第42話

【アレン】


「私もうダメなんだって……あとは死ぬだけなんだって……うっ、ひくっ。先生ありがどう、ございまず、ありがどうございまず」


 俺の前の前には大粒の涙をボロボロ流しながら謎の病を克服した一人の少女。

 たくさん泣きや。もう安心してええんやで。辛かったんだよね。怖かったんだよね。良かったね治って。


 泣きながら何度も何度もお礼を口にする遊女の紫ちゃん。

 その光景にシルフィ、九尾がもらい泣きし、九桜は物知り顔で頷いている。


【色欲】の魔王来訪。

 何の前触れもない九尾の登場により『遊郭編』が開始した。

 お願いというのは遊女たちに間で蔓延る謎の病を治療して欲しいというもの。

 その手段は問わない、と。


 結論からいうと犯されていたのは性感染症——梅毒である。


 くくく……ようやく吾輩のターンだ。唯一俺がチートできる場面である。

 女の子の涙は吾輩が消してやろうではないか。

 結論から言うと驚くほど超スピード解決の運びとなった——それも【再生】以外の方法で。


 感動の場面でこういうこと言うとですね、器の小さい男というか、野暮というか、だからお前はしょせん「バカですけど何か」系主人公なんだよ、って言われるかもしれないんですけどね——、


 




















 ——


 今も紫ちゃんが先生と呼んでいるのは俺ではなくシオンである。

 なんでや……なんで医療現場でさえ出番がないんや。おかしいやろこんなん。

 この状況で【再生】発動せえへんとかありえる? ありえへんよな?

 えっ、じゃお前は今なにしてるんって?


 九桜の影の中から感動の場面を眺めております。

 何一つカッコ良いところがありませんでした。こんなんもうイジメやで?

 というわけで、一部始終【前編】をお届けします。

 現場からは以上です。はぁーあ!


 ☆


【九尾到着後】


 アレンさんようやく大人ver復活!

 シルフィさんに【成長】を発動していただきました!

 これから出向く場所は遊郭である。小さなお医者さんでは診られる患者さんも不安になるに違いない!


 そこでシオンのために用意していた白衣を羽織ります。ふぁっさ!

 俺、失敗しないので。

【再生】というチートがある以上、治療ミスはありえない。気分が高揚します。自信しかありません。

 俺は勝敗がわからないことでビックマウスは叩かない口だが、勝ち確だとわかっていると男の顔になります。

 やる気、自信、勝ち気が耳の裏から醸し出ます。人はそれを加齢臭と言います。凹む。


 己が有利な環境に立ったときだけ態度が大きくなる男性。

 現代に清少納言が生きておられたら、きっとこうおっしゃられるに違いない。


 女神「わろし、わろし! いとわろし!」

 しばくぞ。


 これは完全なる主観だが、白衣とはモテの象徴ではなかろうか。

 女性は生物学上、受け身となるのが圧倒的に多い。だからこそ男性に求める必要最低条件に清潔感がインする。

 汚れのない白衣は清潔感を際立たせるだけでなく信頼感も増しそうではないか。

 

 馬子にも衣装という言葉がある。

 普段はネグリジェ日替わり同衾or食っちゃ寝ボティタッチリバーシのショタ野郎からこの高低差である。

 ギャップの破壊力はさぞあることだろう。

 この世界では通用しないかもしれないが、やはり医者は高学歴、高収入という印象を抱かずにはいられないはず。

 白衣を一枚着用するだけでこれだけの効果が発揮されるのである。

 さらに俺はここにシオンのために用意していた伊達メガネを装備する。

 これによりIQ85の俺はIQ83になることができる! いや、知性下がっとるがな。

 

 やはりメガネをかけるだけで頭が良さそうに見えるという発想自体がバカすぎたか。

 まあよい。男はいつだって女の子に選んでもらう立場なのだ。

 アレン大人白衣verを評価するのはこの場にいる女性陣の皆さんである。

 前世は『人は見た目が9割以上』などという世のブサメンを絶望に叩き落とす書籍がベストセラーになったこともある。


 外見だけはマシになったはずだ。見よ! 刮目するのだ! 

 さあ、どうですかみなさん!!!!!!


 シルフィ、ノエル、アウラ、ラア、九桜、凛ちゃん、エルフとドワーフの奴隷、鬼のみなさん

『……ぷいっ』


 そうですか。似合いませんか。しょせん馬子は馬子ですか。

 歴史と人間の知識が詰まったことわざさえもアレンさんのオス偏差値の低さの前には例外となりますか。


「……九桜。悪いけれど、遊郭までの移動は貴女に任せていいかしら?」


 シルフィさん。貴女って人は本当に容赦がありませんね。露骨にもほどがあるでしょう。

 視線を逸らしておきながら移動を新入りに任せるとか鬼畜の所業やで。ましてや本人に聞こえるように言うとか配慮ってもんが足りませんで。

 

 手をさすりながら——って、チミ鳥肌立っとるやないか! ちょっと待って! 鳥肌立ってまんがな! えっ、見たらわかる! 

 マジのやつやん……! 女の子が生理的に無理なときに起きる反応ですやん⁉︎

 えっ、あのちょっと⁉︎ そっ、そんなに似合ってませんでしたかアレン白衣伊達メガネverは! 


 なにこの雰囲気。すごくその気まずい感じじゃない⁉︎ 奴隷のみなさん全員全然目を合わしてくれないんですけどぉ⁉︎

 なんじゃこりゃぁぁぁぁ! 


「シルフィ。不甲斐ないが私も——」


 九桜さん。貴女もですか。【色欲】の魔王が駆けつけてくるという緊急事態に誰がキモ男を運ぶかで揉め始めおったでこいつら。

 信じられへん。どんな神経しとるやこいつら。それも本人を前にしてやるか?

 醜い押し付け合いを今ここでやるか? 


 こっちは魔法を発動できず、移動すらもままならないってのに。

 幼少期に教えてもらわなかった? 人の気持ちになって考えましょうって。

 風に乗るか、影に潜むか。どちらにせよ、こっちは美人奴隷の手を借りないとロクに移動もできへん無能やねんで?

 不甲斐ないって、それ俺の台詞や。 


「風操作を誤って落下させてしまうかもしれないの。無理を言っている自覚はあるわ。けどお願いできないかしら」


 いや、だからどんな面の皮しとんねんって。厚すぎやろ。こっち見ろやシルフィ。さっきから好き放題言いよって。

 なんや風操作を誤って落下させるかもって。自然に愛されたエルフにとって風は専門中の専門やろがい。

 さすがの俺も騙されへんからな。今さら言い訳が通用すると思ったら大間違いや。

 ジェンガで一片取るときあの器用で繊細な風操作。忘れたとは言わさんぞ。

 いっつも俺の順番で「なんでこれまだ倒れてへんのや!」芸術状態で回して来やがって。


 それだけのことができるにもかかわらず、横におられただけで落下させてしまうって、どんだけ似合ってへんねん。

 ショタverのときと扱いが違い過ぎやろキミ。マジで泣くからな。

「……っ」


 なんや九桜「っ」って。

 俺の器がありえへんぐらい大きいから詰めへんけど、これ虐待やからな? 犯罪やからな? 

 ショタから元の姿に戻った途端ここまで露骨になれるなんて誰が思う?

 言うといてや、できるんやったら。そんなん普通できへんやん。半端ないってシルフィ。

 俺は俺が不憫や!


 ☆

 

【シルフィ】


 ちょっ、ちょっと待ってもらえるかしら。

 あれ、おかしいわね……アレンを幼児化させて過ごした反動でものすごく耐性が下がってしまって……その、直視できないわ。

 

 普通【色欲】の魔王から直接頼られるなんて重圧プレッシャーで押し潰されそうになるわよね? 

 いえ、【再生】がある以上、彼に治療できない病はないのでしょうけれど……その格好でスイッチを入れるのは反則じゃないかしら。

 

 ごくり。かっ、カッコ良い……!

 時と場所も弁えずに発情してしまいそうだわ。アレンも卑怯なのよ。

 幼児化だって、わたしたちがすぐに受け入れられるぐらい順応してしまうし。

 最初から幼児だったんじゃないかと本気で疑ってしまうぐらい言動に板がついていたわ。

 なのに魅せるときは魅せようとする姿勢。期待を裏切らない言動。こんなのは反則よ。

 女たらしもいいところだわ。


 ほらまたそうやって私たちに感想を求めようとして……。

 見てみなさいよ。普段の姿、言動との高低差にみんなやられてしまっているじゃない。

 とっ、とりあえず耐性を取り戻すための時間が必要だわ。

 真面目な場面でメスを出していたら、それこそ彼に失望されてしまうもの。


「……九桜。悪いけれど、遊郭までの移動は貴女に任せていいかしら?」


 私は華やかな衣装——着物に身を包んだ九桜にお願いする。

 正直に告白すればアレンから振袖を贈られたと聞いたときは嫉妬で狂いそうになったわ。羨ましい。妬ましいと心の底からそう思ったもの。


 けれど鬼たちは米というアレンにとって大発見の農作物を持ち帰ってきた。その代表——それも希少種の幻鬼となれば当然の報酬よね。悔しいのは、振袖が和風美人の九桜に驚くほど似合っていること。


 彼女も鬼としての本能が刺激されると珍しく興奮を表に出していた。

 それから九桜の振袖に対する愛着は凄まじいものがあるわね。


「シルフィ。不甲斐ないが私も——」


 ええ。貴女の気持ちはよく理解できるわ。

 押し付けてごめんなさいね。

 でも私がアレンを運ぶためには風魔法を発動する必要があるの。横顔を見た瞬間に急降下させるなんて洒落にならないでしょう?


「風操作を誤って落下させてしまうかもしれないの。無理を言っている自覚はあるわ。けどお願いできないかしら」


 ☆


【アレン】


 アレンは激怒した。かの邪智暴虐のシルフィを除かねばならぬと決意した。

 俺はそんな内心などおくびにも出さず方針を固める。


「シルフィ、九桜、シオン、そして俺。以上、四名で遊郭に向かう。九桜、影の中に俺とシオン二人を入れての移動は大変か?」

「一人も二人も変わらん」

「それを聞いて安心した。シオン、?」


『!』

 

 馬子の押し付け合いという非道を目の前にした俺は完全に拗ねていた。

 許すまじこの扱い。

 九尾は病と言った。どう転ぼうが【再生】持ちの俺が駆けつけた時点で解決案件である。

 二度目になるが俺は勝ち確の場面では主導権を握りたがる男である。

 やられたらやり返す。倍返しだ!


 そういうわけでこれから起こることは全て掌ですよ、お見通しですよ。全知全能ですが何か? 風を吹かせることにした。

 こんなんもう真面目にやってられるか!

 いや、患者を前にしたら誠実ではありたいとは思うよ?

 でもちょっとは良いカッコしないとやってられへん!


「愚問だな。あるに決まっているだろう。よもや移動中にキミの話が聞けるとはな。実に興味深い」


「いい返事だね。ノエル、温泉の方はどう?」

「もう間も無く完成する」

「ラア。人数分の浴衣は——」

「ああ。もちろん用意してあるぜ?」


 よし。決めた。サクッと解決してサービス回に突入してやる。強制ラッキースケベだ。混浴だ。温泉混浴浴衣うなじだ。

 覚悟しとけよお前ら。俺をキレさせるなんて大したもんだ。もう怒った。この一件が終わったらヘタレを返上してやる!

 絶対に混浴させてやる! 覚悟しとくんだな!(ブチ切れ)

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