第78話
勇者とエンシェント・エルフ。
その二人の駆け引きが勃発する。
激しい舌戦の幕が切って落とされた。
【美月(破壊の勇者)】
エンシェント・エルフとハイエルフの登場に影の黒幕の存在を確信する。
口の端を持ち上げて、
「アレルフィ商会会頭と輝星堂代表、幻鬼。随分豪華じゃない」
「ええ。勇者を出迎えるんだからこれぐらいは当然よ」
「で? 貴女の登場は何を意味するわけ? 私としてはさっさと次期【怠惰】の魔王候補を出して欲しいんだけど」
「【怠惰】の魔王……?」
と首を傾げるシルフィ会頭。こっちも相変わらずの演技力ね。
誰がどう見ても初めて聞いたような反応じゃない。
「……言っておくけど隠し通そうとするその言動が逆に怪しいってことわかってんの? この先に何かありますって白状しているみたいなもんでしょ」
「それは否定しないわ。ただ私とアウラは帝国1、2の商会を経営しているの。いくら勇者でも極秘の生産工程を目的も把握せずに見せるわけにはいかないのよ。ご理解いただけないかしら」
「上手く逃げたわね。じゃ質問を変えるわ。帝国で飛ぶ鳥を落とす勢いの新興商会。その目玉商品の発案者が次期【怠惰】の魔王じゃないの?」
「どうしても魔王の存在を結びつけたいのね。根拠をお聞きできるかしら」
「アレルフィ商会と輝星堂、帝国の経済市場における二巨頭よ。莫大な資金が転がり込んだはず。魔王ってのは武力バカだけじゃないの。人・金・モノ、時間を支配しようと企むものがいたって不思議じゃないでしょ。私たち勇者パーティーがわざわざ足を運んだのはそういう危険性を確認するため。大金を稼ぎ始めた陰の黒幕。そいつが危険人物か否か。全てが手遅れになる前に素性を明かしておく必要があるのよ。勇者の役目ってやつ」
これで視察の理屈は通ったはず。
勇者の協力依頼を断ればそっちもタダじゃすまないわよ。
探りを入れられることを観念したかしら。
「いないものをいないと証明するのは不可能なのよ。ご足労いただいた勇者にお見せできるのは百万歩譲って極秘の生産工程を晒すことだけよ」
「はぁっ〜⁉︎」
こっ、こいつまさかまだ言い逃れしようとしているわけ⁉︎ どんだけ図太いのよ!
「理屈はわかったわ。帝国に突然現れた新興商会と敏腕経営者。莫大な資金が動いていることは確かだもの。勇者が怪しみ視察に来たというのも……理解できなくはないわ。私たちからすれば商売のタネを明かしたくないだけだったのだけれど」
「諜報に長けた鬼を利用しておいて」
「誰だって資産は厳重に管理したいでしょう?」
とシルフィ会頭。
チッ。一応、筋は通っているわね。
「本当に隠したいのが資産とは限らないけどね」
「だからそれを証明する手段は私たちには無いのよ。言っておくけれどここでの会話は一部始終は魔法で記録しているわ。もちろん武力を行使するなら応じる覚悟もあるわよ。ただし、何も出てこなかったときのことを考えておきなさい。勇者の野蛮な行動をばら撒いた上で帝国から撤退するわ。市場の混乱、そして生活必需品や娯楽品を間接的に取り上げることになった貴女たちは非難の的でしょうね」
ぶち! と私の額から音が聞こえた。
血管が切れたかもしれない。
さすが商売人。さっきからのらりくらりと上手いじゃない!
これはあれね。とにかく見に行くのが早いでしょ、っていう性格が裏目に出たのかも。
しかるべき手順を踏んだ上で視察に挑むべきだったわ。
剣聖、大魔導士、聖女の視線が勇者の私に集中する。判断を委ねられている。
引き返すか否か。
ここまでの話術を展開するようなキレ者だ。おそらく次期【怠惰】の魔王候補の脱出経路も抜かりないはず。
このまま戦闘に移ることさえ計画通りである可能性が高い。つまり時間稼ぎ。
イライライラァ!
これまで魔族や魔物を一瞬で屠ってきた弊害かもしれない。なんだろうこの感じ。
すごくイライラする。
お兄ちゃんがいる可能性が拍車をかけているんだろうけど。
「占星術師が居るって言ったら居るのよ」
「いくら勇者でもそれはないわ。占った内容が商売の秘密がある場所で、次期【怠惰】の魔王云々は勇者が視察の建前にしているかもしれないじゃない。そもそも私たちからすればその占星術師が眉唾なのだけれど」
ぶちぶち!
ちょっと! また血管が切れちゃったじゃない!
こっちはお兄ちゃんのために色々美容に気を配ってんの。老化は大敵なんですけど。
こめかみをおさえる。
こいつ、やるわね……! 輝星堂は貴族令嬢と婦人愛用の商会。
女という生き物は口に戸をすることができない。故にシルフィ会頭たちに集められる情報には重箱の隅をつつくものまであるはず。
未来視——といってもお告げはコントール不可——できるミィの存在は帝国でも極一部の人間にしか知らされていない存在だ。
お告げが絶対とはいえそれを知っているのは圧倒的に少数。
これまでのやり取りの映像もあるとすると目の前の女にとって世論操作は容易いはず。
『欲に目が眩んだ勇者パーティが帝国1、2の商会を襲撃』なんて見出しがありありと想像できる。
「剣聖、大魔導士、聖女」
「なんでしょうか」
「なにかな」
「なんなりと」
「圧倒的な戦力差を見せつけなさい。ただし、絶対に殺しちゃダメよ。傷を負わせるのも控えなさい。消耗させるの。あくまで向こうが参りましたと口を割らせたくなるような絶妙な加減でいきなさい」
「また無茶な命令を」と剣聖。
「はぁー、自分はできないくせにボクたちには命令するんだよね」と大魔導士。
「あらあら。ご命令とあらば仕方ないですわ。荒っぽいことは苦手ですのに」と聖女。
とりあえず聖女。あんたは嘘。肉弾戦が最も得意分野でしょうが。
近接戦闘の聖女なんか聞いたことないんだけど。
「交渉決裂ということかしら——勇者が相手なら私たちも命懸けになるわね。こちらも手加減はできないわよ?」
「どの口が言ってんの——よ!
【牙天】」
チカラを十段階以上落として聖剣を振るう。それでも凄まじい破壊波が放出される。
「【勢殺樹海】」
シルフィ会頭はそれを地面から大樹を生やして防御してみせた。
へえ……やるじゃない。
言っておくけどこっちには絶対外さない占星術師が居るのよ。
次期【怠惰】の魔王候補はここにいる。
それを商売人にとって種明かしはご法度だって誤魔化したんだから言い逃れはできないわよ!
☆
【アレン】
——戦闘終盤——
おはよう!
どちらかと言うとこんにちはだね!
主人公、夢の中から覚醒!
ティナ【風の知らせ】発動!
ウリたん状況説明!
現状を把握した俺。遠視しながら一言!
「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
置いてけぼり食らっとるやないか!
えっ? もしものときはディーネの脱出?
やだやだやだ!
マッマを置いて逃げたら後で何を言われるかわかったもんじゃない!
「逃げ足だけは早いのね」なんてネチネチ言われるんだ! ネチネチ攻めるのはベッドだけで十分なのに!
そもそもヒロインがバチバチしてんのに男の俺が逃げるってどうよ?
いえ、シルフィさんからすれば肉壁の俺は足手まといなんでしょうけれども!
でも魔法が発動できない代わりに、見るからにヤバそうな勇者の盾になれます!
アレンさん頑張れます!
物理的に守れます! べちゃべちゃになりますけど盾になれます!
ですからその、伝言の「絶対に出て来ないで」を破っても殴らないでくださいね!
お前は隠れんぼさえできねえのか、とかブチ切れないでいただきたい!
シルフィマンマの自己犠牲。
もしかして「私が死んでも代わりはいるもの」みたいなものだったり?
アレンさんには代わりがいない的な? ただし、これ以上無能な主人公が、的な?
やだー! もうー!
別れ際に無能はさようならなんて悲しいこと言わないでよ……!
☆
【シルフィ】
勇者が私たちを殺すつもりがないことは確認できたわね……。
でも舐められたものね。絶対に口を割るつもりはないわ。
私の代わりはいてもアレンの代わりは誰にも務まらないの。
彼の奴隷として命を張るのは当然じゃない!
貴方のことは私たちが命に換えても守り通して——っ、さすが勇者。
エルフ全員のパスを繋げても相手になっていないわね。ちょっと強すぎないかしら?
このままじゃ——。
嫌な汗が流れた次の瞬間だった。
「はいはいっ! ここまで。もう終わりにしようよ」
『アレン(様)!』
ウリエルに抱き抱えられて空中から現れたのは私の——私たちのご主人様だった。
もう絶対に出て来ないでって言い含めたでしょう⁉︎
これ以上、私の好感度を上げてどうするつもりよ!
☆
【アレン】
俺、参上!
あっ、ちょっ、ウリたん手を離すタイミングちょっと早くない——?
——グギッ! ああっ!
着地失敗したぁぁぁぁぁぁぁぁ!
足逝ったぁぁぁぁぁぁぁぁ!
痛ったぁぁぁぁ!
おのれ勇者め! 着地を狙うとは卑怯な⁉︎ 絶対許さん!
アレンさん(捻挫)が登場したからにはこれ以上好き放題できると思わないことだな!
勇者も!
もちろんシルフィマンマもな!
我輩、涙目。
俺、この戦いが終わったらおっぱい揉むんだ……!
女神「フラグ草」
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