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「ところで、課長」
「なんだよ改まって」
「だって、課長でしょ?」
「そうだけど……普通で良いよ『くん』で。気持ち悪い」
でも、普通に呼ぶと、周りの視線が気になるから。一緒にいるだけでも周りの視線が痛いのに、絶対、勘違いされるから。多くの女子社員が敵になってしまうから。
「だめだよ、けじめつけないと」
ということにしておいて、私は再び『ねぇ、課長』と話を続けた。
「いま、彼女いるの?」
「……いないよ。前はいたけど、性格合わなくて別れた。そういうおまえは?」
チクリ、と胸が痛んだ。もうとっくの昔に別れたはずなのに。私の気持ちを最優先して、終わったはずなのに。今でも彼が好きな気持ちと、別れを選んだ理由。
学生時代に何人かと付き合ったと言いかけて、口を閉じた。誰とも長続きしなかった。牧原君に何度も言われた「自分に嘘をつくな」という言葉が脳裏に焼き付いて、いつも自分から別れを切り出した。
「あの頃、本当に辛くて……牧原君がいなかったら私、おかしくなってたよ」
私には姉とも妹とも言える親友・大島奈緒がいた。高校も一緒になって、クラスメイトの木良弘樹がすぐに奈緒の彼氏になった。あまり男の子と接することがなかった奈緒は大喜びして、もちろん弘樹も奈緒を大切にしていた。学校中が認めるくらいの仲の良さで、本当に羨ましいくらいだった。
もちろん、私も最初は2人を応援していた、けど。弘樹を好きになるなというのは無理な話で。でも、奈緒のものを奪うなんて、私には許せなくて。
奈緒を応援したいけど私も弘樹が好き、そう思うと、心がはち切れそうで、すごく辛くて。もう限界、と思ったとき、牧原君が助けてくれた。全部打ち明けて、いっぱい泣いた。
「いくら奈緒がいなくても、親友のものは奪えないよ」
高校の卒業式の日、成人式の日。弘樹と会う度に交際を申し込まれたけど、ごめんなさい、としか言えなかった。弘樹が奈緒を忘れられない、ってわかってるのに。奈緒を知ってる人じゃないと相手に申し訳ない、って言ってるのに。奈緒の宝物だった弘樹を彼氏にするには、すごく抵抗があった。奈緒は9年前の3月下旬、17歳という若さで雲の向こうへ旅立った──。
「昨日、あいつに電話したよ」
「……弘樹?」
「うん。相変わらずだった」
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四つ葉のクローバーを見つけると幸せになれる、というのを奈緒はずっと信じていた。小学生の頃に偶然、クローバー畑を見つけて、何度も2人で四つ葉を探した。
「四つ葉ー四つ葉ー。どこー?」
けれど、どこを探しても三つ葉だらけで。何回探しても、四つ葉は見つけられなくて。
「ねぇ夕菜ちゃん、知ってる?」
「何を?」
四つ葉のクローバーを探しながら、奈緒は話し続けた。
「あのね、四つ葉のクローバーって、本当はないんだよ。幸せになりたい、頑張りたいって、ものすごく強い気持ちがある人が探したら、出てくるんだよ。3枚だったのが1枚増えて4枚になるから、四合わせって言うんだよ」
小学生の間、私と奈緒は何度もそのクローバー畑を訪れたけど、四つ葉は本当に見当たらなかった。
それでも奈緒は、本当にクローバーが大好きで、持ち物も四つ葉がプリントされたものが多かった。学校のノートや下敷きにも、隅のほうにシールを貼っていた。
「夕菜! 見つけたよ!」
という連絡が入ったのは、高校の入学式の数日前。奈緒は家族で近くの河原に花見に行っていて、そこで偶然、見つけたらしい。
「わあ! ほんとだ、4枚ある!」
奈緒は見つけた四つ葉のクローバーを押し花にしていた。近くに可愛らしくハートマークと、日付も書いている。
「1つじゃないんだよ! はい!」
「えっ、2つあったの?」
「うん。だから夕菜にもあげるよ。高校生活、良いことありそう!」
奈緒にもらったクローバーの押し花は、今でも大切に保管している。多少色褪せてしまっているけど、それでも大切な宝物。
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