言うと、戸田さんは、
「そこの絵の裏を司令官が時々覗いていましたよ」
と言うので覗くと金庫らしきものがあり崋山の例のカードで直ぐに開いた。
中には書類が入っているので何かと思ってみると、内容は何だか二重帳簿のように思えた。
「戸田さん、これ見てみて、隠し帳簿ってやつじゃないかな。しかしどうして置いて行ったのかな。これは罪の証拠だよね」
崋山は戸田さんに見せると、戸田さんは、
「そうだ、これが裁判で証拠として出されれば、有罪になりそうだな。だが、自国に逃げてしまったから、証拠品になる筈がないと思ったのか、それとも本当に忘れてしまったのか。どっちだろうな」
「もし、連合軍が訴えたら証拠品になるだろうな。そんな可能性はあるだろうか」
崋山は考えた。ベルさんに送っておこうかな。悪辣な軍人を野放しにすることに、見てみぬふりは出来なかった。ここは、連合軍管轄の部署になったのだから。本部の建て替えは本来なら昨年終わっているはずだ。連合軍が本来なら出金する必要のない事をしているのだし。
ベルさんに証拠品を送る手配をした後、崋山は出したデータを金庫に仕舞い、違うキーに設定し直して、今日の仕事をここまでとした。
「じゃあ、また明日続きをすることにして、戸田さん、今日はお世話になりました。戸田さんが居てくれて良かったです」
「こっちこそ、依田司令官で助かった気分ですよ。他の司令官が赴任して来たのでは、実の所、部下は違う動きをするつもりだった様ですから」
「違う動きとは何でしょうか」
「それは言わぬが花です」
戸田さんは妙な言い回しをしたが、崋山は睡眠不足で深く考える事はその時、出来なかったのだった。
今朝、戸田さんと崋山とで山から下りて、兵士たちの訓練しているそばを通った時、眠くて崋山は気付かなかったが、手ぶらの戸田さんと並ぶ重そうな機械を持つ依田司令官の様子は、彼らにとって衝撃の場面だったのだ。崋山としては機械を落とされては困るのだったが、見た目は年寄に重労働をさせない司令官の姿だった。
帰りには、崋山がゲートを出て行くとき、保安係は最敬礼をしていた。どうやら崋山が誰だか認識したらしい。可笑しく思いながら、崋山はイヴのいるホテルへ急いだ。
ホテルのフロントには畏まった年配のホテルマンが崋山を待っていた。崋山にも彼が支配人だろうと想像できた。挨拶されたので、ついでに宿泊代を次の崋山の休む予定の日まで支払っておいた。休みの日には家を手に入れたいと思った。
遅くなったが、まだ眠る時刻では無いだろう。ホテルのキーは支配人から渡されていたが、手配したスウィートルームに行くと、ここも素通りできた。そこで、このホテルが軍関係者御用達というのが分かった。
崋山が素通りで入って行くと、驚いてやってきたイヴに、思わずにっこりした崋山である。
「元気そうで良かった。イヴ、心配させて悪かったね」
「崋山、会いたかったよう」
イヴは飛びついてきた、かなりの勢いだったが、崋山は受け止めた。思えばあの大騒ぎの自首以来である。
「うわあ、赤ちゃんがいる。凄いねイヴ。動いているね。赤ちゃんも歓迎しているみたいだね。ええっと、まだ臨月じゃあないよね」
「今、八カ月」
「でも何だか大きくないかな」
「双子だもん」
「わあ。ちゃんと二人で出て来るんだな。ほっとするね。俺みたいにいっしょくたにならなくて良かったよ」
「うぇーん」
「泣かないでよ、どうしたの」
「あんたのその話で思い出したけど、アンママ達と一緒に、マーガレットが居るんだ。あんたの娘だよ。例の」
「げっ」
「あたしのメール見ていないの」
「最近のしか見ていないし」
「わーん、ばかばか」
「ホントにゴメン」
「リリーは離婚して、崋山と再婚する気で居たんだ」
「ひっ」
「だけど、あたしが殴って、諦めたみたい」
「良かった。安心したよ」
「うん、頑張ったんだ」
「ありがとう、でもどうしてマーガレットは、アンママといるの」
「あの子に会えばわかるよ。あんたにそっくり。それにリリーはひどい母親で、アンは引き取りたがっているよ」
「なるほど」
「それに、リリーは最近例の双市朗と付き合い始めたんだ」
「どうして・・・。やつはばれているとは分かっていないんだな」
「レインパパが悟られないようにしろって」
「それもそうだな、悟られたら危険だ。だけど俺は会いたく無いな。きっと芝居でき無さそうだ」
「そうよね。あんたは忙しいって避けておくべきかも」
なんとも、ややこしい事になりそうな予感の崋山だった。
イヴ以外は眠っているようなので、少し、イヴとたわいない話をした後、寝る事にして、シャワーを浴びて、崋山はイヴの寝ているベッドへ行った。大きなおなかを見て、眠っている間に、自分がイヴのお腹にぶつかったらどうしようと考えた。どうやら一緒に寝ない方が 良さそうである。崋山は自分用らしい毛布をベッドからそうッと外すと、床に寝る事にした。
床に倒れこむ様にして寝ころび、崋山は秒で眠れるなと思って目を瞑ろうとした、当にその時、イヴがむっくりと起き上がった。そして床に寝ころんでいる崋山を見て、
「あんたそこで何して居るの。こちに来なさいよ」
「でも俺、眠ったらイヴのお腹を蹴りそうなんだ」
「あんたがそんな事するはず無いでしょ」
イヴはそう言って横になっていた崋山の耳をつまんで上に引っ張り出した。
「いたたたた」
イヴは御立腹の様である。
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