第二章

 ビジネス街のメインストリート、ロックサベジロボット社の本社ビル前をはしる大通りは、キャピタルシティーの工場街・ファクトリー区画に通じている。

 メンテナンスセンターのステーションワゴンはその大通りに面した模造レンガ壁の工場の門をくぐった。この建物がファクトリー区画BのⅣにあるロックサベジ社“コックローチ”製造工場であり、テクノプロⅢが呼ばれた先であった。

 通用口に横付けされたステーションワゴンから降りたテクノプロⅢは自動ドアをくぐるとエントランスホールに入った。吹き抜けになったエントランスホールには人の背丈ほどもある巨大な肖像画がかけてある。工場を訪れるものを睥睨するような目付きをした肖像画の主こそ、ロックサベジロボット社の創業者にして“ロボットの父”と呼ばれていたロバート=ロックサベジである。

 ロバート=ロックサベジは今から百年ほど前、キャピタルシティーの北二百六十キロにある街で生まれた。母親はその街の大農場の一人娘であり、キャピタルシティーの大学を出た後、有名建築家の秘書を務めていた。父親はその有名建築家だったという説が一番有力であるが、本当のところは不明である。

 やがてロバートはキャピタルシティー第三大学に進む。彼の祖父母はロバートを農学科に進ませ、ゆくゆくは農場の跡取りにすることを望んだらしいが、彼が選んだ専攻は物理学であった。ロバート自身は研究者になることを志しており、祖父母の意向を無視して物理シミュレーターの研究で大学院に進んだ。

ロバートは博士課程に進むことを希望したが、実家からの資金援助を切られてしまったこともあり、進学を断念。IT企業クレイドルに就職しプログラム開発の仕事に就いた。

 転機が訪れたのは入社から六年後、彼が人工知能開発プロジェクトに配属されて三年が経過した頃のことである。

 その当時、人型ロボットの完成系とも呼ばれるエイプⅢが産業博覧会でコンパニオンを務めてから十年は経っており、ベネディクトモーターズ社が「ロボットカーを製造するのに必要な技術はすべて有しており、数年以内には市場に出すことができる」と宣言してから二十年は経っていたが、エイプⅣもⅢと同じくプログラムにない段差を乗り越えることができなかったし、ベネディクトモーターズのロボットカーは歩行者の飛び出しに対応する能力がなかった。人間に代わる労働資源としてのロボットは、ハードはほぼ完成しており、高度な判断力を持ったソフトの開発が求められていたのである。人工知能開発は政府の産業奨励計画の重点目標とされ、助成金がつくこととなった。クレイドル社の人工知能開発プロジェクトは助成金目当てで創設された部署であり、メンバーの大多数はほかの部署との兼任だった。

 ロバートは数少ない人工知能開発専任の研究者となった。プロジェクトリーダーはめったに来ず、同僚も別の研究にかかわっていて忙しくしていたため、ロバートは独学で人工知能開発に取り掛かった。しばらくして彼は一つの画期的人工知能プログラムを組み上げる。その優れた人工知能プログラムは後に「ロックサベジの黄金脳」と呼ばれることになる。

 ロバートはクレイドル社の社長と交渉し、この人工知能を販売するための会社“ロックサベジ人工知能”を設立した。ロックサベジ人工知能社はクレイドルの下で着実に利益を上げていき、数年後、遺産として手に入れた祖父の農場を抵当に入れて借りた資金で親会社のクレイドル社を買収した。

 その後、ロックサベジ人工知能社は電機メーカーなどロボット関連企業数社を吸収合併し、社名をロックサベジロボット社に改めた。そしてロバートは今日に至るまで多くの企業を買収し続け、八十歳を目前にして亡くなるまで、会社をより大きく育て上げることに力を注ぎ続けた。

 ファクトリー区画にある“コックローチ”製造工場も、もともとは老舗繊維メーカーが保有していた建物であったのをロックサベジロボット社が会社ごと買い取り自動工場化したもので、その際にロボットの組み立て工場に改装された。現在は汎用型ロボット掃除機“コックローチ”の製造に充てられている。

 エントランスホールの階段を上り、廊下を進むと「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた金属製の自動ドアがあった。テクノプロⅢが壁についているインターホンに向かい

「ロックサベジロボット社 ユーザーサポートメンテナンス部門 より参りました者です。認識番号 ***-*** です」

と話しかけると、金属製の自動ドアがかすかな軋みを上げて開き、テクノプロⅢを中に通した。

 テクノプロⅢは長い廊下を進み、いくつものドアを通り過ぎた後、廊下の一番奥にある「コンピュータールーム」という札がかかった部屋の前にやってきた。廊下の天井から下がった監視カメラがテクノプロⅢの姿をとらえた後、自動ドアが開いた。

「ようこそいらっしゃいました」

テクノプロⅢがコンピュータールームに入ると壁面のスピーカーから合成音声が話しかけてきた。声の主は部屋の中央部に鎮座している大型コンピューター・アドネーだ。アドネーはこの工場を構成する全ての機械を管理しているコンピューターだ。この工場の頭脳であり、実質的な工場長である。

「ありがとうございます。さっそく ですが、現在起きている 機械の不調について 教えてください」

「……機械の不調が 起きている箇所、および 点検を要請する 箇所については、データを 送信します。ケーブルを 七番端子(ジャック)に つないでください」

 テクノプロⅢは言われた通り道具箱から通信ケーブルを取出し、七番端子と自分をつなぐ。すぐにアドネーから工場の見取り図とそれに添付された動作不具合箇所リストが送られてくる。アドネーはかなり旧式のコンピューターである。工場の管理業務をこなすには十分なスペックを持っているが、通信速度に関しては最新型のテクノプロⅢと比べると劣っていた。二分弱をかけて、ようやくデータの送信が完了する。

「データの受信が 完了しました。これより 点検修理に 向かいます。要点検個所の機械を 停止して ください」

「……了解しました。……エリアⅠから エリアⅢは 既に、停止しています。そちらから 点検 修理を お願いします。エリアⅣから 先は 順次 停止中です。……セキュリティーゲートを 開けます。……どうぞ お進みください」

 テクノプロⅢはコンピュータールームを出ると、廊下の反対側の端にある階段を下り、ガラス製の自動ドアとクリーンルームをくぐり、製造フロアに足を踏み入れた。

 製造フロアはベルトコンベアーと作業機械が並んでいるリノリウム張りの広い空間だ。資材搬入口の方から部品を運んでくるベルトコンベアーが伸びている。奥の方からかすかに機械が動く音が聞こえてくる。

 テクノプロⅢは最初に操作腕組み立て機の前に移動した。

 操作腕組み立て機は細かいパーツを組み立てて、“コックローチ”の細い触角のような腕を作る。

 テクノプロⅢは道具箱を開けると頭部装着式懐中電灯を頭につけ、小型ドライバーを取り出して組み立て機についている小さなねじを外す。ねじで固定されていた蓋を慎重に外し、頭に付けた懐中電灯の明かりをつけて照らしながら中を覗き込む。組み立て機の内部には細いパイプに小型電動筋肉と関節パーツを取り付けるための精密な機械が並んでいる。テクノプロⅢは内部を確認すると蓋を閉めてねじで固定し直した。それから大型ドライバーで別のねじを外して機械の上部を開ける。アドネーのデータによると、この組み立て機には故障している様子は見受けられないが、精密機器なので点検の必要があるとのことだった。その判断は正しく、テクノプロⅢが内部を確かめると、ほんの少しフレームに歪みがあった。フレームの歪みを直すとテクノプロⅢは計算した。機械の損耗具合が予想よりも大きい。電子頭脳内に「オーバーホールが必要」とメモを取り、隣にある金属プレスを行う機械の方へ向かう。

このプレス機が作っているのは“コックローチ”の内骨格だ。この機械が作る金属フレームに、電子頭脳やモーター、バッテリーに、ゴミを入れるためのプラスチックケースなどが取り付けられる。

 テクノプロⅢは機械が止まっていることを確認すると、機械の蓋を開いた。中にこもっていた熱気がもわっと立ち上る。テクノプロⅢは懐中電灯をつけると、機械内部のプレス機に光を向けた。アドネーから受け取ったデータをもとに推測した通り、プレス機の油圧システムにガタが来ていた。懐中電灯の光を回す。金型にも傷みが見られたが、すぐに不調の原因になるほどではない。次の総点検の機会に新しいものに交換すればいいだろう。金属板を送る装置のモーターは、なるべく早く取り替えないと焼付きかねない。品質チェックのためのセンサーはもっと詳しく見てみないとわからない。

 テクノプロⅢはセンサー類をテスターにかけて調べ、モーターがまだ焼き付いていないことも確かめると、油圧機に応急修理を施し蓋を閉めた。

 金属フレームが並ぶ停止したベルトコンベアーの下をくぐり、プラスチック成型機のところへ行く。こちらで作っているのは“コックローチ”の外装だ。成形機から伸びるベルトコンベアーの上に暖色の丸い合成樹脂の外殻が並ぶ。

 テクノプロⅢは成形機のハッチを開け、内部の金型を確かめた。幸い、成形機の金型はそれほど損耗していなかった。テクノプロⅢは他にも内部の危機を点検した後、ハッチを閉めた。

 ベルトコンベアーを調べつつ進み、テクノプロⅢはいくつかの組み立て機を点検した。それらは“コックローチ”の金属フレームにモーターなどを取り付けるロボットアームで、そこまで複雑な機構をしていないものがほとんどである。調子の悪いものがいくつかあったが、それらは大した故障ではなく、テクノプロⅢはすぐに直してしまった。

 そうしてしばらく進み、フレームに電子頭脳を取り付け、配線をハンダ付けする機械のところまでやってきた。この機械もロボットアームの一種であるが、細密作業用の補助アームを含め三本の操作腕を備えている大型のものだ。

 メインアームのモーターとハンダ付け用アームの電熱線を調べた後、テクノプロⅢは補助アームの調節を行った。このアームが狂うと高価なコンピューターがお釈迦になってしまう。この重要なアームに異常が見つかったので、アドネーはメンテナンスセンターに連絡を入れたのである。

不調の原因は内部部品の経年劣化であった。工場にはメンテナンス用のロボットがあるので、それを使ってネジの微調整を定期的に行えばこのまま稼働を続けても問題がないだろうとテクノプロⅢは判断した。ただ部品の劣化が激しいため取り換えた方がいいということを覚えておく。

 テクノプロⅢはロボットアームの調整を終えると、ベルトコンベアーの流れに沿って、外装を取り付ける機械、操作腕を取り付ける機械、製品の品質を検査する機器と点検をしていったが、それらには異常は見られなかった。完成した製品を箱詰めする装置と箱詰めされた商品を貨物コンテナに積み込む機械の点検も終わったので、テクノプロⅢは出荷口の内線電話を使いアドネーに連絡を取った。

「もしもし、ユーザーサポートメンテナンスセンターの テクノプロⅢです。検査が終了いたしました」

「……検査結果を 電話端末の 端子から 送信して ください」

テクノプロⅢはもう一度道具箱からケーブルを取出し、片方を薄汚れたプッシュフォンの端子に、もう片方を自らの頭にある端子につなぐと、電子頭脳の中にある点検修理の結果リストをアドネーに送信した。一分半かかって送信が終了する。しばし間をおいて、内線電話がアドネーからのメッセージを伝えた。

「……検査結果を 確認 しました。……ただいまより 生産ラインを 再稼働します。……一度、コンピュータールームまで 戻って ください。メンテナンス用のロボット・Z一号の メンテナンスも 依頼したい です」

「わかりました。これより、コンピュータールームに 戻ります」

テクノプロⅢの背後で箱詰め機がゆっくりと動き出し、生まれたての“コックローチ”を薄手の段ボール箱の中に優しく納めていく。ベルトコンベアーが脈動し“コックローチ”が生み出されていく。“コックローチ”誕生過程を遡りながら、テクノプロⅢは自らの仕事に満足を覚えた。

今や工場は完全に一つの機械として滑らかに動いていた。しかし、この状態を維持するためには日常的なメンテナンスが必要である。テクノプロⅢはZ一号を点検するためコンピュータールームヘと向かった。

Z一号はこの工場のメンテナンス用に配備されている、黒いボディーのテクノプロⅡ型のロボットであった。自らの先代機であるテクノプロⅡの整備方法も、メンテナンス用ロボットであるテクノプロⅢの電子頭脳にはインプットされていた。

テクノプロⅢは、まずZ一号の操作腕を調べた。関節が滑らかに動くかを調べ、必要な個所に油をさす。

「……Z一号の コンディションは どうですか?……操作腕に 問題は ありませんか?」

「大丈夫です。問題ありません。油を注しておきました ので、操作腕に かかる負荷が軽減されます。毎日動かしても 傷みは少ないでしょう。製造ラインの 損耗率が高い ので メンテナンスをかかさず 行ってください。

また 早めのオーバーホールを おすすめします」

「……了解 しました。……部品の交換が 必要な個所について、緊急性を教えて ください。データ送信を お願いします」

「わかりました」

アドネーと製造ラインの整備について会話を交わしつつも、テクノプロⅢは手を止めずにZ一号の両手を検査し終えた。そして胸部ハッチを開け、内部の配電盤やバッテリーなどを調べるために懐中電灯をつける。

「予備のバッテリーは ありますか?このバッテリーは、交換時期が 近づいています」

「……予備バッテリーは ありません。……現在のバッテリーは どのくらい 持ちそうですか?」

「調べてみます」

道具箱から簡易電流テスターを取り出したテクノプロⅢは、温度計のような形をしたテスターをバッテリーの電極にあてる。テスターのデジタルメーターを見ていると、懐中電灯の光が弱くなり、明滅ののち消えた。

「……懐中電灯 でしたら 防災用のものが 機材室に……」

「大丈夫です」

淡々と気遣うアドネーを制し、テクノプロⅢは所長から、バッテリーを消費するので、なるべくつけないように言われていた頭部内蔵式のライトをつける。懐中電灯を取りに行くための電力消費の方が、テスターを確かめるために短時間ライトをつけるよりも大きいと判断してのことだった。

 Z一号のバッテリーは多少弱っていたがまだしばらくは使えるだろうと、テクノプロⅢは判断し、アドネーに伝えた。


 建物を出ながら、テクノプロⅢは電子頭脳内で様々な思考を行った。メンテナンスセンターに提出する報告書の作成。懐中電灯用の電池を買わなくてはならないという覚え書き。そして、アドネーはこの工場の機械の部品を取り換えるだろうかということが疑問として浮かんだ。アドネーは部品交換の緊急性について聞いていたからだ。おそらく比較的緊急性の低いいくつかの部品については、取り換えるのを後回しにする予定があるのだろう。

 ステーションワゴンに乗り込みながら、テクノプロⅢは、またここに来ることになるかもしれないと考えた。

 太陽は南天を過ぎ、西へ傾こうとしていた。

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