第16話

 妹の美月ちゃんが兄の後を追っていること、異世界転生していること、俺がなりたかった勇者になっていること、【破壊】の勇者なんてカッコいい称号を任命していること、一方の俺は【怠惰】の魔王にまっしぐらであることなど知るよしもなく、やることなすこと奴隷たちに活躍の場を奪われるばかり。


 これでやがて命を狙われるようになるんだから、やってられまへんでホンマに。

 どうもアレンです。

 本日は『前回のあらすじ』『【再生】の新たな能力発動』『事件勃発』の三本でお送りします。


 それでは『前回のあらすじ』からどうぞ!

 

 シルフィの美乳パイ包み&アウラのムチムチ太ももを生地のようにこねくり回したい俺はその欲望を昇華するためジャぱんを作ることを決意。

 異世界ものではお約束だが、案の定、食事はゲロまずなのだ。

 この世界の主食はパン。だが、これがもう耐えられない。冗談は俺が未だに童貞であることだけで十分だ。いや、美人(美少女)奴隷が何十人といながら、えちえち展開が皆無とかマジでなんの冗談や! 


 料理チートがひと段落ついたら今度は石鹸&風呂の生活チート編や! 

 きゃー、アレンさんのエッチ! が無いなら、そうなるよう環境から整えていけばいいだけのこと。

 さらにここに『裸のお付き合い』というジャパニーズ文化を取り入れる。

 俺主人。チミたち奴隷。奴隷、主人の背中流す。当然。生乳、背中に押し付ける。

 なぜかタオルが取れてしまうのはお約束。必然といっていいだろう。生まれたままの姿が目と脳に焼き付けやるぜ。


 そうと決まれば話は早い。意識を桃源郷から目の前の生地に戻す。

 この世界のパンは発酵せずに焼いている。だから膨らまずに固く、色にムラが出る。

 爺が口にしたら「ぐああああ!」と効果抜群だろう。いや、下手をしたら一撃必殺。

 この世界のパンは老人を最も殺していると言っても過言じゃないわけだ。

 

 そこで『【再生】の新たな能力発動』だ。

 小麦粉、ぬるま湯、塩、砂糖を入れて準備完了。

 ようやく俺が活躍できるときが来た。


「シルフィ。この世界のパンを食べたことある?」

「ええ。あの固いアレでしょう? 正直に言ってもいいかしら」

「どうぞ」

「人間ってあんな不味いものをよく主食にできるわね」


「お世辞にも美味しいとは申し上げられませんわね」

「同感」

 おお。なんとこの場にいる全員の意見が一致していた。

 あっ、危ねえ……! 

 秘策を用意してなかったらみんなが不味いと思っている飯を提供する最低のご主人様になるとこだった。


「あいつマジで土を掘り返すしか脳がなくてさ」「あー、わかる。本当にFランのご主人様だよね」「死んだ方がいい。っちゃバーサーカー」みたいに陰口を叩かれていたんだろうか。

 ……答えは得た。

 いや、なんのやねん!


「実は重大な工程を抜かしてるんだ。見ててくれる? 【再生】——」


 俺はあえて勿体ぶる。

 生地の上に手を置きその名を口にする。

「闇魔法【腐敗】」

「えっ?」「なっ?」「?」


 魔法を発動できないと思い込んでいたシルフィ、アウラ、ノエルは理解が追いつかないとばかりに驚きを隠せない様子。

 

 やったやった! やっとできたよ。

 とはいえ、格好が付かなさ過ぎる!

 異世界転生しておきながらパン作りでやる主人公なんて女神多しと言えど俺ぐらいやで?


「えっと、魔法は発動できないと聞いていたのだけれど」

「どっ、どういうことですの⁉︎」

「驚いた」


 さて。それでは説明タイムと行きますか。

 諸君。耳をかっぽじって聞くがいい。


「魔法は発動できないよ。それは事実。だから俺が使ったのは固有スキルの【再生】だけだよ。再生——脳内に録画しておいた元の魔法を出したんだ」


 俺の説明に御三方は言葉に詰まってしまう。失われた生体の一部を再び創る再生に加えて、録画した魔法を取りだす再生。

 攻守の頂点を極めたような固有スキル。さすがは異世界転生。女神チートである。腐っても主人公というわけだ。


 異世界転生主人公のごとく美女を侍らせまくってやろうではないか。そう思っていた時期が俺にもありました。

 以下が、当時の女神との会話である。


「ごめんなさい。転生ボーナスは超絶ハイスペックではあるのですが、貴方が最底スペックのため、使用制限がございます」

「ひょぉっ⁉︎」

転生ボーナスソフトウェアは間違いなく超一流です。それはお約束します。ですが貴方ハードウェアが腐ってやがる」

「そんな……って、ん? なんかいまナチュラルに罵倒された?」


 聞き間違い……だよね? 地球じゃ決してお目にかかれないほどの美人が「腐ってやがる」? えっ、俺の耳が腐ってんの?


「いえ、耳だけではありません。全体です。全体が腐っているんです。例えるなら社会構造そのものを激変させるだけのOSが埋め込まれておきながら、それを扱うマシンの容量が8MBメガバイトしかない、という具合です。なんだこれ。マジで終わってやがる」


 さっきからディスりまくりィ!

「えっとつまり俺は——」

「——大ハズレです!」

 言い方ァ! お前、マジでぶっ飛ばすぞ。


「落ち着いてください。スーパーマ◯オ648MB

「あいわかった。お前は潰す」

「それでは異世界へどうぞ! 転生門!」

「説明! 説明をしろ! いや、してください! いやあああ! 身体が浮き始めた! なんか神々しい天井に吸い上げられていくんですけど⁉︎」


「【再生】は多義語です。貴方にはその意味——チカラを全て授けました。ですが、前述のとおり、容量が圧倒的に不足しており、多くの条件、制約、制限が課せられています」


「早くの説明の続きを——異世界に転送されちゃう!!」


「たとえば一度見聞きした魔法は脳内に録画され、いつでも、どこでも、何度でも、好きなだけ再生できたはずなのですが、スーパ◯リオ64は初回限り。再生可能時間は三十秒。あれ? 記録回路もゴミですね。保存しておける魔法は最大一つだけ。しかも使い切りタイプ……ええええっ⁉︎ 肉体も腐ってやがりますよこれ! おかげで再生できる魔法も肉体を維持できるものに限られてます。なんじゃこりゃぁぁぁぁ!」


 ええい。ツッコんでたらキリがねえ。

 ようするに、俺が脳内に録画できる魔法は一つだけ。

 しかも何度でも再生できたはずの魔法を呼び出したらまた記録しなければいけない、と。加えて同じ魔法は不可というバグ付き。

 お願いですからアップデート頼んます。

 さらに俺の容量が8MBしかないため、賢者や魔道士が扱うような高等魔法は発動できないわけですか。

 

 マジで腐ってやがる!

「えーと、えーと。他にも様々な制約がありますけど……あーもう、時間がありません。とりあえず行ってらっしゃいませ!」

「お前マジで覚えとけよ。ちょっと、いやめちゃくちゃ綺麗だからって何やっても許されると思——うわああああ!」


 以上が女神との説明パートだ。

 説明不足が多過ぎたため(というか、なんであんな中途半端なタイミングで転生門を開きやがった⁉︎)転生後もちょくちょく夢の中に現れて、現在に至るわけだ。

 

 つまり俺は今日このときまで大事な切り札でもある再生(脳内から呼び出す方)を【腐敗】という比較的容易に発動できる魔法を温存していたことになる。

 しかも以降発動できないという。

 夢のお問合せサポートセンターでアップデートを要求したところ、「15GBの新OSを用意しました! ダウンロードしてください!」とのこと。

 いや、8MB! 俺8MBしかないの! どうやってそのソフトウェアを導入すればええんや!


 女神「一度死んで生まれ変わったらどうです? どぅふw」

 俺「ジッちゃんの名にかけてお前をピー!——!」


 というわけで俺が俺TUEEEをできそうで出来ないやるにしてもそれなりの覚悟が必要だとわかってもらえたと思う。

 

 以上。回想終わり。なんだこれマジで腐ってやがる。


 意識が現実に帰還すると、唖然としてシルフィが質問を口にする。

「その……アレンが魔法を発動、いえ、記録したものを取り出せるのはわかったわ。けれど、どうしてここで闇魔法【腐敗】なのかしら。せっかくの小麦粉が——」


 腐敗とは書いた字のごとく、腐る——有機物の分解だ。

 自然を愛するシルフィからすれば自ら食材を無駄にしたように見えて複雑な心境だろう。

 俺はようやく現代知識チートできることに喜びを噛み締めつつ、説明を再開する。


「パン作りには発酵が欠かせないんだ」

「「「発酵?」」」

 仲良く頭上にクエスチョンマークを浮かべる御三方。首を傾げる仕草があざと過ぎる!

 これを見れただけでも温存していた【腐敗】を使い切ってしまったというものである。


 発酵と腐敗。

 結論から言えば二つは同じ意味だ。

 ただし、前者が人間にとって善い働きをすること、後者が悪い働きするといった使い分けをされている。


 発酵により味、栄養価、保存期間の向上、腸内環境の改善といった健康にも効く素晴らしい作用であることを補足する。


「さすがね。私の目に狂いはなかったわ」

「豊富な知識。尊敬いたしますの」

「凄い」


 うっひょー! これこれこれ!

 異世界転生するときの女神のクソっぷりに一時はどうなることかと思ってたけど、欲しいやつ来たコレ!

 悪魔的だ〜!!


 ドーパミンドパドパ状態である。気持ち良い。なるほど異世界転生者がやりたがるわけだ。たしかにこれは気持ち良い。悪魔的な快楽だ。


 と俺が気持ち良くなれたのはここまで。

「「「闇魔法【腐敗】」」」

 んんんんんんんんんんん?


 ……はあああああああああああああ?? 


 なんと俺が決死の思いで温めていた闇魔法【腐敗】をさも当然のように発動する御三方。

 いやいやいや! いやいやいや!

 キミたち【木】【風】【金】が専門分野でしょうが。それ以外にも得意な系統属性持ちなのに【闇】まで発動できるんかいな。

 

 こいつら本当に自重しねえな! こっちは自重に自重を重ねているってのに。なんで自重したくないマンの方がどんどん影が薄くなってきとんのよ。

 だからどうなってんの俺の異世界転生⁉︎

 女神「だから言ったじゃないですか。終わってるって。私の気持ちようやく理解してくれましたか?」


 おい、まだ俺は現実の中だぞ。わざわざ煽るために脳内に話しかけてくんな。

 今夜楽しみにしてろよ。寝かせないからな。

 女神「ふふっ。楽しみにしていますね」

 クソッ! こういうとき美人って本当に卑怯だよな⁉︎ 微笑み一つで許してあげたくなっちまうんだから。

 女に甘過ぎる。

 

 女神「そういうところ結構好きですよ」

 こらやめなさい。こいつもしかして俺のこと好きなんじゃね? って勘違いしちゃうでしょ。元ヒョロガリ童貞がそれやったら痛いだけ!


 不満が募る俺ではあるが、アレンクッキングを再開する。

【腐敗】による生地に酵母を加えたそれをよくこねる。

 温かい手かつ場所に置いておくといいよ、と助言したところ、なんと彼女たちは器用に体温調節してみせた。それ太陽の手じゃないの?

 アレンの手は冷たいのね、なんてナチュラル煽り——げふんげふん。ラッキーお手手お触りタイムがなかったらブチギレていたところだ。


「本当ですわね」「冷たい」

 なんて言って俺の手に触れてくるアウラとノエル。それ以上ボディタッチはやめて欲しい。下半身が太陽になってしまう。


 あとは適当な長さに切り分け、形を整え再度【腐食】による発酵。

 ただし、過発酵に細心の注意してもらう。

 あとは火魔法で焼くだけだ。


「ふわぁ〜⁉︎ なっ、なんですのこれは! 美味しい! 美味しいですわ! 外は熱々、さくさく、中はふんわりモチモチ。最高でしてよ!」

「美味しい。とても美味しい」

「これは誇張抜きに価値観が変わるわよ」


 様式美ではあるものの、美味しい食べものに女の子たちが笑顔になるのはとても素晴らしいことだと思う。

 なるほど。美月ちゃんを除いて他人を幸せにしたいなんて思ったことがなかったが、これはなかなかに幸せなことだ。

 多分、俺自身がすでに満たされているからこそこういう気持ちになれるんだろう。

 やれやれ。内面まで優良物件ですか。エッチさせてください。


 焼き上がったパンの良い匂いに釣られてエルフとドワーフが次々に集まってくる。

 俺は器の大きい男を演出するため製造方法の伝授、並びに好きなだけ食べていいよ宣言をする。

 彼女たちは奴隷商人の元、劣悪な環境で過ごしていたため、まとまな食事にありつけてなったとのこと。


 あまりに美味し過ぎたのか。無意識に風魔法を発動して浮遊し始める始末。

 ちょっ、違っ……!

 美味しいときのリアクションはそっちじゃなくて、食戟時の服が破ける方でお願いできる⁉︎


 みんなの幸せモグモグタイムに満たされる俺ではあるが、諸君。一つ忘れていないだろうか。そう。最後の『事件勃発』である。


 料理チート後の深夜。

 俺は——————、



























 ついにエッチ——などありつけるわけもなく。

 

 なんやて⁉︎

 

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