第7話
【シルフィ】
私を買った男——アレンは読めない人だった。おかしな言動も一度や二度じゃない。
奴隷の私に何を躊躇することがあるのか。視線も合わない。合ったとしても数秒程度で逸らされてしまう。
私に興味がない……? それはちょっと女として——美を追求するエルフにとって思うところがあるわね。
最初に違和感を覚えたのはアレンが私とノエルに【再生】を発動したとき。
治癒魔法は自己治癒能力の活性化が限界。それがこの世界の常識。
にもかかわらず彼は光を失った両目と千切れた腕を容易く再生させた。
戦慄を覚えたわ。だってこのチカラがあれば世界を掌握することなんて造作もないことだもの。
だからこそ私は警戒心を緩めなかった。それどころか何段階も引き上げたわ。
ただ、ノエルと一緒に睨みつけたときのアレンは子どものように取り乱していた。あの動揺は何だったのかしら。
アレンに買われてから予想外の日々が続く。
「これ食べなよ」
「これも美味しいよ」
「おかわりもあるからさ」
奴隷に堕ちてからというものまともな食事にありつけなかった私たちに次々と食料を分け与えてくるアレン。
たしかに主人が奴隷の衣食住を保障することにはなっている。けれどそれも罰則のない形骸化されたルール。
餌付け。そんな言葉が脳裏に過ぎる。
【再生】という畏怖を覚えるチカラに目的や理由のわからない慈悲。
けれど私は三大欲求の一つ、食欲には勝てず、施しを受けることになった。
これまで不足していた栄養を補うように頬張る私たちを見てアレンはすごく嬉しそうにしていたわ。
自分でも驚くほど敵意と警戒心はなくなりつつあった。
おそらくアレンが常時漂わせている脱力感に毒されたからだと分析している。
私は奴隷を破格で購入し、【再生】できた場合、何を企むか考えてみた。
真っ先に思いつくのは能力の搾取。
私たちは光と左腕を失い無力化されてこそいたけれど希少種だ。
魔法発動による真価は計り知れない。
けれどアレンは一切利用しようとして来ない。むしろ逆。現在でも信じられないけれど張り合おうとしてくる。
まるで女の子にカッコ良いところをアピールしようと必死な子どものように。
気がつけばアレンの資金が底をつき始めていた。
ここでも私は疑問に思わずにはいられなかった。
だって【再生】なんてスキルがあれば、大富豪になるなんて造作もないことでしょう?
なのに資金が底をつきかけているって……なんの冗談よ。いえ、もちろん私たちに人権を与えてくれる彼には感謝しかないわけだけれど。でも不思議な人という印象を抱かずにはいられない。
そもそも【再生】後は食料だって命令一つで事足りる。私はエンシェント・エルフ。自然に愛された種族よ?
【木】の適性を持つ私なら種子さえあればいくらでも穀物や根菜を作ることができるのに。
無力化していたステータスだったとはいえ【鑑定紙】を譲り受けた彼なら私たちの全貌だって知っているはず。
骨の髄まで利用し尽くしたいと思うのが人間の業だと思うのだけれど。
まさか私たちの価値に気づいていない……?
いやいや、そんな馬鹿なね。さすがにそれはないわ。
利用価値があることは三歳児でもわかるわよ。
ということはアレンはそれをわかっていてあえて沈黙を守っているということ。
ここまでくると彼は私たちに自主性を求めているのではないか、と読めてくる。
「そろそろ聞かせてくれてもいいんじゃないかしら」
「私も気になっている。貴方の目的を教えて欲しい」
藪蛇になるかもしれない。場合によっては自分で自分の首を絞めるかもしれない質問。
だけど私はノエルと相談してアレンに聞いてみることにした。聞かずにはいられない魅力(と言っていいのかしら?)が彼にはあったことは認めるわ。
あっ、またそうやって都合の悪いことには視線を逸らして!
これでも栄養を補給して身なりには気を使っているつもりよ。もちろん全盛期にはまだまだ遠いけれど、美のエルフを直視できないなんて、さすがに凹むわ。どうやら容姿を磨き上げる必要がありそうね。
「貴方の行動原理がどうしてわからないの。私たちは希少種。健全となった現在の状態ならその価値は計り知れないわ。けれどアレンはスキルを生活の足しにする程度よね。なぜかしら?」
言ってしまった……もう後戻りはできない。もしも本当に無知な無能だったら、これからは搾取されるかもしれない。
小刻みに震える手を後ろで隠しながら彼の言葉を待っていると——。
——えっ、あのちょっと⁉︎ どうして寝るのよ⁉︎ もしかして拗ねた⁉︎ えっ。どうして⁉︎ 意味がわからないのだけれど⁉︎
なんとアレンはエンシェント・エルフとエルダー・ドワーフを手に入れておきながら何一つ命令せずボロボロの修道院でふて寝し始めた。その様子はどこか怒りを覚えていた。
どこか悲しさのようなものが背中から漂っていた。
これまで共同生活を送ってきたのに、そんなこと聞くんだ、アレンもう知らない! とでも言いたげな後ろ姿。
どうやら彼を落胆させてしまったらしい。けれどそうなってくると反対にどうしても知りたくなってしまう。もしもこれが計算通りならまんまとハマってしまっているわね。
「どうして私たちに良くしてくれるの?」
「どうして私たちのチカラを利用しないの?」
いけないと思いながらもどうしても聞いてしまう。
あれ……ご機嫌斜めかしら? 怒っている? どちらかと言えば拗ねてないかしら?
予想外の反応。場違いにも『可愛い』なんて思い始めている内心に気づく。
生殺与奪の権を握る主人に対して、どこまで赦されるのか。それを確かめるように私は踏み込む。
「実はこんなこともできるのだけれど……」
「見てアレン。【高速錬成】」
気がつけば私たちは自分からチカラを披露するようになっていた。
もちろん能ある鷹は爪を隠さなければいけないことは承知しているわ。
さあ、彼の反応は——。
「すごいね!!」
満面の笑み。それは間違いない。けれど、ぎこちない、作り物じみた笑顔だった。
そして私はとうとう己がいかに浅はかだったかに気がついてしまう。
「——まずはこの世から飢饉をなくすこと、かな?」
点がつながり線になった。
彼は——アレンは私たちの想像を遥かに超える、もっと別の次元で物事を考えていた。
完全に信用したわけではないけれど。
着いて行ってみよう。アレンが見ようとしている光景を彼の近いところで眺めてみたい。
そう、私は思い始めていた。
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