第8話 家族との朝
崋山は爆睡の後、はっと目が覚めた。
「今何時だ。寝過ごしていないかな」
飛び起きて、大事なシステム設備の入った時計風コンピューターを、リビングに置きっぱなしにしていたのを思い出した。軍の司令官の制服も同様である。周りに家族ばかりだと、こうもだらけるのかと、自分でも呆れた。飛び起きてシャワーを浴びて出ると、イヴが着替えのアンダーウエアやガウンを揃えていた。家族といる事の良さである。とは言え、寝過ごしていると勘で分かっているので慌てて、リビングに行った。家族みんな揃っている。
「やあ、おはよう」
他に挨拶のしようがあるだろうが、それどころでは無い。辺りを見回すが、制服が見当たらない。
「伯母さん、僕の制服は」
「あら、あんまりくたびれていたから、クリーニングに出したわ」
「なんでだよ、今日も着て行くんだよ。代わりとか持ってないのに」
「そうなの、でもこのホテルの説明では9時から洗い始めて、午後には出来上がるって書いてあるわ。だから午後から行ったらどうかしら」
崋山は思わず、
「9時からだって、9時、9時ぃー」
と叫んで、辺りを見回し、時計を探した。
「時計は、僕の時計、何処行った」
すると側のソファに座っていた女の子が、自分そっくりの子だが、おもむろに、自分の持っているピンクのポシェットからそれを出して崋山に渡した。
「ありがとう、マーガレットだよね。ひょっとしたらその中に服のポケットに入れていたカードとか色々ある?」
聞くと、崋山を見ながら頷いた。
「それ貸してくれる?」
黙ってくれた。
「保管していてくれたんだね。偉いね、ありがとう」
崋山はそう言いながら。システム手帳を出し、軍の司令官室に連絡した。
「戸田さん?すみません寝過ごしました。分かってる。そうでしょうね。それから俺の制服、そこに予備は無いですか。実はクリーニングに出されていて、替えはまだ手に入れていなくて。無いですか、やっぱりね。そうですか、当たってくれますか。そっちに行った頃には手に入っていますか。良かった。いえ、こっちには手ぶらで来て、着替えとか持ってないですが。大丈夫です。ガウン着て行きます。別に構わないです。レンタカーまだ借りたままだし。あ、レンタカーの鍵が無い。伯母さん何処かやってない」
「レンタカー屋さんが来て持って行ったわ」
「そうだった。二泊の契約だった。いえ、タクシーか何かで行きます。迎えなんか来なくて良いですから。皆は仕事していてください。制服だけは手に入れてください。お願いします」
崋山は。今の時間が9時20分なのが分かり、
「げっ、多分1時間半は遅刻だ」
と言いながら、ソックスを探す。10分で軍施設に行くつもりらしい。
「伯母さん、ソックスも洗ったのかっ」
「全部あたしがしたと思っているのね」
伯母さんがふてくされて言うと、マナミが、
「他に誰がするっていうのよ」
と言っている。レインやアン、それに他のメンバーはポカンと騒いでいる崋山を見ていた。はっきり言って、学校へ行く前の喧騒を思い出し、しみじみしている伯父さんであるし、シオンでもある。お婆ちゃんもしみじみ見ている。感慨もひとしおの様である。
崋山はキョロつきながら、
「綺麗なソックス伯父さんは持っていないよね」
「持っていないさ、今洗っている」
「畜生、今日は素足で行くしかない」
素足のまま、制服の靴を履きガウンのまま出かけようとする崋山に、何か言いたそうなマーガレット、
崋山は気が付き、
「これ、貸しといてな。バラバラで持って行けないし、あ、ハンカチは返そう。代わりのポシェット、イヴに買ってもらってね」
「メグ、アンママに買ってもらっていてね、あたしは崋山について行く」
イヴの言う事に驚いた崋山、
「付いて来るなよ、お前の相手している時間は無いんだから」
「相手なんかしなくて良いの。ただ、もう二度と別れないつもりよ。ついて行くんだから」
「やめてよもう」
崋山は慌てて、部屋から出ようとすると、イヴは後ろから飛びつきおぶさって来た。崋山は彼女が妊娠しているし、振り切って落とす訳にも行かず、そのままおぶって行くつもりのようだ。イヴをおぶって崋山は出て行った。
その様子を見ながら、シオンは、
「イヴ、なかなかやるわね。あたしには出来ない芸当だわ」
マナミも、
「ママにも感心したけど、イヴには負けるわね」
アンママは、
「本当にいい家族に見守られて、あの子も良い子に育ってくれて、本当にありがたくて、羨ましいですわ」
と涙に暮れだした。伯父さん一家も、アンの涙には最近慣れっこになって、話は聞き流した。
ガウン姿で、イヴをおぶいながら、外に出ようとする崋山を、ホテルの支配人が呼び止めた。
「依田司令官、外出ですか」
崋山は振り向いて、思いついて言った。
「制服をクリーニングに出されてしまった。軍本部で仕事があるから、タクシー呼んでもらえるかな」
「タクシーなどと、とんでもない。ホテルの車でお送りします。用意しますからロビーのソファで、お待ちください」
「それはありがたいけど、急いでいるから控えているタクシーで良いんだけど」
「いえいえ、至急車を玄関に回します。直ぐ出発できますから」
強く勧められたので、崋山はそうする事にした。遅れついでと言う事にしようと思った。
ガウンのままロビーに居るのはみっともないだろうが、イヴが背中に居るので座るのも面倒である、しかし目立つので、
「イヴ、ソファに座って居ようよ」
「そうしよう、だけど降りないから。あんたがダッシュで逃げそうだし」
仕方なく、崋山は浅く腰掛けるしかなかった。
ホテルの車は支配人が言っていた通り、直ぐに用意された。何処かの国の大統領が、乗って回りそうな、リムジン風の豪華な車だった。ガウン姿で、イヴをおぶって乗り込む崋山。車が大きいから乗り降りは余裕で、楽ではあった。
軍本部に近付くと、崋山は運転手に、
「そのまま中に入れるから、あの建屋の玄関ドア前に付けてください」
と言っておいた。ゲートを通るとき、昨日以上に保安係に呆れた顔をされた。到着して、
「ありがとう」
と、運転手にすまして礼を言い、崋山はイヴをおぶいながら中に入り、最上階へ行こうと階段を見上げると、後ろから、
「エレベーターもありますよ」
と、声を掛けられた。開き直って振り向くと、何となく見覚えのある顔ぶれの数人がいた。そう言えば昨日、戸田さんがテストを受けさせると言っていた20名ほどの資料を見た時、その中にいたようである。
「司令官室担当のテストは終ったのかな」
こんな時に聞くのもどうかと思ったが、疑問の点は、直ぐ聞く主義の崋山である。
「はい、今朝テストを受け、採点が終わるころなので結果を聞きに行く所です」
一人がそう答え、階段を上って行った。崋山はエレベーターで行く事にした。階段で行けない事も無かったが、見てくれが悪いので止めておいた。司令官室に行くと、戸田さんが制服を揃えてくれていた。後ろからイヴが、
「戸田さーん、あたしよ。覚えてる?」
等と言い出した。戸田さんは、にっこりして、
「ああ、やっぱり君か。名前を見てそうじゃないかと思っていたよ。付いて来たのかい。ははは」
どうやら、イヴも戸田さんを知っていたらしい。
イヴは崋山から降りながら、
「戸田さんは地球で、入隊の時の体力測定をしていたのよ。崋山。入隊はお勧めしないとか言われたけど、あたしが絶対入るって言ったら、じゃあ、むきになって頑張るなって、あまり戦況良くないから長居するなって言われたの。で、良い相手を見つけたら捕まえて、さっさとやめろってね。戸田さん、ほら、こいつ捕まえちゃったよ。逃げられないように、ずっと側にいる事にしたの」
「そうだね、良いの捕まえたね。なるほど、側で見張ることにしたんだねえ」
崋山はやれやれと思いながら、制服を着た。連合軍からの連絡をチェックすると又大量のデーターが来ている。もっと早くチェックするべきだったが、実の所そんな時間は無かったし。大きなモニターで見ていると、昨日のデータの訂正である。止めてくれよと言いたいところだが、ミスは今からはお互い様だろうし、文句は言わずに差し替えるしかない。一応はっきり改版のマークは大きく在ったので間違いはしないと思う。
「戸田さん、昨日送ってきた奴の改版が来たよ。差し替えだって」
「そうかい、こっちも別にまだ何もしていなかったからどうって事ないな。今後は困るかもしれないが。設備の手配のとこだろう」
「そう、それから他の銀河系から手伝いも来る。その居住用ユニットがすぐ来るね、と言う事は此処を崩して地下を掘ることになる。あ、崩さなくても掘れると書いてあるけど。このぼろ屋じゃあ振動で崩れそうだな。静かに掘れるのかな」
戸田さんは、
「普通の建屋の状態じゃあないからね。本部用のユニットも手配しようかな」
そんな話をしていると、隣の部屋が騒がしくなった。
「そう言えば司令官室担当者はテストで決まったんですよね」
「決まったけど、テストで決めたんじゃあないんだ。テストは大体の能力が知りたかったんだ。昨日見せた奴らにしようと思ってね、昨日のうちに打診したら、何人か断られたから、結局十数人入れる事になった」
「どうして断ったのかな」
「頭に自信が無いそうだ」
「その理由なら、俺も最初はそれでこの地位を断ったよ。気持ちは分かるけど、そうゆう奴も使えそうな気がするな」
「お前もそう思うんだな。俺も同意見だ。もう一度説得してみよう」
そんな話をしながら、金庫から図面を出し、新しい奴と差し替えたが、
「この古い奴はどうする」
戸田さんは、
「どこが違うのかな。全然表のデザインが違っているね。どういうつもりで最初のを送って来たのかな」
崋山も見て、
「そもそも建築場所が違うよ、最初はほら気が付かなかったけれど、ここは湾岸じゃないかな。そして次の改版は、この前測定した処だよね。これはカモフラージュで最初のを送っているね。何処からか、ハッキングされていたんだろな。だからワザと嘘のを送って手に入れた奴を満足させたんだろうな。でも改版をハッキングされる心配は無くなったのかな」
「何か手立てができたんだろう。良くはわからんが」
「きっと他の銀河から手伝いに来る人は、わかっているよね。でないと、こっちがさっぱり事情が分からないのも、どうかと思うな。まあ、事情の説明もままならないのかもしれないけど。大体ズーム社がどうなっているか知っていますか、戸田さんは」
「そりゃあ、多分、依田君と同じくらいの認識だと思うな。ほら、司令官室総崩れ事件も、元々はあっちの 指示じゃあないのかな。普通ああいう横領はやらないよ。まともじゃあないね」
「戸田さん、何かここにまだ、カメラかマイクがあるような言い様ですね」
「この部屋は何時もチェックしているが、もう習慣になっているね。依田司令官。習慣は大切だ。習慣は崩さない方が良いね。これは俺の本気の忠告だ」
「どうも有難う。忠告には従う事にしているんです」
そこへイヴが口を挟んできた。
「あたしって、耳栓とかしといた方が良かったかな」
崋山は、
「付いて来るからだろうが。付いて来たからにはお前も仕事しろよ。さしあたり、この連合軍共通言語で書いてある文章を、地球共通言語に訳してくれ」
「あんたまだ連合軍の言葉が分からないの。ある意味、凄い」
「分かっているけど、理解の速度が遅いんだよっ」
「それがある意味、凄い」
「黙って手伝ってくれないかな」
「もう一回凄いと言ってから黙る。凄い」
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