初めて就職した病院④
この病院では週に一度、胃のX線検査を実施していた。
胃の検査とはバリウムを飲むあの検査。
大学から医師がやってきて、まとめて10人くらい検査を実施する。
技師長は撮影中に装置の撮影条件の微調整担当。
とはいえ、条件はオートなので別にやらなくてもいいような業務。
自分はと言うと、撮影の介助。
患者さんを検査台に誘導し、胃を膨らませる発泡剤を飲ませて、バリウムの入ったカップを渡す。
終われば患者さんを控え室に案内し、次の患者さんを招き入れる。
「じゃあ、この薬飲んでください。」
いつものように言って発泡剤を飲んでもらうと、患者さんがいきなり吐き出した。
そしてさらに次の患者さんもリバース。
たまりかねた医師が、
「薬ってゆうたらあかんでぇ、みんな気持ち悪がって吐いてまうわ。」
「はい。」
と返事はしたものの、じゃあ、薬って言わなければ何と言えはいいんだ?
『この白い粉飲んでください。』
いや、ダメだ余計リバースする。
『このヤク飲んでください。』
怪しすぎる!
いっそ正確に『このバロス発泡顆粒6mg飲んでください。』
長すぎ!
『この炭酸ぽい、酸っぱいやつ飲んでください』は!
薬って言ってるのと同じじゃん!
そうこう考えている内に次の人に飲ませる時が来る。
やばい、なんて言えばいいんだ……
と考えながらも次の患者さんを招き入れる準備をする。
バリウムは放っておくと沈殿するので、最初にくるくるかき混ぜる。
その間もずっと考える。
どうすれば……なんと言えば。いっそ、無言で渡せばどうか!
『飲め! とにかく飲め!』
だめだ、怒られる。
と考えながらも足は動く、患者さんを招き入れ検査台に立ってもらう。
発泡剤を手に取り、少量の水を持って患者さんに近寄る。
ダメだ、もう、思い浮かばないー。
「こ、これ……これ、飲んでください!」
え?
自分が思いってもない言葉が出た。
患者さんは何事もなく、発泡剤を飲む。医師も何事もなく検査を始めた。
なんだ、『これ』で良かったのか。
なんか、ほっとしたと同時に、人として一段成長したなと感じた。
……そんな、たいそうなことではないか。
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