第6話

 この世界には二種類の人間しかいない。

 勝ち組か負け組か。

 仕組みを作る方か従う方か。


 ——搾取する側かされる側か。


 瞼を閉じる。

 異世界に転生し、やりがい、金、性を搾取しようと誓った前世の記憶を思い出す。


 そうだ。忘れもしない。あれは俺の二十歳の誕生日だった。

 悲劇は起きた。















「わたしのグリーンピースとお兄ちゃんのから揚げ交換してあげる♪」

 

 美月ちゃん、美月ちゃん! 貴女って娘は!

 俺の大好物はいつの間にか緑の粒になっていた。

 わああああやめろやめろやめろ俺から取り立てるな! 何も与えなかったくせに取り立てるのか! 許さねえ‼︎ 許さねえ‼︎


 怒りに狂った俺に美月ちゃんは言う。


「育ち盛りだから……ね?」


 たしかに妹は女子高生とは思えない凶悪な果実を実らせていた。だが、兄である俺からすれば脳内に栄養を運んで欲しい次第だ。


「揉んで……いいよ?」


 お願いだから、から揚げ返してください。

 こうして現在の俺になったとさ。

 

 どうも。アレンです。

 熱い要望に応えて俺の背景バッググランドを公開してみました。おい誰だ草生えるとか思ったやつ。捻り潰すぞ。


 さて、今回は間話をお届けしたいと思います。

 具体的にはシルフィとノエルの才覚が覚醒し、俺が平日の昼間からゴロゴロしていたときのこと。

 陰の黒幕、シルフィが商業ギルドに加入したいと言い出す前の一コマだ。


 詳細は割愛させてもらうんだけど、俺は後になって叙述トリックwに気がついた。何気ない日常に伏線が隠されていたんだ。

 だからみんなもこの平和な一日に潜む不穏因子とこれから発生するであろう事件について想像を働かしてみて欲しい。


 真相にたどり着いたとき、メガネを反射させながら『真実は一つ』と叫びたくなると思う。

 それではどうぞ。


「ノエル。ちょっといい? 忙しかったら大——」

 丈夫だけど、と言い切る前に

「構わない」

 と食い気味で接近してくる。


 彼女はエルダー・ドワーフという希少種で早い話、モノづくりの大天才。

 肥料は窒素・カリ・リン酸の三大栄養素を補うもの、という原理を瞬く間に理解し、驚異的な物覚えで己の血肉にしていく。

 荒廃した修道院近くに生えている木を材料に鍬を錬成し、無機質な瞳で「これを使って耕して欲しい」とお願いされたときのことを俺は一生忘れることはないだろう。

 よもや奴隷に美味しいところを奪われたあげく、雑用を丸投げされるという。


 クソッ! 俺ってやつは美月ちゃんに搾取されてきた日から何も成長してねえな。凹むぜ。

 だが転んでもタダで起き上がらない。粘り腰のアレンとは俺のことよ。

 

 出番こそ奪われた俺だが、役得なこともあった。

 

 ここでいう距離とは物理的なもの。


 普段の彼女は俺のことを案山子かかしか何かと勘違いしているほど無関心だが、俺の脳内——すなわち現代知識のことになると両目をキランと輝かせ、息も荒くなる。

 

 のめり込んだら周りが見えなくなる典型的な研究者だ。

 おかげでノエルの方から柔こい柔こい腕を押し当てられるという役得! 

 これは合法的セクハラである。なにせ迫ってきているのは彼女。俺からは触れてない。これで「触れちゃった。気持ち悪ーい」などと言われた日には立ち直れる自信がない。


 チラッと視線を落とす。

 まつ毛長! くるるんって。くるるんってしてる! きゃわわわ!


「……これはなに?」


 俺の視線など、意に介さないノエルは設計図に釘つけだ。

 よしよし。やはり彼女はモノ作りのことになると盲目だ。

 俺は早くも


「左からリバーシ、チェス、将棋、囲碁、ジェンガって言って——かくかくしかじか、なんだ」


 いやあ、異世界ファンタジーといえば娯楽は避けて通れないっしょ。

 事実、中世ではお酒とエッチぐらいしか楽しみがなかったらしいよ。

 飲酒かえちえちがあるなら時間も潰せるけど、なんの冗談か、全然そっち方面に縁がないんだよね。間違っているのは俺じゃない。世界の方だ!


「面白そう。作らせて欲しい」

「それじゃお願いできる?」

「了解した」

 

 どうやらノエルは本当に俺の脳内にしか興味がないらしい。驚くほど機敏な動きで俺から離れていってしまう。

 余韻! キミは余韻ってもんを知らんのか! もうちょっと二の腕の感触を楽しませて欲しい。


 ☆

 

 ノエルは半時間もしないうちに娯楽品を完成させていた。

 俺が提案した娯楽は盤と駒があれば比較的簡単に製造できるわけだが、それでも早すぎる。

 モノ作りで俺に日の光が当たることはもう二度とないだろう。なんてこった。

 なーんて、思ったら大間違いである。


「面白そうじゃない。私も混ぜてもらえるかしら」

 ククク……カモが来やがったぜ。

 ノエルにルール説明していたところにやって来たのはお美しい奴隷、シルフィである。

 

 美の女神の生まれ変わりと言われても信じてしまいそうになる美女である。

 ダンチ過ぎて「エッチしたい」などと口が避けても言えないレベルだ。

 しかし、俺とてただのくそどうていではない。頭の中は常にえっちぃことでいっぱい。

 

 女性と付き合ったことはおろか、妹を除いてまともに会話したことがない俺に「やらないか?」と誘うのはハードルが高すぎる。

 そこで、だ。

 IQ85の天才、アレンは閃いた。

 娯楽のゲームを利用すればいい、と。


 お約束通り、異世界には娯楽がない。それすなわち俺だけがルールや戦略を把握しているということ。圧倒的有利!

 蟻一匹通さないかんっっぺきな作戦。俺は自分で自分が怖い。

 

「というわけでルールは以上。もしシルフィとノエルがよかったらだけど、勝者は敗者に何でも命令できる、なんてのはどう?」


 なんて平然と言ったが、心臓はバグバグだ。きっと俺の頭をカチ割ったら、おっぱい、お尻、太もも、脚が99.9%占めていると思う。小学生かよ!

 しかし俺は引き返さない。俺の後ろに道はない。人間は前を進むために生まれてきたのだから!


「その方が面白そうね。いいわよ」

「私も構わない」


 ぶぁーか! 智将、いや、恥将の策にまんまと乗り寄って! 万に一つでも勝てると思ったか⁉︎ 

 いくら脳と下半身が直通特急の俺とはいえど、娯楽処女の二人に敗北を喫するアレンさんではないわ!


「……えっと、アレンの駒がなくなった場合は私の勝ちでいいのよね?」


 リバーシって片方の色に塗りつぶされることあるの⁉︎ シルフィ強過ぎィ! 

 ワンアウト!


「チェックメイト」


 ご丁寧に裸の王様キング状態にしやがって! ノエル、キミには失望した!

 ツーアウト!


「「もう詰んでいる(わよ)アレン」」


 どうやら数百手先が見えているらしいシルフィとノエルは、まだ何がどうなるのか俺にはさっぱりの盤面で告げてくる。

 もはや死刑宣告である。


 スリーアウト!! バッターチェンジ!

 こうして俺を公開処刑するだけの娯楽が誕生した。はぁーあ、ただの遊びすら俺TUEEEできないとか、クソ転生じゃねえか。

 これ下手したらマジで【再生】が俺のピークなんじゃね?


 ちなみに。

 勝者が敗者に一つだけ何でもすきなことを命令できることをすっかり失念していた俺は奴隷紋を解いて、と言われるんじゃないかとビクビクしていた。

 捨てないで! 畑なら耕せます!

 

 結論から言う。

 数日後、シルフィは、

「私を商業ギルドに登録してくれないかしら」と。

 ノエルは、

「娯楽品の所有権が欲しい」


 とのことだった。

 神は俺を見捨てなかった。やったやった! 全然何の役にも立たないご主人様だけどこれからも快適な自給自足が送れるぞ! と無邪気に喜んでいた時期がありました。


 ネタバレを先に言っておく。

 知らぬ間にシルフィとノエルが大富豪になっていた。それはもう一生使いきれないであろう大金である。 


 俺が帝都で大流行している娯楽を目にするのはしばらく後のことだった。

 そこには、ご主人様のものは奴隷のもの、奴隷のものは奴隷のものという、どこぞやのガキ大将よりも酷い光景が広がっていた。

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