第6話 赴任地へ直行

 崋山はベル総司令官に別れを告げ、いよいよ地球への帰還となった。シャール防衛総司令官からは、くどいほど最初に地質調査をしろと言われたので、そのことが帰還の船に乗っている間中、頭の中をぐるぐる回っていた。

 地球に到着するとまず最初に、崋山の任務地、南オースト共和国への飛行機の手配だった。10機持って来た地質検査の機械は、何と組み立てが必要だった。ホテルの部屋で、ぶつぶつ文句を言いながら、とりあえず2機自分で組み立てることが出来ていた崋山は、残りの8機は貨物として軍の基地に送ることにした。

 崋山は、

「もしかしたら、何もかもばらして持ってくるのかな、これじゃあ、技術者は何処の銀河の人であっても、来てもらわない訳にはいかないな。その住居の用意の方が、大変なのじゃあないかな」

 崋山は自分に出来るかなと、考えた。本部に誰が来るのか今から教えてもらっておかないと、住居の用意は無理だなと思った。至急の技術者の依頼とその情報が欲しい旨、連絡した。

 地球に到着の翌日には、南オースト共和国の飛行場に到着した。早朝である。大体任務地に連絡して、迎えの手配を頼めばよいものを、一人レンタカーを借り、基地に自分で行く事にするしかなかった。

 崋山は、出迎えについて、任務地に就くときは皆依頼する事は分かっていたが、全く勝手の分からない所なので、自分で確かめながら、現地に行く事にした。

 基地に車で到着してみると、どう言う訳か車を降りる必要も無く、そのままゲートが開いた。思い至ったのは、本部でもらっていた、カードキーである。

『あれは此処でも通用するキーだったんだな。持っていさえすればどこでも開くんだな』

 今更ながら驚く崋山だったが、彼よりも驚いていたのは、ゲートを見張っていた保安担当者だろう。崋山の通り過ぎるのを、ポカンと見ていた。

 時計を見ると、まだ朝の6時過ぎである。

『普通は勤務の開始は8時ごろだろうな』

 と思いながら、適当なところで車を降り、辺りを見回すと随分と古い建築物が並んでいる。

『何だかどれも年代物だな。この設備から取り換えるべきと違うか』

 等と思いながら、適当に建物を選んで入った。一番立派なので、おそらくここに司令官室があるだろうと思ったからである。キーがあるので何処でも入れてしまう。思いついて腕にいつも付けているコンピューターで司令官室を検索してみた。最上階のちょうど真ん中あたりである。調べればサクサク行ける崋山である。早朝なのでまだ誰も勤務してはいない。さっきの保安要員だけの様である。

 司令官室を見つけると、ドアを開けて入ってみた。そこは空き部屋では無かった。一人の男が何やら書き物をしている。

 崋山の見知った顔であった。

「あれ、戸田教官。どうしてこんな所に居るんですか。僕の事覚えていますか」

 初年兵の訓練施設にいた、医療施設の教官だった。そこでは誰でも教官と呼んでいたが、施設担当のドクターだった。崋山はよくお世話になっていた。

 戸田教官、崋山を見ると、

「なんだ、やけに早いじゃあないか。覚えているかだと。お前の居た頃の教官たちは、お前の事は忘れようが無いな。こと在る事にあの頃の顛末は、尾ひれを付けての語り草だ」

 崋山は知った人が居て嬉しくなっていたが、教官のこの台詞に、あの失策はそんなに有名なのかと久しぶりにがっくり来た。戸田さんは、それから、

「それにしても、赴任日はまだ先じゃあないか。地球に着いてその足で来たようだな」

「それが、教官。急ぎの事が色々あるんですよ。連合軍から、地質調査をさっさとやれと、しつこく言われていて、今から連合軍設備の配置場所の強度調べに行くんです。昨日ホテルで、ばらしてあった機械を組み立てたり、もう忙しいのなんのって。この辺一帯の地図ありますかね。ここに。出来るだけ詳しい奴です。土地の高度とか、そこの所有者とかいろいろ書いてあった方が良いんですけど」

「ほう、着いた早々仕事か。なかなか厳しいもんだな。しかし言って置くが、もう教官じゃあないし、依田君の部下だぞ。じゃあ、急ぎのようだから地図を出しに行こう。隣の部屋が資料室なんだ」

 そう言われて、崋山は立場が逆転したのが、今更ながら心地悪かった。ベルさん以外は、もう上のランクはいないのだった。

 崋山は早くここの事を覚えようと思い、戸田さんに付いて行って資料室を見に行った。ここは建物も古いが、システムも旧式だし、まだペーパーレスでもない。最近の記録まで、紙で保管してあるものがあった

 戸田さんが地図を出して、コピーしている間、辺りの資料を見ていると、最近の裁判記録があった。

「戸田さん。ここで最近、裁判沙汰があったみたいですね」

「裁判沙汰ならここは良く有るな。だがその最近の奴で、司令官室総崩れだ。皆自分らの国に逃げ帰った所だ。何せ法律ではこの国を出て、自国の配属になれば、この国の法律違反は適用されないからな。不味くなれば、皆自国の配属になって、逃れちまう。ここは隣の西オースト合衆国の植民地のような所だからな」

「いったい何をしたんですか。総崩れとは」

「ははは、軍の予算の横領だ。このぼろ屋を見ただろう。俺の家の方がましだな。国を守る筈の軍隊の場所がこんなじゃあ、お終いだったんだが、先日地球軍の視察が合って、ばれちまった。建屋が老朽しているのは分かっていたから、昨年地球軍の方から、建て替えの予算が出ていたそうだが、皆で頂いちまっていたようだな」

「それで良く国に帰って帳消しにできますよね。国の法律ではだめでも、地球軍が訴える事は出来ないんですか」

「地球軍はそういう事はしないからな。軍の予算は各国からの出資金の集まりで出来ているが、その中のそれぞれの国の軍隊の予算は、実の所、自国が出しているからな。そういうシステムだから」

「なるほど、それで植民地的な国の立場で弱いわけですね。でも今度の設備は連合軍からの物なので、そうはならないんでしょうけど、もう横領しそうなやつは居なくなったでしょうから。僕としてもほっとしますね。西の奴が居なくなった後に来て良かったです」

「ははは、俺としては。依田君のお手並みも見たかったがな」

「いえいえ、もう忙しくて横領摘発の暇は無いですよ」

「いったい何が始まるのかな。そんなに忙しくして。俺もついて行って、案内すべきだろうな」

「設置場所が決まるまではマル秘と思います。ちょっと待っていてください。車から測定機持って来ますから」

 崋山は戸田に道々話しながら、測定場所に行った。近くの山だが、崋山は思った。

『この山に造るのか。どうやって均すのかな。木だって生えている山なのに。相当時間が係りそうじゃあないか。大体どんな代物になるかもはっきり知らないけど』

 そこは、高さは1000mは有りそうな鬱蒼とした山である。

 見るとイノシシの罠らしきものが点在している。

「戸田さん、イノシシの罠がありますよ、掛からないで下さいね。忙しいから」

「バカにするな。ここは俺の故郷なんだから」

「そうでしたか。すみません」

 そんな事を話しながら、一通り測定が終わろうとしていると、木々の陰から猟師風の格好の大柄な男が出て来た。

「戸田さん、朝からお仕事ですか。お一人では忙しかったようですね。手伝いの方が来られたようですねえ」

 戸田さんに話しかけて来たその人は、何とアンドロイドだった。崋山は感付いたと悟られないようにうつ向き、作業しているふりをして、身構えた。しかし、戸田さんは

「やあ、アラン。君も見回り精が出るね。お互い朝っぱらから。これは連合軍からの命令でね、急がされているんだ。いずれ、王様には挨拶するからね。まだ極秘任務だ」

「そうかい、所で君は日向と言う名じゃあないかな」

 アランと言うアンドロイドは、崋山に意外な問いかけをして来た。

「いえ、私は依田と言います。そう言えば日向は父方の母親の家の名ですね」

 崋山は答えた。これで素性はお見通しだろう。

「そうだろうね、じゃあまたな戸田」

 と言って、そいつは立ち去った。崋山がよく観察してみると、どうやら味方のアンドロイドだった。狐哲よりも、旧バージョンの様だ。

「ああいうアンドロイドも居るんですね」

「そうなんだよ、この国の王族が、昔、例の超頭のいい新人類に造ってもらっている。多分龍昂が化けたあの人だろうな」

 崋山とは関係のない国に来たつもりだったが、どうやらそうでもなさそうである。家族の話をアンドロイドから振られて、崋山はイヴに家に戻れない急ぎの用がある事を、知らせていなかった事に気付いた。『まずい』

 作業はまだ終わっていなかったが、イヴにメールしようとすると。相当イヴからのメールか来ているのに気付いた。ぞっとして、閉じ、作業の続きを終わらせ、計測結果を、連合軍本部に送った。

 戸田さんは、

「そのデータは何処に送ったんだい」

 と聞くので、

「遥か彼方の、連合軍本部のシャール防衛総司令官あてですよ。あっちの銀河のレベルは物凄いですからね」

 と言うと、戸田さんは凄く感心していた。

 一応やる事が終了し、恐怖のイヴメールを見た。ところが最後は音声で来ていて、それもイヴの所を開けようとすると、自動で録音が再生された。最近有名な怒りメールだ。

「崋山、こっちの皆は凄く怒っている。あたしは今からそっちに行く事にした。シオンやマナミは、リリーの離婚なんか教えたら、こっちに来るはず無いって言っていたけど、あたしは信じなかった。でも分かった。あたしの妊娠なんかより、リリーに会いたくない気持ちの方が強いんだね。そう言う事も分かる気がする。だからあたしはそっちに行く。もうすぐ安定期じゃあなくなるから、そっちで生むことにするから。その時は皆も来るから、デカい家をさがしときなよ。皆とはアン達とあんたの依田家一同だ。リリーはさすがに来ないんじゃあないかな。でも、アンはマーガレットと離れたくないそうだから、付いて来るかもしれないし、あんたのお婆ちゃんもまだ生きていて、死ぬ前にあんたを一目見たいと言っているから、おばあちゃんは今からあたしに付いて来るかも知れないね。そうなると依田一家も行く事になるかもしれない。家が間に合わなければどこかのホテル暮らしだ。あんたの責任だからね。人数が決まったら知らせるから、近場のホテル予約しろ。忘れるなよ。以上」

「依田司令官、物凄いメールが来たね。連絡し忘れていたのかな。仕方ないねえ。昇進しても相変わらずだね」

 横にいた戸田さんは、しみじみ言った。

 崋山はとぼとぼ機材を担いで事務所に戻ろうとすると、戸田さんは、

「俺が持とうか」

 と言った。

 そう言えばもう9時過ぎで、兵士たちが外で訓練を始めているのが山の上から見えた。司令官に機材を持たせている所を見られたくはないらしいが、

「帰りの方が疲れているでしょ、精密機械だから、落とすときっと壊れますから結構です」

 と断ると、

「お前はさっきから俺を年寄り扱いするが、こう見えても体力測定では若い者には負けない値だったんだからな」

 と怒り出すので、

「はいはい、そうでしょうがまだ、使い道がありますから。岩盤に当たると壊れるそうですから、壊れるなら岩盤が原因じゃあないともったいないです」

 と説明した。兵士たちのいる所を通ると、確かに戸田さんと崋山を見比べていた。



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