序その6 マギヤ・ストノストの愛猫

 晴れた平日、私は昼食の弁当を持って学園の中庭へ向かう。

 靴を外用のものに履き替えて、石畳を歩き、空いているベンチに座る。

 それで、玉子焼き、鶏の唐揚げ、ひじきと人参などを煮含めた物などといった弁当のおかず等に舌鼓を打つ。


 昼食を終え、ベンチでぼんやりしていると、いつぞやのキジトラの猫が、二本足で、こちらに歩いてきます。

 近くで見ると背も高いですね……百六十センチいかないぐらいとはいえ、立っている猫にしては随分と高い。


「ここ、座りますか?」と私は自分の太ももを軽くたたき示す。

 猫はニャンっ、と私の隣の空きスペースを指し示す。

 隣ならいいということでしょうか。

 私としては、猫が私を見つめるように私の両太ももに跨って、そこを私が抱き寄せたかったのですが、まあいいでしょう。

 私は、猫が座りやすいようにベンチの端に座ったまま移動し、猫は広くなったスペースに座る。

 ベンチに座る猫って普通足が地に着かないものでしょう?

 不思議ですね、目の前の猫はきちんと地に足がついている。


「そういえば、貴方のことは、なんとお呼びすればいいのでしょう? 貴方自身の名前などはありますか?」

 にゃうん? と猫は首をかしげる。


「無いようなら、私が適当に付けますね。トロイノイとかどうでしょう? なんとなく雰囲気が似ているので、構いませんか?」

 猫は、にゃ~ん……、となんとも言えない声で鳴く。


「トロイノイと言えば……最近、本来のトロイノイを見かけないんですよね。異性なので寝起きする区域は違いますけど、食堂とか、学園で過ごしているときとかで見かけてもいいはずなのに――。

 でも、トロイノイが体調を崩しているなどとは聞こえませんし……私の知る限り授業などをサボる性格とも思えませんし、本当にどうしたのでしょう?」

 にゃ~ん……。……どうも私がトロイノイと呼ぶたびに、この猫は、しんどそうな、どこか不満げな声を上げている気がする。


「……ジョセフィーヌとかどうですか? 貴方の名前」

 ニャッ!! そこで強く抗議の声をあげますか……?

 じゃあトロイノイでいいですか、と確認すると、ニャン! と、当たり前でしょ! とでも言いたげな返事が返ってきました。


「……じゃあトロイノイ……抱かせてくれませんか? 今すぐ、ここで」

 ニャンッ?! とトロイノイから動揺した声が上がる。

「ああ、ご心配なく。ただ抱擁するだけですよ、今日のところは」

 ほら、と私がベンチから立ち上がり両腕を広げると、トロイノイも立ち上がって周りを気にしつつも、私に抱きつく。

 私は、そのトロイノイを抱きしめ、目を閉じる。

 トロイノイ……大きい猫にしては猫ないし獣のにおいは不思議としない。

 以前本来のトロイノイを抱きしめたときと変わらない、爽やかで優しい匂いがトロイノイの頭や首周りからする。

 案外細い肩幅や控えめなくびれ……あれ、猫なのに尻尾がない?

 手探れど探れど尻尾と思しきものが全く手にれない。

 しかも、確かあの猫、一糸もまとっていなかったはず、なのに穴にも触れない……いや、さわれたら触れたで驚きますけど……。

 キーンコーンカーンコーン……予鈴か。

 ……正直もっとこのトロイノイを調べたいですが、一応授業には出ておかないと、周りがうるさそうですしね。


「トロイノイ……もし休みの日など学園以外で出会えたら……その時は貴方に抱擁以上を求めたり不毛を承知で中に出したり、とにかく絶対に貴方を逃さないので、そのつもりでお願いします」

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