第20話

「あら。あらあらあら。見かけによらず情熱的ね〜。どうするラアちゃん」

「どうするってお前……!」

 糸を分けて欲しいと言う提案に対してネクは妹のラアを揶揄うように確認する。

 

 なんだろうこの感じ。

 あれ? 俺また何かやっちゃいました?

 

「アレン……どういうつもりかしら? 奴隷とはいえ、今回は説明を要求させてもらえる?」

「説明を求める」


 おかしい。さっきまで無条件肯定タイムだったはずなのに雰囲気が一変してる。なにこれ。呆れと苛立ちが充満した火薬のような匂い。アレン、こんなの知らない!

【再生】と引き換えと糸を提供して欲しい。自分の中では妙案だと思ったんだけど……。


 美人アラクネ姉妹の反応といい、何か違う気がする。

 俺はアウラぺディアで確認することにした。彼女は若干苦笑を浮かべながら、


「男性からアラクネに糸を欲しいと伝えるのは、その——求婚にあたりますわ。まさかご存じない?」


 ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 

 それライトノベルや漫画でよく見るお約束じゃん! なんでだよ! なんでこういうところだけテンプレなんだ!

 

 現状を整理しよう。無能のご主人様は一瞬で連れ去られてしまう。

 奴隷総出で救出しに来てくれた彼女たちをよそに、あろうことか拉致犯に求婚してしまうという。


「まあ、そのなんだ……ラア様にとって恩人になるわけだし無碍むげにはできねえよな。とはいえ、出会ったばかりの男だ。まずは友達からってことでどうだ?」

 

 今一番欲しいもの?

 ……タイムマシンかな。


 ☆


「ようアレン! 今日も納品しに来たぜ!」


 百キロ以上の繭を担ぎ、修道院にやって来たのはアラクネのラアだ。

 色んな意味で事件だったあの日から数週間。ラアの怪我は俺の【再生】ですっかり元通りになっていた。


 気さくで活発的な彼女の乳揺れがとにかく素晴らしい。

 見ちゃダメだと思ってもどうしても目線が行ってしまう。いかん、自重しなくては!

 

 アラクネたちは【魔眼】が開眼する数少ない種族であり、ラアも所有していたらしい。眼球こそ再生できたものの、そっちは失ってしまった形だ。

 ふむ。【再生】も万能ではないのか。一つ勉強になった。


 女神「容量さえあれば【魔眼】も再生できたんですよ?」

 しょせん俺は8MGの低スペックだと言いたいのか、こんにゃろー。


 あれからというもの俺たちの間では互いにメリットがあるビジネスライクな関係が構築されていた。

 修道院の裏山は元々ネクとラアの縄張りの一つだったらしい。

 帰省すると森を抜けた先で騒がしく、偵察に極小蜘蛛を向かわせたところ、俺が次々に破損した奴隷たちを再生していく映像が撮れてしまったと。

 それを見たネクが可愛い妹のために拉致を決行した、という流れだった。


 アラクネは最終形態であり、進化過程にある蜘蛛系モンスターの頂点。配下は大群だそうだ。

 彼女たちの糸こそ最高級で量が限られているものの魔物たちが出すそれなら有り余っていると言っていた。


【聖霊契約】の内容は以下のとおり。


 ①シルフィたちが危害を与えない限り、アラクネ姉妹は俺たちに武力を行使しないこと

 ②俺はラアの目と脚を再生させること

 ③アラクネの糸は最高級品のため、少量かつ四半期に一度の提供とする。ただし、配下である蜘蛛型モンスターの糸を大量納入。

 ④蜘蛛型モンスターの餌を提供する


 ちょっとした貿易である。ちなみに④は俺がアラクネ姉妹にパンやポテトチップスを振る舞ったところ、好評であったため追加したものだ。

 目の保養、商売面において長ーいお付き合いをして行きたい俺は奴隷たちの利益を確保した上で糸の対価も還元していきたい。

 

 かつては、俺だけ幸せならそれでいい! だって異世界転生者だもん、という現地人にとって迷惑極まりない存在だったが、食っちゃ寝ラッキーボディタッチリバーシという満たされた生活のおかげで分け与える心の余裕が生まれている。


 もちろん水面下では奴隷解放リストラ計画が進行中なわけで、良いご主人様ではないことは百も承知だが、シルフィ財務大臣が許す限り、衣食住と給料を保証したい所存。

 これを成長と分配と言います。新しい資本主義とも。

 もちろん俺は何一つ成長していません。しているのはシルフィを始め奴隷のみなさんです。分配されているのも俺の方でした。

 

 無能でごめんなさい。文句があるなら女神にどうぞ。俺は悪くない!(開き直り)


 蜘蛛の魔物たちは伝達器官の発達により指揮系統が張られており、ラアやネクの命令は絶対遵守とのこと。


 おかげで、小さい蜘蛛から大きい蜘蛛、中には人間サイズからその数倍の蜘蛛が修道院に姿を見せることもある。

 彼らたちの目的はシルフィ率いるエルフたちの植物である。特に芋が大好物だ。


 じゃがいもというのは人間の排泄物を肥料した土壌でも育つほどで、痩せた土地でも収穫できる優れた食用植物である。


 懸念される連作障害(同じ作物を同じ畑で育て続け栄養が不足すること)もドワーフの錬金術で発明した肥料を土魔法で浸透させることができるため、【無限樹系図】描出されたエルフたちの【発成実】で十分賄える量が栽培できる。


 当初こそ蜘蛛の魔物に抵抗があったエルフたちもしばらくすると慣れてしまった様子。

 中でもドワーフたちの感性は独特だった。


「ラア。その子に餌をあげたい。いい?」


 納品にやってきた彼女に気がつくや否や大好きな開発を中断し、俺たちの元にやって来るノエル。

 騒ぎを聞きつけたドワーフたちがわらわらと集まる。


「おう。いつもありがとうな」

「礼には及ばない。むしろ感謝するのはこちら」


 とノエルはラアが乗っていた巨大蜘蛛に餌を差し出す。

 彼女が手に持っているのはスナック菓子である。第二弾として棒状に整形して揚げたものである。見た目はじゃ○りこ。パクってすみません。

 それを臆することなく巨大蜘蛛の口に近づけるノエル。

 

 巨大蜘蛛と無機質美少女。不思議な光景だ。もしかしたら波長が合うのかもしれない。

 ボリボリと心地良い咀嚼音と共に棒状のスナック菓子が次々になくなっていく。


「……可愛い。目が好き。宝石のよう」

 ジーッと目を凝視しながら愛玩動物のように巨大蜘蛛を撫で回すノエル。

 怖くはないんだろうか。

 ただ間違いなく一つ言えることがある。

 ドワーフが蜘蛛の魔物を猫可愛がりする光景は和む。俺の新しい楽しみになっていると言っても過言じゃないほどには。


 俺としても取引先の相手と仲良くしてくれることは願ってもない。

「それでその……あんたのボスの機嫌は、どうだ?」

 とラア。申し訳なさそうに、それでいて心配そうに聞いてくる。


「あっ、うん。その……うん。あのー」

「悪いな。ラア様とネクが早とちりしちまったせいで」

「いや、あれは俺が悪いからラアは気にしないでいいよ。むしろ謝るのはこっちだし」


 あんたのボスとは言うまでもなくシルフィのことである。

 奴隷なのに? ノンノン。もはやボスですよボス。それもBIG BOSS。

 もはや俺の方が様をつけないといけない勢いである。


 求婚という誤解は奴隷たちを始め、ラアやネクたちにも解けている。

 本当に糸を分けて欲しかっただけだったことを熱弁した。


 さらにアラクネの前でそれを口にすることの意味を知っているからこそ、拉致や拘束という犯罪被害者である俺だけが、お咎めをなくす代わりに要求できた——すなわち、あのとき、あの場所、あの条件下で交渉だった、などと苦しい言い訳——げふん。機転さえも働かせてみせたのだ。


 納得の行ってなさそうな表情ではあったものの、なんとか事なきを得たというわけである。


 ただし。

 あれからというものシルフィはより商売に精を出すようになっていた。

「このままだと傍にいる資格がないわ」と呟いていたのを運悪く【再生】(録音を流す方ね。多義語だから紛らわしいんだよね)で聞いてしまった俺の気持ちを考えて欲しい。


 一日八時間しか眠れなくなった。パンと芋と豆しか喉を通さなくなった。美味しい。

 働く気力も失せてしまい、相変わらず二の腕や背中のぷみゅんというお胸の感触を楽しむことしかできなくなってしまった。


 精神科に診察しに行ったらどういう病名になるのだろうか。統合失調症かな。心の病気だよね絶対。

 

 このままじゃいけない。

 シルフィはジャぱんやスナック菓子でまたしてもひと財産築いている。

 アレン、これなんていうか知ってるよ。寄生虫! 残念だったな虫野郎☆


 一流の女のヒモと言えば聞こえは良いかもしれない。いや、全然良くない。最低のクズ野郎じゃねえか。

 だが、俺も飛車、角、桂馬、香車落ちでようやく戦えるようにまで成長している。

 なんとエルフ&ドワーフたちを相手に金銀有りで熱い頭脳戦を繰り広げられる急成長っぷりだ。かつて神童と呼ばれていた過去は伊達じゃないってことか。

 

 自分で自分の学習能力の高さが怖いぜ。

 だが、そんな俺の成長を嘲笑うかのようにシルフィのそれは目覚ましい。


「商業ギルドからの独立も視野に入れているわ。いいかしら」とのこと。

 

 早すぎないだろうか。

 こっちはようやく銀有りで白熱した対局ができるようになったばかり。


 一体何がシルフィをそこまで生き急がせるのか。

 あっ、俺の奴隷から早く解放されたいんでしたっけ? 


 ……いっ、嫌だああああぁぁぁぁ!

 捨てられたくない! 俺はまだ美味しい汁を啜って生きていたい!

 あれだけのいい女を手放してたまるか!


 シルフィにばかり商業ギルドで働かせてはいけないと感じた俺は、新たな開発にようやく着手することにした。

 この俺があの重たい腰を上げたのである。


 ちなみにこれを女を物で釣ると言います。辛い。マジで捨てられる3秒前。


 俺の発案、設計、監修、助言を元にノエルたちには紡績機の開発を依頼している。

 諸君は服が何で出来ているか知っているか? 俺? 俺は知らなかった!

 某ポエム大臣風に言うと「服の原料って糸なんです。これ意外と知られてない」である。

 いや、知ってるからァ! 国民舐めんなァ! トップになったら国潰れんぞ!

 

 しかし、実際のところ物が何でできているのか、知らない子どもたちが増えてきているらしい。

 さすがの俺も刺身の状態で海を泳いでいると思っていた、と聞いたときは驚いたものである。


 俺が服に興味を持ってのは教科書ではなく街を歩く女性である。

 ただでさえ可愛くてえちえちの彼女たちはあろうことか服という凄まじい装備を身につけている。セックスアピールのお姉ちゃんやきゃわわな女の子がさらに可愛くなるためドレスアップするのである。


 彼女たちをより最強にさせる服とは何だろう、何でできているんだろう、原料は何かな、下着は何色かな、どんな柄かな、と興味関心が尽きないのはもはや自然の摂理ではなかろうか。


 さらにたいていの女の子はおしゃれが好きである。これは経済が生んだ最高の発明——最強のWINWINであると俺は確信している。


 女の子は服を吟味し、ショッピングやおしゃれを楽しんだ上で着飾る。

 キュートorセクシーが天元突破したそれを男はタダで楽しむことができるという。

 だからこそ俺は服を編むことにした! 俺から離れられないようおしゃれという最強の手札を切ることにした。

 

 シルフィたちはより魅力的に、俺は目が幸せに、さらに娯楽の少ない異世界の経済を回すというあらゆる面において光の側面しかない!

 

 これは——胸が熱いな!


 ☆


【九尾】


「ネクがご機嫌なんて珍しいでありんす。何があったのか教えておくんなんし」


【色欲】の魔王であるわっちの元に帰ってきた幹部ネクが鼻歌混じりでありんす。


「そう〜? 私はいつも通りよ九尾ちゃん」

「釣れんこと言わんとはよう教えてくださいまし」

「たしか魔王枠が一つ空いてたわよね。一人面白そうな男がいたわ〜」

「へえ。どんな男でありんす」


 この世界には魔王は七人。ちょうどひと枠【怠惰】が空白になっているんでありんしたな。

 魔王は現魔王が候補者として推薦、選考。

 わっちの場合は遊郭を始め、人間の色と欲を支配した魔王でござりんす。


「ただ〜」

「勿体ぶらずにはよう間夫(色男)の詳細を言いなんし」

「それが人間なのよねぇ」

「人間⁉︎」


 そう言えばあっち、人間の男と姦通したことはなかったでありんすな。

 わっちは舌で唇を舐めながらネクを問い詰めるのでありんした。

 野暮かどうかこの目で確認したいでござりんす。


 ☆


【アレン】


 ぶへははは! 完璧な作戦だ! 

 やはり俺はバカの皮をかぶった天才だったか!

 ぶあっはっはー!


 また何者かに誘拐されることなど知るよしもない俺は勝利を確信し、胸の中でバカ笑いしていた。

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