第54話

【ティナ】


 あー、これは『アレンの魅力語り36時間コース』ですね、と思いながらも村長さんの奮闘に胸が熱くなります。


 遊郭に蔓延る謎の病——梅毒を【再生】を発動させることなく——さらに治癒魔法に頼ることなく解決してみせたアレンさんは抗生物質とやらを無償で【色欲】の魔王に譲渡しました。


 それから【色欲】の魔王軍との交流・親交が深まることに。みなさん醸し出す色香が凄まじいです。

 美の象徴であるエルフが生唾を飲み込むほどですから、その色気がお分かりになると思います。


 空狐さんや天狐さん、サキュバスさんが派遣されてくるだけでなく、この度修道院に新たな仲間が加わりました。


 ウリエルさんです。私はウリちゃんと呼んでいます。


「こんにちはティナさん! 私でお役に立てることがあれば何でも言ってくださいね♪」

 ……可愛い。可愛すぎます。女の子がぎゅっとしたくなる女の子とでも言えばいいでしょうか。とにかく健気なんです!


 他人の保護や育成、お世話をするのが生き甲斐という彼女は天使族でした。

 道理で天使すぎると思ったはずです。

 私たち奴隷とウリちゃんの仲が深まるまでに時間は必要ありませんでした。こんな可愛い娘をみんなが放っておくわけがありませんから。


 現在、奴隷たちの間で子どもにするなら幼児化アレンさんかウリちゃんか、究極の二択で盛り上がることもしばしばあります。

 会議は熱を帯び論争。紛糾に至ります。

 結論として、息子は幼児化村長さん、嫁に欲しいのはウリちゃん(もちろん娘も大歓迎)となりました。


 そもそも出発点が間違っていたのです。どちらかしか子どもにできないというのがおかしいと。男の子と女の子なんだから、一人ずついればいいじゃないか。

 それだけでよかったんです。

 とまあ、修道院はあいかわらず平和ボケしていました。

 

 魔物の大暴走スタンピードが迫っていることが知らされます。

 どうやら【色欲】の魔王軍幹部、No.3と4も応戦。

 魅せるときは絶対に外さない村長さんも「お行儀の悪い魔物には躾が必要だよね!」

 もちろんシルフィさんのアレン語録登録です。


 魔物の大暴走に真っ向から立ち向かうことが決まるとわたしたち奴隷たちの間にもウリちゃんの過去が耳に入ってきます。


 こんなにも可愛い彼女が天使界を追放されたとのことでした。

 原因は突然姿を現した固有スキル【凶悪化バーサクモード】モデル【堕天使】。

 自我を失い、暴走する恐れがある代わりに魔力容量、魔法の威力、弾速、貫通力、射程、身体能力が爆発的に向上化する諸刃の剣。


 胸の内を告白させていただきますと、恐怖を覚えなかったと言えば嘘になります。

 こんなに優しくて、純情で、明るい女の子が豹変するだなんて信じられません。それと同時に【凶悪化バーサクモード】というスキル自体に良い記憶がありません。


 言い伝えなどではこの固有スキルにより大国が一夜にして滅んだこともあるのだとか。

 村長さん、アレンは私たちに堂々と告げました。

「俺はウリたんを奴隷として迎え入れたいな」

 と。彼女の過去には私たちも思うところがあります。同情や共感。

 肉体の一部を損傷——それも致命的であり、奴隷商で不良在庫として扱われる日々。


 最近は幸せ過ぎて滅多に思い出すことはなくなりましたが、紛れもない現実。

 フラッシュバックする壮絶な過去。

 けれど、ウリちゃんを迎え入れるということは当然リスクが伴うということ。


 場合によっては過去のトラウマを抉られかねない展開です。

 そういう意味でも事前に彼女の過去や村長さんの意向を公の場で聞けたというのは本当に感謝しかありません。


 アレンさんが私たちのことを大事に想ってくださっている証拠でもありますから。

 そもそも私たちは負債をいつでも返済できる立場にあるとはいえ、奴隷です。

 そして自ら彼の元に残る決断をした人たちばかりです。


 ここで我が身可愛さに修道院を去るというのは仁義に反すると思いました。

 村長さんは続けます。


「主従契約後、【凶悪化バーサクモード】は主人の許可なくして発動できないようにする。ウリエルの意思だけで発動できない、ということをまず知って欲しい」


 私は足りない脳みそを振り絞って色々と考えます。

 最初に抱いたのは、ああ、やはりこの方は男の中の男だな、という印象です。

 当然です。悪気はないですが、ウリちゃんは間違いなく危険人物。いくら【再生】持ちとはいえ、怖くないわけがありません。


 しかし、村長さんは九尾さんとネクさんからウリちゃんを引き取ることに一切の躊躇を見せなかったそうです。それはシルフィさんから拷問——間違えました、聞かされていました。


 普通は逡巡しないでしょうか?

 シルフィさん曰く「きっとウリエルの過去に思うところがあったのよ。アレンらしいと思わないかしら?」

 それには同感です。

 たとえ己に火の粉が降り掛かろうと【再生】持ちの自分しか彼女の心の傷を癒すことができない、そう思ったのでしょう。

 美化し過ぎかもしれないですけど、村長さんとの信頼関係がある現在いまなら盲目的にそう信じられる自分がいました。


 アレンさんの人柄の良さはそれを決して強要して来ないところでしょうか。

 公の場でウリちゃんを受け入れる意思を示しながら、きちんと奴隷たちにも事情やリスクを説明し、同意を求める。


 その姿勢に女という生き物が靡かないわけがありません。

 さらに殺し文句ときました。【凶悪化】の解除方法が主人の抱擁であることを補足した上で、

「もしもウリエルに【凶悪化】を発動させてしまったら俺が責任を持って解除させるよ。その覚悟はある。だからみんなも怖がらず仲間として受け入れて欲しいんだ。どうかな?」


 このときばかりはシルフィさんだけでなく、この場にいる全員の女が彼になら抱かれてもいい、と。この人の腕の中で寝てみたいと。

 一夜だけの関係や弄ばれてもいいと心の底から思ったことでしょう。

 

 カッコよ過ぎますよもう……! さすがアレンさん。さすアレ。本当にここぞというところでは外しませんね。

 こうなってくると確信犯だと思われますよ? 普段とのギャップを利用しているんじゃないかって。


 アレンさんの覚悟を間の前にしておきながら、反対の意を唱える奴隷は誰一人いませんでした。

 全員がウリちゃんを迎え入れることに賛成します。

 気持ちは理解できる、なんて軽々しくは口にできませんけど、でも共感していることは紛れもない事実。チカラになれることがあれば手を貸してあげたいです!


 私は周囲を見渡します。


 エンシェント・エルフのシルフィさん。

 エルダー・ドワーフのノエルさん。

 ハイエルフのアウラさん。

 幻鬼の九桜さん。

 黒鬼の凛ちゃん。

 

【色欲】の魔王、九尾さん。

 同じく幹部、空狐さんや天狐。

 同じく幹部アラクネのネクさん。

 その妹、ラアさん。


 そして、熾天使のウリちゃん。

 これだけの錚々たるメンバーがアレンさんを中心に集まっています。

 村長さんに他人を惹きつけるチカラがあるのは当然ですが、何より不思議な包容力——器の大きさが成せる奇跡でしょう。

 

 こうしてアレンさんの「尻拭いは全部俺がする」発言に魔物の大暴走スタンピード攻略の鍵を握るウリちゃんが新たな仲間として迎え入れられました。


 ——私はゆっくりと意識を現在に戻します。いえ、この危機的状況に回想などしている場合じゃないことは百も承知ではあるのですが、奮起させるためには仕方がありません。


 当初の計画では侵攻してくる魔物の数は三千ということでした。

 ですが、九桜さんでも突然の異変に驚きを隠せないほど大量発生しています。


「村長さん! このままじゃ間違いなく帝国にも甚大な被害が出ます! 私……人が傷つくところを見たくないです!」


【風の知らせ】でウリちゃんの悲痛が聞こえてきます。

 どこまでも純粋な言動に私は目を見開きます。

 人が傷つくところを見たくない。彼女はそう叫びました。

 これが意味することは己は二の次だということ。

【凶悪化】のことなんて忘れてしまえば——そんなもの無いものとして扱えばいいのに。

 魔物の大暴走スタンピードだって見て見ぬふりをすればいいんです。だってそうでしょう? 三万ですよ、三万⁉︎

 撤退すれば少なくとも私たちは無事でいられるでしょう。


 もちろん快適な修道院を手放すことになるでしょうけど、命あってのものです。壊れたなら直せばいい。けれど命はそうはいきません。失えば終わり。それはこの世界の大原則です。


 私は思い出します。

 ウリちゃんを向かい入れることが決まったとき彼女が本当に嬉しそうに流した涙を。

 聞くところによれば【凶悪化】のことを他でもなく私たちに打ち明けるようアレンさんに進言したのは彼女とのこと。


 化け物だと、揶揄される可能性だって決してゼロだったわけじゃありません。

 それでも彼女は私たちに打ち明けた。私たちに危険が及ぶかもしれないから。

 私たちのことを騙して傷つけたくないから。

 そんな優しすぎる女の子を放っておけるわけないじゃないですか!


 自分よりも他人を優先してしまう。

 帝国の人々を見捨てられない気持ちを優先するあまり【凶悪化】によりようやく見つけた居場所をまた失うかもしれないのに……!

 そんな葛藤はアレンさんにもあったでしょう。

 珍しく思考を這わせていました。

 

 ですが、流石ですね。このような非常事態でさえも織り込み済みだったんでしょう。

 神算鬼謀とはこのことですね。


「——ウリたん。キミのことは必ず俺が元に戻してみせる。だからみんなを——守ってもらえる?」


 部下の——奴隷の——配下の責任は俺が取る。いやはや痺れます。これぞ上に立つべき者の姿でしょう。

 見事にそれを体現されています。


『! はい! 必ず護り通してみせます! ありがとうございます! 私、村長さんのこと信じてますから! 【凶悪化バーサークモード】モデル【堕天使】!』


 こうして。三万という魔物の大暴走はウリちゃんの【調教】スキルにより停止させることができました——が問題はこのあとでした。


 我を失ったウリちゃんが暴走。

 停止させた大魔物を殺戮したり、とにかく大暴れ。当然私たちのこともわからなくなっていました。

 魔物の大暴走こそ抑えられてはいますが、早く彼女の自我を戻さないと、それ以上の被害になりそうです。


「恥を承知で言うね。みんな、俺にチカラを貸してくれない?」


 !

 もちろんです! 

 ここに着いて来た時点で私たちの命は村長さんにお預けしていますから!


 こんな展開なんかさっさと片付けて、みんなでリバーシしましょう!


【アレン】


 ——ドドドドドドドドドドドドドド!!

 ピカッ……ちゅどぉぉぉぉぉぉぉぉーん!

 ピュン——ドゴォッ!!!!!!!!!!


 シェー——————————————!!

 死ぬ! 死んでまう!


【調教】スキル、空気感染型【独裁】の発動により三万もの魔物が侵攻を停止。

 さすが調教カンスト娘。ものの数分で支配圧力を浸透させてみせた。

 だがしかし。

 俺は舐めていた。完全に舐め腐っていた。【凶悪化】の恐ろしさを。

 正直に告白すると魔物の大群なんかより堕天使一位いちい(数え方の単位)の方がおっかねえ!


 ひぃー!

 俺は降り注ぐ漆黒の弾丸から逃げるように全力疾走。

 暴走させてしまった責任は俺にあるわけで、抱擁しなければいけないのだが、隙どこよ? どこにある⁉︎

 相手は空中だし、豪速球の砲丸のような羽根が頭上から降り注いでいる状況。


 これ抱擁できます?


 人間、死の間際に走馬灯がよぎると聞くけれど、俺はウリたそを迎え入れるときのことを思い返していた。


 白状します。多数決により「ごめんなさい」しようとしてました。

 説明を聞けば聞くほど危険人物だということが発覚していくので、心の底から引き取りたいとは思えませんでした。

 器もアソコも小さい男です俺は。


 とはいえ、空気に飲まれてあの場で断れなかった俺はウリたんの「【凶悪化】のことはみなさんに秘密にせず打ち明けて欲しいです。覚悟はできてますから」を利用しようと思っておりました。


 奴隷のみなさんに「私たちに危険が迫ったらどう責任取ってくれるんですか!」というような反対——デモを期待していなかったと言えば嘘になります。


 しかし、俺の意に反して奴隷たちはすでにウリたんのことを受け入れているではあーりませんか!

 責任は俺が取る。もちろんリスクも最小限に抑えるつもりだ。けれど無理強いするつもりはない。俺は迎え入れるつもりだけど奴隷たちの多数決には抗えない。わかってくれ——そんなリーダー像を見せるストーリーでした。


 しかし、ウリたん(陽)は優しくて、明るくて、健気です。

 奴隷たちの心を一瞬で開かせるほどです。

 エリーさんがウリたんをラガーマンよろしく大事そうに抱きしめます。

 挟まれたい。いえ、間違えました。羨ましい。いえ、間違えました。感動の場面です。


 いつの間にか彼女の闇を一緒に背負うアレンになってしまいました。

 神算鬼謀しんさんきぼうの『し』の字もありません。自分で自分の首を絞める哀れなピエロです。


 大事な仲間として迎え入れられたウリたんを助けようとみんな必死です。

 今さらしっぽを巻いて逃げ出すわけにはいきません。

 それにほら、ウリたん(闇)が泣いています。おしっこ絶対漏らすマンですが、放っておけません。


 女の子の涙は消したいと考えております。ゲスにはゲスの矜持がありましてね。


 というわけで、まずは、

「恥を承知で言うね。みんな、俺にチカラを貸してくれない?」

『もちろん!』

 何十にも重なった声。ウリたん……チミ、修道院に来てからまだ二週間やで? 

 一体どんな過ごし方したらこんなに人望が厚なるん? 教えてや。

 絶望的な場面なのに奴隷たちの士気が上がるって……すげえな!

 俺なんか、みんな全然えちえちさせてくれへんのに……キミはたった十四日間でこれだけの人望を集められるなんて。


 いや、わかる。わかるよ。俺みたいな変態ドスケベ食っちゃ寝リバーシ野郎にも甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるもんね。

 シルフィが帝都で買ってきた魚の骨も全部取って、あーんしてくれるし、靴下を履かせてくれるし、横乳の感触を味わいたいだけなのに足挫いちゃったみたいな嘘でも肩貸してくれるし……本当の意味で天使だもんね。


 ちょっとチョロ過ぎて心配になるレベル。おパンツ見せて、とか、エッチさせてって言ったら本当にやってくれそうな雰囲気があるよね。【凶悪化】モデル【堕天使】を見た現在となっては口が裂けても言えないけど。


 こんなことならあの姿を視認する前に筆おろしをお願いしておくんだった……!

 諸君。後悔先に立たずだ。エッチしたいなら恥ずかしくても口にしろ。たとえ断れても失うものはない。

 童貞に失うものなんかないんだなぁ。

 アレを。


 なんにせよ『魔物の大暴走スタンピード編』の主人公はウリエルだったんだ。

 ようやくわかったよ。俺の近辺で発生するイベント。

 俺はそのイベントを盛り上げるための引き立て役だ。


『アレン(様)(さん)!』


 あっ、やば。豪速球砲丸並みの威力がある漆黒の羽根に直撃しそう!

 肉塊になって土に還りそう! 


「鬼術【奈落】!」


 自分に飛んでくる漆黒の羽根を捌くだけで精一杯なのに九桜から高速で影が伸びてくる。それは俺の影にと足元が沼にハマる感触。

 引き摺り込まれた俺は九桜の影の下、つまりローアングルに瞬間移動。彼女の足元に仰向けで現れる。

 おっ、おパンチュ……! 九桜さん、貴女紐パンじゃないですか……!


 アレンさん元気100倍!

 新しい顔を手に入れたあんぱんのような気分です。無敵感がハンパじゃありません。


 やれやれ。本気って俺の性分じゃないんですけど……仕方ありませんね。

 すこーしだけ男を見せてやりますよ。


「戦争や暴力、大嫌いなんだよね。だからさっさと片付けて修道院に戻ろうか。これから大事なことを伝えるね。これより作戦【アレンロケット】を発動する。手順は——」


 ふむ。

 俺、この暴走が終わったらウリたんにコスプレさせるんだ。

 衣装はもう決まってる。もちろんナース服ね。で、恥じらいながらこう言わせるんだ。

「村長さんのお注射を打ってください♡」って。


 女神「それ死亡フラグでは?」


 そうならないことを切に願いたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る