第77話
【美月】
「止まれ」
と剣聖。
ミィが暴き出した次期【怠惰】魔王候補の潜伏先。
陣形を組んで視察に向かう。危険察知能力が勇者パーティーで群を抜いている剣聖が命令。
急停止するや否や、有耶無耶だった気配が大きくなっていく。
「鬼が出るか、蛇が出るか——どうやら前者のようだな。よもや幻鬼とは」
影の中から姿を現したのは鬼。
剣聖は居合の構え。それも先手必勝の剣術ときた。
最大の警戒レベル。
……大魔王の誕生ねえ。現実味が帯びてきたって感じかな?
「お初に目にかかる。九桜という。この先は私たちの住処だ。要件をお聞きしたい」
馬鹿デカい聖剣を地面に突き刺す。
重たいわけじゃないんだけど。
「まどろこしいのは御免だから単刀直入に言うわ。ここに次期【怠惰】の魔王候補を連れて来てもらえるかしら」
正直に告白すれば私は弾んでいた。
戦いたくてウズウズしている? 違う違う。
現れた鬼の格好と装備。それが前世の記憶にあるものだったから。
——振袖と日本刀。
この先に私と同じ異世界転生者がいるのは間違いないかな。
そうなれば必然的にお兄ちゃんの可能性も出てくるわけで。
嬉しくないわけがないっての。
現れた鬼は女の私から見ても美人。和風美人なんて言葉が脳裏によぎる。
幻鬼は眉一つ動かさない。
「次期【怠惰】の魔法候補……? さて何のことやら。私にはさっぱりだが」
あーもう! 私は駆け引きとか苦手なの!
さっさと出すもん出しなさいってば!
「惚けたって無駄よ。こっちには未来視できる占星術師がいるんだから。でないと意識遮断の結界が張られている森で一直線に目的地になんか向かえるわけがないでしょ」
「……一流冒険者とお見受けする。目的こそよくわからないが、村の治安と秩序を担う者として、ここを通すわけにはいかない。引き換えしていだけるとありがたいのだが」
「笑止」
「そうか」
諦観した幻鬼が刀を抜く。
……へえ。私と——勇者とやり合おうってわけ?
まっ、どうせこうなると思っていたわよ。
「【四方聖樹】!!!!」
『!』
次の瞬間、閉じ込められたことを即座に理解する。想像していた以上の結界展開に私は大魔導士に視線を送る。
「道理でボクおかしいと思ったんだよ。鬼にしては存在力が強過ぎるもん。たぶんこれ、彼女の固有スキルか魔法かな。幻鬼に意識を集中させて周囲の気配を遮断してたんだね」
「あんたの流星魔法なら打ち破れるわけ?」
「無理無理。相当内側が強固だよこれ。しかも結界外に魔法を発動できないようになってる。ここから出るにはキミが暴れないと」
「……それなりの結界に閉じ込めたってことはやましいことがあるってことの裏返しでしょ。だからもう一度だけ言ってあげる——ここに次期【怠惰】の魔王候補を連れて来なさい」
殺気を飛ばす。大抵の魔族はこれだけでも畏縮することが多いんだけど、目の前の幻鬼はあいかわらず眉一つ動かさない。
これまで瞬殺してきた魔族と違ってなんていうか、格が違う気がする。
「——勇者。なるほど。色んな意味で凄まじい。足がすくむはずだ」
「そうは見えないけど?」
「私にも信頼できる仲間がいてな——」
ふっと絵になる笑みを浮かべた幻鬼の後ろから姿を現したのはエルフ。
勇者スキルの【鑑定】によるとエンシェント・エルフとハイ・エルフ。
……いやいやいや⁉︎
私の間の前に現れた二人はよく知った人物。
アレルフィ商会の代表、シルフィ会頭。
私も愛用している乳液や化粧品、石鹸などを生産・販売している輝星堂、アウラ代表。
帝国で破竹の勢いで売上を伸ばし続ける天才の経営者。
ここに来てあんたたちが現れるわけ⁉︎
もう絶対黒じゃん!
「久しぶりね勇者。ここからは私が交渉させてもらうわ」
☆
【シルフィ】
勇者の来訪。
それは【怠惰】の魔王候補に名が挙がる前から可能性として考えていたことだった。
アレンはおそらく別世界——異国からやってきた。
本当は確認してもいいのだけれど……でも、その、ほら、いっ、いい女だと思われたいじゃない?
もちろん彼の奴隷となってばかりのときは気になっていたわよ?
でも現在となっては過去なんてどうでもいいわ。根掘り葉掘り聞いて彼に面倒な女だと失望される方がよほど堪えるもの。
それに問い詰めるまでもなく、予想も間違いないんじゃないかしら。
たとえ外していても遠からずだと思うわ。
彼の知識、知恵、発想そのどれを取っても帝国出身では説明がつかないもの。
事実、これまでなかった概念。それを形にした商品は帝国で飛ぶように売れている。
生産や商売だって、彼一人でやろうと思えばそれなりに方法はある。
けれどエンシェント・エルフの私とエルダー・ドワーフのノエルに一存した。
ここから弾き出させれる彼の思考は表舞台には顔を出したくない、ということ。
こんなことは猿でもわかる。
だからこそ私はエンシェント・エルフ、エルダー・ドワーフという希少種種族という肩書きを型破りの発想ができることと結びつけることにしたわ。
こうすることで希少種だから思い付けたこと。ごく珍しい存在だからこそ斬新な発想ができたのだと。
そう刷り込ませることでアレンの存在を隠し通し、追求を逃れて来た。
けれど、勇者。彼女の目だけは誤魔化せ切れなかった。
商人としての情報網をフル活用してさえ、彼女の出生は謎に包まれていたわ。
上手く表現することはできないけれど……勇者とアレンには似た何かを感じ取れたというか。
その証拠に勇者は私がリリースする商品の裏に何者かがいることを一瞬で見破っていた。
エンシェント・エルフ、エルダー・ドワーフ、ハイエルフが手を組んでからこそ生まれたと説明しても「最初に知識を貸した人物と会わせて欲しい」と何度も懇願してきたの。
恐るべき慧眼というべきかしら。
【怠惰】の魔王襲名を控えた【再生】のアレン。
【破壊】の異名を持つ勇者。
惹かれ合うのは運命——なんて表現すると…………おっ、おかしいわね。予想以上に不快だわ。
アレンの運命の人——その座を絶対に譲りたくないってことかしら。
「久しぶりね勇者。ここからは私が交渉させてもらうわ」
☆
【アレン】
zzz…、むにゃむにゃ、
「ママのおっぱい!」
【ウリエル】
えへへ。村長さんの寝顔可愛いです♪
おっと……見惚れている場合ではありませんよね。時と場合を弁えないと。
安心してください!
もしものとき村長さんは私が命に代えてもお守りしますから!
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