序その7 マギヤ・ストノストの笑顔

 ある日、タケシさんから、こいつのこと覚えてる? と尋ねられました。

 タケシさんの横にいるこいつこと、銀色の若干ツンツンした短い髪と、あからさまな邪気の無さそうな大きな橙色の目に上縁眼鏡をかけた少年……。


「覚えていますよ、プリストラ・ストノスト。ウリッツァ班に属している、私のの弟ですよね?」


「「え?」」


「私の実母がいなくなって、プリストラと同じ家で過ごすことになって……私達兄弟が五歳の誕生日の夜に両親共に殺されて――」


 それで引き取られた施設で出会った少女あるいは幼女にプリストラは一目惚れしたと言って、よく私、プリストラ、少女、そしてもう一人……?



「ウリッツァ、私を――――」

「マギヤ……」



 ……今のは何です? 強い雨のような音に私の声がかき消されていましたが、私は一体何を――?


「そうだ、プリストラ。ウリッツァ・サンクトファクトルさんはお元気ですか?」


「え、まあ、元気っちゃ元気だけど……マギヤは、どうなの?」


「いつも通りですよ」

 ……自分でもそう思うほど快活な笑顔で答えたというのに、なぜプリストラとタケシさんは怪訝な顔で互いを見合うのでしょう?

「……なんです? その顔は。私が笑うのがそんなにおかしいですか?」

 二人の返事は、どうも煮えきらないものでした。



「――どう思います、メルテルさん?」


「なんで私に聞くの……?」


「以前貴方と話している時の私は、やたら笑っていたと聞いたので。それで、貴方から見て私の笑顔ってどうなんですか?」

 プリストラと話をしてから仕事の当番が入った平日、私はメルテルさんにそんなことを尋ねていた。


「正直、副班長会議のときの厳しそうな印象が強すぎて、それ以降マギヤの顔をあんまり見てなかったからなんとも……試しにタケシとかに『いつも通り』って言ったときの顔してくれる?」

 念のため周囲にトロイノイなどがいないかを確認して「いつも通りですよ」と快活な笑顔を再現する。数秒その顔をキープしたあと、どうでしょう、とメルテルさんの顔を見る。


「……正直、貼りついてるっていうか、不自然、って感じた」

 そのメルテルさんの言葉に、私は自然に、へえ? と声が出て、メルテルさんに近づき、その顎を両手で軽くあげる。

 驚き戸惑うメルテルさんの瞳をのぞき、自分の顔を確認して、私はこう尋ねる。

「じゃあ、今の私は?」

「え、笑顔は自然だけど怖い!」

 メルテルさんの顔を解放し、正直ですねぇ、とメルテルさんを角の壁際に追い詰めて、角側でない横の壁を蹴りあげ、同じ質問をする。

「自然不自然以前に純粋に怖い!」


 怖い? と問いながら私が脚を下ろすや否や、逃げようとするメルテルさんの進行方向をふさぐように、私は両手を壁につくと「お、怒った……?!」とメルテルさんが私に問う。

「怒ってないですよ。むしろ久しぶりに心が踊ってます」

 このまま貴方を抱きたいくらい――、とメルテルさんの耳元で囁く。


「いや、彼女トロイノイは?!」

 メルテルさんから出たその名を聞いて、私はどことなく萎えて、壁から両手を離し、メルテルさんに背を向け、ため息と愚痴を吐きながら二歩ほど下がる。

「貴方と違って全然会えてません。

 会えてたら貴方に八つ当たりなどしません。今度会ったら逃さないとは言いましたが……ってそれはトロイノイと名付けた猫にした話ですね。

 本当、本人はどこなのやら……。

 ああ、そうだ、ごめんなさいねメルテルさん、八つ当たりなんかして」

 謝罪のためにメルテルさんの顔を見ていたら、また迫りたくなりましたが、きっちり我慢しないと。

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