第41話

【アレン】


「ふむ。感染症の原因が外にあることの証明はどうやったのだ? いや、それを考えるのももちろん楽しいことではあるのだが、どうしても生き急いでしまってな」

 と下着姿に白衣をまといながら聞いてくるシオン。なんちゅう格好しとんねん。

 いや、それをお願いしたのは俺ではあるのだが。

 だが問題はそこじゃない。

 ヤバいのはもっと別のところにある。


 吾輩たち——、

















 

 死ぬ! 死んでしまうぞシオン! 

 頼むから休むと言え! 精神が悲鳴を上げているぞ!


「すまないアレン。また【再生】をかけてもらっていいだろうか」

「断固拒否する!」


 結論から言うとドワーフスミス、シオンヤバい女だった。

 モノ作りが本懐にもかかわらず、どこか退屈そうな彼女に顕微鏡を手渡してから、見事に化ける。

 生命にどハマりした彼女は俺から現代知識を吸収することに余念がない。


 おかげでこうして一週間軟禁され、睡魔と肉体の疲労を【再生】で飛ばしながら研究や講義を続ける地獄が生まれてしまった。

 分岐点は顕微鏡を手渡してしまったところである。タイムマシンが実現すれば俺はもう二度と間違えない。助けてママー!


「タイムマシン。たしかアレンの理論によれば未来には行けるかもしれないということだったな。相対性理論は素晴らしい。叡智だ。本当に素晴らしい」

 

 目をキラキラ輝かせながら言うシオン。そのうち顔に手を持っていき「実に面白い」など決めゼリフを言い出しそうだ。

 あと俺の理論じゃねえからな! アインシュタイン!

 というか、お前いよいよ生命だけじゃなく宇宙にまで興味を持ち始めやがったな!

 帰せよ! 俺をシルフィママの元に帰せよ! あの柔らかい母性の元に帰らせてよ!


「ああ。先払いが先だったな。次はどの下着を身につければいいだろうか? なんなら下着は脱いで白衣だけ羽織ろうか」


 それは大変魅力的である。だがしかし、俺はもう色々と限界だ。

 たしかに肉体こそ【再生】により疲れ知らずだ。正直に言えば身体の方はピンピンしている。疲労だって全然蓄積されていない。意欲さえあれば、まだまだ活動可能だろう。


「シオン。一つ村長兼ご主人様として命令を下したい」

「もしかして性行為だろうか。気が合うなアレン。遺伝子は興味を惹かれる分野だ。というわけで、私の躰はいつでも使ってくれて構わない」

「奴隷紋を以てアレンがシオンに命令する。一日最低三時間の睡眠を確保することを命ずる」


「なっ、おい! それはないだろう!」

 瞳には批難の色。それも濃い。

 まあ、当然の反応ではあるだろう。


 生命という神秘——それを解き明かすことができるかもしれない興奮を覚えても仕方がない。まして彼女はドワーフ。種族的にも当然守備範囲、いや専門分野だろう。

 これまで奴隷として浪費した時間、打ち込めるものに出会えず灰色の人生を送っていれば、視界が狭まっても仕方がない。


 社畜も経験したことがある俺からすれば、人間というのは意外と頑丈にできているもので、二徹、三徹ぐらいでは意外と死なない。

 一生に一度ぐらい寝食を忘れて何かにうちこむのもアリだと思う。

 けれど過労死を始め、健康を損なうことで失うものは大きい。取り残される者がいればなおさらだろう。

 

 俺は無痛転生だが、美月ちゃんを残してこちらの世界に来てしまったことを忘れた日は一度もない。

 やりがい、金、性を搾取するつもりで奴隷を購入した俺だが【再生】を利用し、彼女たちを24時間365日働かせ続ける、なんてことは絶対にしないと心に決めていた。


「研究にのめり込むのは結構。大いに結構だ。ご主人様としても正直都合が良い。だが、シオンを気にかけてやって欲しいと最初に声をかけてきたのはノエルだ」

「ノエルくんが?」

「ああ。さらに言えば顕微鏡を開発したのもノエルだ。俺には錬金術スキルがないからな。俺が言いたいことはもうわかるな?」

「視野狭窄になっていたか……」


「研究を控えろとは言わない。生命を突き詰めることは俺にとっても大きな利益がある。けれどそれも健康——健全たる精神は健全たる肉体に宿る——があってこそだ。もしシオンが倒れたら心優しいノエルは間違いなく落ち込むだろう。下手をすれば自分のせいだと落ち込むかもしれない」

「ああ。そうかもしれないな。アレンが言いたいことは、もう私だけの身体ではないということだな」


 物分かりは早いんだよな。さすがドワーフスミス。ドワーフの中でも頭が一つ、二つ抜けた上位種である。


「というわけで緊急の場合を例外にして今後【再生】は極力発動するつもりはない。もちろん体調不良や異変を感じたらすぐに言ってくれ。そう言うのは別だ。すぐに発動する。けれど不摂生な生活は極力控えること。いい?」


 【再生】をエナジードリンクか何かと思われたらまずいからな。いや、魔力はほとんど消費しないから、そういう意味では全然良いんだが、もしかしたらシオンの下で働きたいドワーフたちも出てくるかもしれない。

 そのとき【再生】ありきのゾンビ集団は俺の道徳、倫理に反する。


「とはいえ、ふふっ。キミがもう少し格好がつく姿だと様になっていたのだがな」

 

 俺だって早く大人に戻りたいよ!

 いつまでショタやっとんねん。

「というわけでベッドに——」


 これでようやく美人研究者の柔らかい感触、体温を堪能できる。役得だぜ!

 そう感じた次の瞬間——、


 ——バンッッ! (シオンが自ら建設した研究所の扉が勢い良く開けられる音)


「取り込み中のところ悪いわねアレン。【色欲】の魔王が貴方に用があるらしいわ!」


 丸く収まる寸前でやって来たのはシルフィである。

 俺がシオンに軟禁されているにもかかわらず、そのまま放置していた陰の黒幕である。


 いや、あの吾輩、まだ一睡もしてない!

「突然お邪魔して申し訳ないでありんす。どうしても主さんに診て欲しい病がござりんす。どうかチカラをお貸しくんなんし」


「ほう。病——感染症だろうか。【色欲】の魔王自ら足を運ぶ事態だ。急を要するということだろう。行こうかアレン」


 シオン! おめえは黙ってろ!

 さっきの今やぞ⁉︎ さては聞き流してやがったな⁉︎ 結構良い感じだと思ったのに!

 どうせ病と聞いて研究者の血が騒いでいるだけだろうが! 


 クソッ! 吾輩一睡もしてないのに……!

 

 女神「ようやく『遊郭編』ですね」

 なんですかそれェ⁉︎

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