第15話
【美月】
聖剣を一振り。
たったその動作だけで何百匹と進行して来ていた魔物が吹き飛んで行く。
魔物討伐は嫌いじゃない。暴れ回っても咎められることはないから。
私はいつもここで前世のストレスを解消している。
戦闘中にもかかわらず私は瞼を閉じる。危険? 大丈夫。目を閉じていても視えているから。
——お兄ちゃんが死んだ。
大好きな——心から安らぐことができる人が突如なんの前触れもなくこの世からいなくなった。
「……嘘つき」
思い出す。両親が交通事故で亡くなったときのことを。
現実を受け入れられずに泣きじゃくる私とは対照的にお兄ちゃんの行動は早かった。
神童とまで言われていたはずのお兄ちゃんはいつの間にかバカみたいになっていた。ううん。バカを装っていた。
本当はやりたいことや思い描いていた進路があったはず。
なのにお兄ちゃんは「これで勉強しなくて済むわ」と言って学校を退学してすぐに働き始めた。
遺されたのがお兄ちゃん一人ならきっとなんとかなった。進みたい道を目指しながら働くことだってできたはず。
けどお兄ちゃんは私を養うことを第一に考え、そして行動に移してくれた。
嬉しかったし、感謝もした。申し訳ない気持ちもあったし——心のどこかで安堵した。
私はまだ子どもでいられるんだって。学生でいられるんだって。
それがお兄ちゃんの時間や人生の上で成り立つものであることを理解しておきながら。
最低だ。自己嫌悪した。大好きな兄が自分のやりたいことを犠牲にしてまで妹のことを考えてくれているのに、私は自分のことばかり。だから手首を切った。死ねば全て解決すると思った。どれも自殺未遂に終わっちゃったけど。
どうしたらいいのかわからないまま病み始めた妹。普通なら見捨てるよね。両親が他界して自分だけの生活でも精一杯なのに。
なのにお兄ちゃんは——。
「大丈夫。大丈夫だからね美月ちゃん。お兄ちゃんがずっと一緒にいてあげる。怖くない怖くない」
「——嘘つきっ!」
聖剣を乱雑に振るう。放たれる凄まじい斬撃。バターのように容易く両断するそれに魔物が恐怖する。これが私が【破壊の勇者】と呼ばれる所以。
すっと一緒にいてあげるって言ったのに……!
私は前世を思い出す。
罪悪感を紛らわせるため勉強し始めた。私の人生がお兄ちゃんの時間の上に成り立つものであることを紛らわせるように。
中学に進学して間も無く検定を取った私は「お兄ちゃんざこ〜い♡」と合格証を顔に突きつける。
思春期。お兄ちゃんは罵倒や毒舌に興奮する癖があるかもしれないと知った。
兄の性癖を知って最初は「うげっ……おにいちゃん」と思ったけど、これがなかなか兄妹のコミュニケーションを楽しいものにしてくれた気がする。
「汚い顔してるでしょ? ウソみたいでしょ? 生きてるんだよ。それで」
怒るかな? なんて思ったら、「こんにゃろー」だって。なにそれウケるんですけど。
「ちょっとお兄ちゃんセクハ……あはは!」とこちょこちょこ攻撃。
妹との全身を弄ってくるとかセクハラだからね!
けど楽しかった。本当に楽しかった。
あの頃に戻りたいなー。
「わたしのグリーンピースとお兄ちゃんのから揚げ交換してあげる♪」
「困ります! 困ります! お客様! 困ります! あーっ! 困ります! お客様!」
なにそれバカみたい。
「育ち盛りだから……ね?」「揉んで……いいよ?」
お兄ちゃんは絶対に私に手を出さなかった。兄妹なんだから当然と言えば当然なんだけど。
それがまた嬉しかった。家族として、肉親として大事にされていると痛感したから。
私が依存していることや、心苦しさからすぐに価値が認められる若い躰でお兄ちゃんの時間を交換したいって気持ちをお見通しだったんだと思う。
「お願いだから、から揚げ返してください」って……ぶう。これでも私Fカップあるんだよ?
弾力と柔らかさには自信しかないのに。
そりゃブラコンの私でも一線を超えるのはどうかと思うけど、おっぱいの感触を楽しむぐらいいいじゃん。ストレス解消効果も期待できるよ?
言っとくけどお兄ちゃんがおっぱい星人だってこと知ってるんだからね。
「お兄ちゃんの脳みそってカニ味噌だよね」
「お兄ちゃんって将来、すぐキレる老人になりそうだよね。でも私が介護してあげる。真冬の商店街に放置してあげるから安心してね」
次々に思い出すお兄ちゃんとの日常。
本当は生きなくちゃいけなかったんだと思う。自分の両足で立って、お兄ちゃんのように前を向いて現実を受け入れて進まなくちゃいけなかったことはわかってる。わかってるけど!
でも私は弱い人間だから。
私から大事な人を次々に奪っていく世界と神さまに失望しちゃったから。
だから私は自分で自分の人生を終わらせた。
そしたら女神なんて憎たらしい存在と邂逅しちゃって。
この世界にお兄ちゃんが転生しているかもしれない可能性を知った。
会いたい! お兄ちゃんに会いたい!
それで今度は私がお兄ちゃんを養ってあげるの! 恩をたくさんたくさん返してあげるの!
ちーとだっけ? なんか私、他の人にはないすごいチカラがあって地位も金も権力も欲しいものが全て手に入るらしいんだよね。
ずっと償いたいって思ってた。
ごめんねって謝りたかった。ありがとうってお礼を言いたかった。大好きだってちゃんと言葉にして伝えたかった。
「ふふっ。今度は妹のヒモにしてあげるからねお兄ちゃん♪」
☆
【アレン】
「ぶえっくしゅん」
「あら風邪ですのアレン様」
「無理しなくていいのよ?」
「体調が悪いなら休むべき」
小麦粉が鼻腔を刺激した俺は盛大にくしゃみをしてしまう。
いやいや俺は【再生】持ちですよみなさん。これしきのことで休むわけないじゃないですか。
ご主人様から農業チートと産業チート、活躍の場を奪っておいて「お前病弱なんだから休んどけよ雑魚」だって?
いやまあ、普通に心配してくれただけってことはわかってるんだけど。
だが、今回ばかりは絶対に引くつもりはない。なぜならこれから始めるのは唯一俺に残された料理チートだからである。
よもやそれすらも瞬く間に奪われることなど知るよしもない俺は嬉々として話す。
「大丈夫。それじゃ始めようか。今夜私がいただくのはパンとポテトチップスだ」
「「「?」」」
「アレン。今はお昼よ」
すみません。言いたかっただけなんです。そんな昼と夜の区別もつかないの? バカね。みたいな顔を向けないで。
「それじゃみんなお願いした手順でお願いね」
「わかったわ」「承知しましたわ」「了解」
というわけでクッキングスタート。
ぶははは! 娯楽品でえちえち展開を逃した俺ではあるが、今度は抜かりない。
胃袋をがっしり掴み、俺から離れたくても離れられない躰にしてやるぞシルフィ!
美味しい食事にありつきたかったらまずは俺のウインナーを頬張ってからにしてもらおうか。仁王立ちでそう告げてやるのだ。
覚悟しておくがいい! どぅふ!
「シルフィ、アレン様が変なお顔をされておりますわよ」
「気にしなくていいわ」「いつものこと」
気にするわ! 流れるようにディスりおって。これでも前世では美月ちゃんから「お兄ちゃんの顔面偏差値は——うーんと……43!」と言われたことがあるんだぞ⁉︎
いや、それ平均値以下ァ!
シルフィには悪いけど、水に浸した煮た煮豆や火でいたいり豆、ただの芋とかもう飽きちゃったんだよね。
いや、てめえ施しを受けている立場で贅沢言ってんじゃねえよ、ってツッコまれそうだから口にしないけど。
でも、ここからはずっちょ俺のターン!!
風の操作が抜群のエルフは料理でもその真価を発揮。
まず大豆を風圧で圧搾。油を搾り出してもらう。
異世界ではお約束、油は高価であり庶民なかなか手が出せるようなものじゃない。
いきなり油を入手してみせたことで、「「「すごい」」」と称賛&尊敬の眼差しを一身に受ける。そうそうこれよこれ。これが異世界転生の醍醐味でしょ。
搾りかすは飼料に使用するため捨てずに置いておく。
続いて芋。
鋭利な風で皮を剥きスライス。水魔法で洗いまたしても風で水気を切る。
いや、あの魔法便利過ぎィ!
それとシルフィとアウラ、ノエルくん。キミたち当たり前のように繊細かつ緻密に発動してるけど、それ俺はできへんからな!
カッコ悪いから絶対に言わへんけど。
「アレン様は下処理はされなくてよろしいんですの」
次煽ったらそのパイパイは下処理されると思えアウラ。
「アレンは魔法を発動できないのよアウラ」
「知らなかったとは驚き」
「ふえっ⁉︎」
言い方ァ!
アウラがぽよんと胸を揺らす。驚いたぽよ〜とか言いだしそうだ——おっぱいが。
俺は先日のことがあるので急いで視線を剥がす。おのれ、なんつう凶悪な果実をしてやがる。搾り取るお手伝いをしたいぐらいだ。
「しっ、失礼しましたわ……」
「気にしないでいいよアウラ(てめえ、マジ無自覚煽り運転やめろよ。言っとくけど心の中で泣いてるんだからな! 血の涙とか出てること忘れんなよな!)」
器の大きい男を見せつけるためグッと我慢する俺。
俺キレさせたら大したもんや。割とマジで限界値近いんで頼むでホンマに。次言ったらパンパンやからな!
さて、ここまで料理らしいことを一切していない俺はノエルに視線を向ける。
彼女はやはり無機質な瞳で俺を見つめてくる。その奥には「こいつマジで無能だな」とか潜んでいるのだろうか。そうだとしたら嫌すぎる。
【金】の適性を持つドワーフは鉱物や金属採掘に優れており【土】の相性もよい。
掘削、抽出、分離はお手の元とのこと。
あれ? それじゃ俺が土を掘り返す必要ないんじゃ? と一瞬よぎった思考を相対性理論の速さで消し去る。
それを考えてはいけない。俺に残された唯一のアイデンティティが消えてしまう。
せめて畑だけは絶対掘り返したマンとは俺のことだ。
さらに彼女がすごいのは【火】にも適性があるということ。
最も得意とする【金】は金属操作。ドワーフがモノ作りの天才である所以。
金属加工——融解、加熱ができなければ話にならず火の扱いは職人レベル。
そんな彼女に油で揚げるための高温を火魔法でお願いするという……俺、マジで何もしてねえな! 村長無能過ぎィ!
意識を失ってしまいそうな無能っぷりをぎりぎりのところで耐え、先ほど絞った大豆油を百七十度まで高温にしてサッと短時間で上げていく。
調理器具はあらかじめ俺が指示通り金属操作に長けているノエルが用意してくれた。
あれ? これもしかして俺がデカい顔したらマジで痛いやつじゃね?
塩は高級品ではあるものの、シルフィが
具体的には0が1つか2つ付いたお値段である。どけんかせんとあかん。これは課題。
とりあえずこれで大豆油を使用したポテトチップスが完成する。
まずはレディーファースト。気遣いができる男を装ってみたのだが、彼女たちにとって見慣れぬ食べ物はやはり口にするのは躊躇われるであろうことを失念していた。
毒味ですか……? 最低です。と言わんばかりの視線が俺に突き刺さる。なぜ俺のやることなすこと裏目に出るんだ!
ここまで来たらむしろ引き下がれない。俺は自分が口にするより先にみんなに食すように促す。
——パリッと。
「「「!」」」
三人の反応は劇的だった。
「なっ、なななんですのこれは⁉︎ 芋を薄く切って油で揚げただけですのに……すごく病みつきになりますわ」
様式美ありがとうアウラ。
「たしかにこれはすごいわ。語彙力がなくなってしまうほどには驚きよ。これは——売れるわね」
シルフィ。瞳がドール(通貨記号)になってんぞ。いや、俺もこれで奴隷五十人を
チミ、俺のアイデア(先人の知恵だけど)をネコババすることに段々抵抗なくなっているよ。無償で譲ってあげるからにゃんにゃんさせてよ!
「美味しい」
ノエル。君はできればもう少し感情を出して欲しい。まあ、ブラックホールのように小さな口に消えていく様子を見るに本音ではあろうのだろう。
さて。次は本命。大本命のパンである。料理チートと言いながら先ほどから何一つやっていない俺ではあるが、今度こそ【再生】を活用し、活躍してやろうではないか。
小麦やパンと聞くと、シルフィのパイ包みを味わいたい、アウラのムチムチ太ももをこねくり回したいなどと馬鹿げたことを考える男もいるだろうが、あいにく今日の俺は本気。
ジャぱん‼︎
焼きたてジャパンを創ってやるぜ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます