第19話

 アレン改め蚕アレンです。はねるしか使えません。辛いです。

 本日のテーマは『さすがシルフィ! 略してさすフィ』です。どうぞ!


「それじゃ交換条件でどうかしら」

 と俺を連れ去ったアラクネ——ネク。

 彼女はさも当然のように巨大蜘蛛から降りる。

 

 えっ、ちょっと、あの⁉︎ まさか分離できるんですか⁉︎ しゅっ、しゅごい……!

 上半身が超絶美人とはいえ、蜘蛛はちょっと……と心の壁ATフィールドを張っていたのは否めない。

 たとえ色仕掛けで攻められても『えっちのやり方わかりませんし』と陥落寸前で耐久レースに挑むつもりだった。

 シルフィたちの安全を保障してもらうまでは堕ちてたまるか精神だ。

 何一つ主人公っぽいことができていない俺の意地である。

 

 だが、しかし。

 分離型となれば話は別だ。

 俺はモン娘だからといって興奮できないような軟弱者ではないが、それでも人間と同じ下半身というだけで容易くATフィールドは破られる。


「そうね〜。ラアちゃんを治療してくれたら私の子宮なんてどうかしら。サービスするわよ〜」

 

 ぐあああああああああああああああああ!

 万事休すとはことのことか! 一瞬で俺の鋼の意志を破ってきやがった!

 強い! なんて強さだ⁉︎ 脳裏に、いや顔面に蘇るぱいぱいの感触。あれはいいものだ。

 認めたくないものだな。若さ故の性欲というものは。


 ぐっ、ぐうううううううううううううう!

 完堕ち三秒前。精神の猿轡さるぐつわを噛み締める。

 おのれ。卑怯な! 


「舐めるな!」

「鼻血でてるわ〜」


 おのれ。俺が必死に抵抗しているのに全身のエロが駆け巡ってやがる。血湧き肉躍る状態じゃねえか。

 

 俺は前世で一度だけ、えちえちさせてくれるお店に通おうと本気で画策したことがある。

 ただしそれは未遂に終わった。

 美月ちゃんに「お店に使うお金があるなら私に貢いで。そういうサービスもしてあげるから。じゃないと縁切るよ」


 あのときは本気で怖かった。そこに兄の威厳などない。

 妹が上。兄が下。妹が上、兄が下ァァ! という光景が広がっていたことだろう。

 いつだって辛辣な美月ちゃんではあるが、

冗談と本気では言動が異なる。もう纏う覇気からして違う。

 仁王立ちの状態で覇王色をバンバン放ってくる。俺は白目を剥き、泡を吹き、痙攣させられた。

 俺の童貞か? 欲しけりゃくれてやるぜ。探せ! この世の全てをそこに置いてきた!


 女神S「「死んでもいりません(わ)!」」

 おい⁉︎ なんか脳内で複数人声がしたぞ⁉︎ まさかあんたお友達呼んで俺の異世界人生鑑賞してんな⁉︎ 見せもんじゃねえんだよ!


 そういう経緯があり、俺は前世でも今世でも童貞なのである。いや、今世関係ねえだろ!

 

 つまり、アレンさんにとってハニートラップはきゅうしょにあたった! となる。


恥を知りなさい魅力的だ!」

「あらあら。本音と建前が逆になってるわ」


 はっ! しまった! バカ野郎理性! ここで男の意地を見せなくてどうする⁉︎

 アレンという男は美人美乳糸目お姉さんの色にちょっと当てられただけで【再生】を発動するような、そんな軽い男なのか?

 違うだろ⁉︎


 理性「HA☆NA☆SE」


 クソッ、バーサーカーソウルになってやがる。

 限界が近い。

「それでどうかしら。そっちなら【聖霊契約】を交わしてあげてもいいわ」


 ぐはっ! HPが1で耐えるハチマキを心に巻いていなかったら死んでいたところだ。まさか見た目はいい女過ぎるアラクネから絶対遵守を持ち出されるとは。

 

 俺は思い出す。えっちなお店に行こうとしていたときの美月ちゃんを。

 据わった目。真っ暗な瞳の奥。底冷えするような声音に指一つ動かせない重圧。殺される……! 冗談じゃなく本気でそう思ったあのときを鮮明に思い出す。


 お店に使うお金があるなら私に貢いで。

 ごもっともである。

 お兄ちゃんの稼ぎは雀の涙であり、美月ちゃんに費やせる金額といったらもう。少なすぎて草が生えるほどだ。

 現役JKにバイトまでさせてしまった。

 

 そこに加えてそういうサービスをやってあげる、という発言。本気じゃないことはわかっている。だが、少し想像しただけで鳥肌が抑えられない。さらに縁を切るという無慈悲な通告。あれは効いた。


 美月ちゃんのおかげで冷静さを取り戻した俺は、足りない脳みそを振り絞る。

 さーて。どうすっべ。

 俺は場当たりの政治家と違って出口戦略を示すことができる天才だ。

 

 ここで考えなければいけないことは、


 ①俺の安全

 ②シルフィたちの安全

 ③ラアを再生するか否か

 ④③の交換条件


 である。

 まず①を考えるのは最後でいい。腐っても俺は異世界転生者。女神からの転生チート【再生】がある。能動は全然だが、受け身に関しては俺TUEEEできる。それは果たしてTUEEEなのかは置いておくとして。


 ③は再生しても良いと考えている。女に甘い性格であることは認める。けれど決断には後悔が付いてまとうものだ。

 だから再生はそのときの感情を重視して決定する。ラアの言動が演技であることも十分考えられるが、どことなく悪いやつではなさそうだ。楽観すぎるか。


 となるとやはり、シルフィたちの安全をどういう形で保障するか。ここが鍵になる。

 落としどころを見つける必要がある。

 

 必死に頭を回転させている俺にネクはいたずらっぽく顎をさすったり、耳に息をかけてくる。おうふ! おうふ!

 やめてくれアラクネ。元ヒョロガリクソ童貞にそれは効く。

 やがて、手玉に取ろうとすべすべの手で触れまくるネクは俺ですら気づいていないことを感じ取ったらしい。


 

 顔面偏差値40ですみません。

 できればブサメン弄りはやめて欲しいです。それは俺に効く。


「この感じ——ああ、そういうこと。罠に嵌められていたのは私の方だったのね」


 俺の頬を熱心に触れていると、突然巨大蜘蛛に乗ったネクは跳躍!

 今回は置いてけぼりである。僕も連れて行って谷間の感触を楽しましてよ!

 おそらくだが俺に構う余裕がなかったものだと思われる。ネクは脚が破損したラアを蜘蛛の糸で庇いながら距離を取っていた。

 美人姉妹の美しき姉妹愛がそこにあった。

 

「【結界・四方聖樹】!!!!」

 

 聞き慣れた——けれどもいつもと声音が全く異なる——意志の強さを感じる張り上げた声。

 刹那。

 大樹が四隅の角に生えて結界らしきものに囲まれる。


 スタッと空中から降りてきたのはシルフィ、アウラ、ノエル。

 かっ、カッコ良い……! 俺もそれしたい! 

 もはやお馴染みの光景だから慣れてはきたけど、これ、本当は俺の役目なんだよね。

 そんな俺の不満などいざ知らず。

 シルフィは蚕アレンの繭を風で解いてくれる。

 拘束されて手も足も出なかった主人公が一瞬で解放だよ? なるほど。これが受け身TUEEEの真髄。嫌すぎるぜ!

 拘束がなくなったことで立ち上がることができるようになった俺は結界の四方、つまり角を確認すると、各六人、エルフが合掌している。計二十四人。全員集合である。


 確信はないけど、たぶんシルフィがエルフ奴隷に【無限樹系図むげんじゅけいず】を描出びょうしゅつしたものだと思われる。

 彼女の自重のなさに歯止めが利かない。


「時間を稼いでくれて助かったわ。それと信じてくれてありがとう。嬉しいわ」

 

 なんかシルフィが言ってる。よくわからない。

「可愛い顔しているのにやってくれるじゃない。そう。彼女たちが駆けつけるまでの時間稼ぎだったのね〜。連れ去られておきながら、ずいぶん余裕だと思ってはいたのだけれど、一本取られたわ〜」

 

 ネクもなんか言ってる。

 時間稼ぎ? はてなんのことやら。

 一流同士のやり取りに着いていけず、すっかり蚊帳の外に放り出された俺は、とりあえず全部わかってましたよ感を出すことにした。


 だって、そういう場面だよね⁉︎

 色じかけホイホイにまんまと乗せられそうだったことなんて明かせるわけもないし。

 空気さえ読めれば有能なご主人様を演じられるチャンス!


「やれやれ。ヒヤヒヤしたけどほとんど計算通りだよ」

『「!」』

 この場にいる全員——シルフィ、アウラ、ノエル、ネク、ラアの肩が上下する。

 えっ、俺また何かやっちゃいました? 本来この言葉が持つ意味とは違う感じっぽくなってるけど。


「敵ながらいい胆力してるわ〜。評価を二つほど上方修正しないといけないかしら」

 なんか美人美乳お姉さんの株が上がっていた。やった! 嬉しい!


「さすがね」

「さすが」

「惚れ直しましたわ」


 なんか知らんけど無条件全肯定タイム入りました! 確変です! 確変です!

 なんで? なんで急に俺の評価爆上がりしとん? 俺がやったことって蚕アレンに進化してえちえちなお誘いに逡巡してただけやで? そんなんでいいん? そんなんでご主人様流石です! ってなんの?

 どゆこと? 訳わからへん。


 ていうか、シルフィどうしてここがわかったの⁉︎ というか、キミたちよく救出しに来てくれたね⁉︎

 連れ去られた方が絶対都合が良いはずなのに……! こんなダメ男でもご主人様ということか。私が傍にいないと彼もっとダメになっちゃうから、という母性ですか?

 

 アレンさんはそれでも構いませんよ。むしろウェルカムです。みんなと食っちゃ寝ヒモリバーシできるなら、それでいいんです!


 なんだろう。この感じ。見捨てられたと思っていたのにそうじゃなかったというだけで何だってできる気がする。

 なんか気が大きくなってるアレン。だから言っちゃう。カッコ付けちゃう。

 だって俺も主人公したいもん。受け身TUEEEじゃなくて能動TUEEEやりたいもん。

 

 これを虎の威を借る狐と言います。


「さて、と。形成逆転。これでようやく交渉できるねネク、ラア」


 えっ? 何を言うつもりだって?

 用意している言葉なんて俺にあるとお思いですか? ありませんよ。

 だってこちとらその場の空気に流されて口を開いているだけですし。おすし。

 

 そもそも形成逆転なんて言葉が勝手に出ちゃったけど、救出と同時に発動してくれた【結界・四方聖樹】の持続時間、効果、弱点とかも全然わからないし。

 これ、大きく出ても大丈夫なやつだよね?

 いまさら全部雰囲気でしたなんて言えないからね?

 

 とはいえ、多勢に無勢。結界の名前だって【四方聖樹】。聞いたらわかる強いやつやん。


「交渉? そうね〜、私でできることなら呑んであげるわ。その代わりラアちゃんには絶対手を出さない契約にしてもらえるかしら」

「おっ、おいネク……!」

 妹を庇う姉とそれに複雑そうな妹。

 会話の流れからするに多分、こっちが有利ってことでいいのかな?


「どうするのアレン? 判断は貴方に任せるわよ」

「任せる」

「なんなりとご命令を」


 いや、そこは知恵を貸してよ⁉︎ というか、情報ちょうだいよ! 現在どういう状況。圧倒的有利なの? 戦闘するつもりなの? どうしてここがわかったの? 【四方聖樹】って?

 

 ええい、ままよ! 元はと言えば俺が賢者風を吹かせたのが原因なんだし。

 諸君。口は災いの元だ。これを決して忘れるな!


「ラアの怪我は治すよ。だからシルフィたちが二人を害さない限り、手を出さないと【聖霊契約】を結んで欲しい。もちろん、正当防衛は認めるよ。その辺りは一緒に詰めよう」


「……この状況でそれは私たちにとって有利すぎるわ。元々私はラアちゃんの怪我さえ治せれば彼女たちに危害を加えるつもりはなかったんだから〜。それともやっぱりエッチなことを要求するつもり?」


 シルフィ、アウラ、ノエルの目ギョロ!

 視線ズバババ!

 見なくてもわかる! これは白い目だ。


 どっ、どうしよう⁉︎ なんも考えずに思いついたことを口にしているから、この濡れ衣を晴らす方法がわからない。というか、あながち濡れ衣でもないし。だってエッチなこと考えてたもんね俺。


 いっそ、筆おろしは必須に決まっているだろ! と開き直るか。

 いやいやいやいや⁉︎ いくらクズなご主人様でも救出しに来てくれた彼女たちの前でそれはダメでしょう。

 となると他に——俺がこの交渉を持ち出した理由が必要だ。えちえち以外でアラクネ姉妹に求めるもの。えーと、えーと、おっぱい、じゃなくて、乳、でもなくて、胸、でもなくて谷間でもなくて——って、それしか頭に無さすぎィ!


 テンパる俺。とりあえずニコッと笑みを浮かべておく。なーんも思いつかん。しかしそれを態度に出すわけにはいかない。それしたらゲームオーバー。


 なにか……、なにかないのか⁉︎

 えちえち方面以外で美人アラクネ姉妹に【再生】の対価を要求できるものが!

 チラッと、ネクの綺麗な指から糸が出ているのが視界に入る。


 豆電球が灯る。これだ!!!!


「それじゃ二人の糸を定期的に譲ってくれないかな?」

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