序章ー3:偽善でも救われる者はいる

*武義視点です


―――...


「ごめんなさい」


気が付いたらまた玉座のある空間にいる。ただ、女神様は玉座には座っておらず、目の前で頭を下げていた。


謝られる理由がわからない。なんで俺が生きているのかもわからない。これからも生き続けなければいけないのだと思うと、胸に鉛がのしかかっている様な気分になってしまう。


気が付いたら地面にへたり込んでいて膝の上にある自分の手を見つめていた。


他人の人生の録画を見ている様な気分で父上の思い出が浮かぶ。いや、実際他人ではないのだろうが他人と感じてしまう。


「...え?」


視野が急に暗くなり、頭がふわりと包まれる感触がある。


「ごめん...本当に、ごめん。私の、神々わたしたちの事情に巻き込んでしまって」


「別に...」どうでもいい


「どうでもいいと言っては駄目...」


「もう...生きるのは」嫌だ

「だから私がその命を預かるわ。無断で捨てる事は『―――』の名において禁じます。私の願いを聞き届けるまで、自分の生きる理由を見つけるまで、その魂は私の物よ」


女神様が離れると周り幾何学模様が浮かび上がり、凄まじい霊力と別の次元が違う力が空間を支配している。


その全てが俺に集中してから体の細胞全て、体の隅々まで‛何か’が刻み込まれたのがわかった。それに伴い、以前の様な考えが纏まらない。生きる理由はなく、生きたいとは思えなくても、生きたくないと思う事が阻まれている。


見上げたらそこには女神様の思いつめた顔と、握りしめられた右手があった。


「その魂、私のものよ。ぞんざいに扱う事、捨てる事は許さないわ。...はぁ...」

女神様は深いため息をついてから気持ちを切り替える様に深く目をつぶり、パシンと自分の顔を叩いた。


「生きる理由が欲しいならいくらでも用意出来るわ。憎い相手が欲しいならあなたが憎むべき相手はいる。まだ誰かの為に生きたいと言うのならあなたにしか手を差し伸べられない人がいる。けれど!最低限私の願いを聞き届けてもらうわ、いいわね?」


今は...そうだな、そうしよう。何もないし、どうせなら任せた方が楽かもしれない。


「聞き届けます、女神様の願いを」


「...は~、この先世話焼けそうね。その前に少し事情を話すわ、じゃないと話の筋は多分分からないでしょうから。一先ず神々こちらの現状、それは例外はあってもギスギスしているわ。今あなたのいるヤマトではアマテラスとスサノオが仕切っていて他の神々を保護している状態ね、勿論私も世話になっているわ。問題はヤマトとサハラ大陸外の神々よ、あいつらは800年前の契約を結んでも未だに自分の支配権を拡大しようとしているわ」


女神様が語っているのはこの世界の情勢が微妙に当てはまる内容だった。現代科学と魔術が混ざり合ったようなこの世界では大きな戦争は百五十年ほど前の世界大戦以来起こってはいないが、女神様が述べた前世に似ている神々の争いや揉め事は国家間の情勢に繋がっている。


それに対し、自分の中で違和感を感じているのがわかる、喉奥にひっかかった小骨の様に。


「勿論、その中にはあなたが巻き込まれた二つの事件に関わっている糞神もいるわ。そして...」


その瞬間、女神様が空間を、ここにある粒子すべての支配し、注目させるような威圧を放った。畏れるべき、この世界の一つの柱である事を女神様は知らしめる。その怒りを刻み付けるかのように。


「私の姉を騙し、この世界のシステムに組み込んだ輩もその中にいる...」

彼女の瞳は遠い所を射抜いていた、射殺さんばかりに。


「あなたが聞き届ける私の願いはそういう事よ。姉を開放して」


責任重大だなぁ~


でも...女神様の話通りなら、優奈を、ヘルギとシグルンを、...お父さんとお母さんを...


そう思っていたら女神様の雰囲気が和らいだ。


「でもそれは私の願いよ、聞き届けるなら修羅の道になるし、望まないなら巻き込む気もないわ。神として傘下の者を大事にするのも当然ですしね...あなたには道を示すから、あなた自身の願いも見つけなさい、出来る限り叶えさせてあげるから」


「取引、と言う事ですね。承りました、女神様」


女神様は優しい...けれど自分の野望は捨てきれていないから、必要だから手を差し伸べているのだろう。そして、その手を取ると信じている。


そういうと女神様はくすっと微笑む。

「まあ、そういう事になるわね。今後ともよろしくね、私の可愛い共犯者君。...さて、と」


女神様はいつの間にか座っていた玉座から舞い降り、見定めるかのように体をじろじろと見つめてくる。腕を組んだり勝手に納得したり考え込んでいる様に思える。


数分したら女神様はパチンと何かが閃いたかのように手を叩いた。


「やはりこのままでは少し心配だから恩恵をもう少し授けるわ」


「...はぁ」

遠回りに弱いと言っていませんか、女神様...


「ええ、弱いわよ?人としての能力平均ぐらいかしら?でもそのままでは全然足りない、時空の権能の恩恵があったとしても、ね?」


「...もう少しオブラートに言って欲シカッタデス」


「んん~、でも言わなくても気が付いているでしょう?」


言われて実感はしている。薄々は気が付いていた、権能を授けられて体への負担により魔法の才能が悪く影響されていた事を、影響されやすい子供だったとしても異常なほどに。...先輩なら、耐えられたのだろうけど


「だ、か、ら!私があなたに恩恵授けるわ!...まあ、人間をやめると言うなら恩恵を与えやすくなるのだけれど、今はこのくらいが限界かしら」

同時に指を女神様は指を鳴らし、以前時空の権能を授かった時と同じように女神様との繋がりが深まり、体の何かが書き換えられている気分になる。


「まずは今与えた恩恵ね。母たる原初の神から派生した権能、腐毒よ。扱いには気を付けないといけないけど、間違えなければ最強の権能の一つではあるわね。でも、この力は迷宮攻略しない限り発覚しないようにしないとあなたはまた無茶しそうだからね。あと、以前の時空権能はついでに強めておいたから、今すぐには無理でしょうけどこの二つさえ扱える様になれば事はないわ。本当は魅了とかの恩恵は私が精通している一つだから与えたかったんだけど、あなたには素質がないからね」


...何となく思うが、女神様は格ゲーで大技を狙ったり、RPGでは強力な武器とか好んで使うお方としか思えない。それに以前より魔法が使えなくなった気がする。


「別にいいじゃない、私はゲームで大きい数字を見るのが好きなのよ。あと、前に警告していた思うけど、権能を扱うには処理領域が足りなかったら魔法の適正と置き換えておいたわ」


「...え?」

魔法がなくなったら困るような気がするんですけど...


「大丈夫よ、第一権能を使いこなすには膨大な神気になり得る霊力量が必要だからそこらへんはいじって置いたわ。権能以外で戦力が欲しいなら、まあ、別に魔術を使えない訳ではないし、魔力量もかなり膨れているから大丈夫じゃないかしら?...多分あの娘もこのために手を貸してくれているだろうしね」


何故だろう、女神様は少し大雑把な所がある気がしてならない。


「失礼ね、そこまで大雑把ではないわよ」


認めているし

「...善処します」


「それに困ってもあなたにこれと彼女を預けるから補えるはずよ」

そう言いながら、女神様手を振って二つの光体が目の前に現れる。


一つは右手首に絡むように納まるブレスレット、そしてもう一つはまるで胎児の様に見える光に包まれた少女だった。


「...これ、誰ですか?」


ブレスレットは何かと懐かしく感じるけど、恐らく魔術を扱えるよう工夫されたものだろう。けれど少女の方は意味がわからないし、どうすればいいのかわからなくて困る。


「...言っておくけど厄介な方はそのブレスレットだからね?今はいる状態なんだけど、まあ~それはいずれ話すわ。その少女は訳ありの魂よ」


「訳ありですか」


あと、ブレスレットの方が厄介って、権能も含めてかなり厄介なものをもらっている気がする。女神様の願いを、期待に応えるには必要なのだろうけど。


「私も考え無しにポンポン与えている訳ではないの!全く...訳ありなのは、まあその娘から直接聞いて受け止めるかどうかをあなたが決めなさい。ただ、出来ればその娘にも手を差し伸べてあげて、私よりもあなたの方がわかってあげられると思うから...」


両手の中に納まる少女はどこか哀愁を詫びた表情で深い眠りについている。眼の色はわからないが、髪は少しだけウェーブのかかった、まるで夕日が色落ちした様な白銀に見える。多分歳は16歳にもなっていないだろう。


「名前は...なんて言うんですか?」


「あなたも前世ぐらいでは聞いた事があるのじゃないかしら?この娘の名前はジャンヌよ。けれどあのオルレアンの乙女のジャンヌ・ダルクとは違う、別世界のジャンヌよ」


―――...


「ごめんなさい、私が不器用で...」


静かな空間に取り残された女神は武義が消えた場所をしばし見てからそう呟き玉座にまた佇む。沈痛な表情だった彼女は考え事にふけ、表情は次第に殺伐としたものになる。


「必ず助け出し、この星をあるべき姿へ戻すわ、お姉さま」


空気が軋みそうな空間に突然の来客が空間のゆがみから現れた。黒髪黒目で東洋系の美丈夫とも言えるこのヤマトの一柱、須佐之男命が空間に訪れた。


「人一人に権能を一つ授けるなど、あまりこの国に厄介事を持ち込まないで欲しいのだがね...今の彼が君の使徒かい?」


「失礼ね、彼は元々あなたの国に転生したのよ?厄介事と言っても私は彼の望みを叶え、その取引として私に協力してもらうだけよ。今後の事も考えればいずれあなた達にも得になるわよ?どうする?今のうちに彼に恩を売れば?」

笑いながらは発している言葉とは逆に彼女の目は細められている。


警戒心と敵意の前に須佐之男は両手を挙げる。


「私が悪かった、おふざけが過ぎたな。今のままではよくない事は私も天照も理解しているからこそ君を匿っているのだから。表向きには君はこの国ではしていない事になっているのは謝るが」


「別にいいわよ、それぐらいの事は気にしないわ。この極東で異国の私たちをわざわざ迎え入れてくれただけで感謝しているし、ようやく使徒が出来たからね」

野心に満ち溢れているとも言える瞳で女神は須佐之男に答える。


それに対して須佐之男は少しだけ心配気味に見つめる。だがそれ以上答えはないと察し、話題を変える。


「で、あの娘はどうする気なんだ?神具を何個か渡したのだから、普通に転生させる気はないのだろう?...のちに問題は起きないだろうな?」


「ああ、彼女次第だけど彼と契約して転生させるわ、一蓮托生の文字通りの意味で。あの二つの神具もそのために彼女に結びつけたのよ」


「...相変わらず君は手癖が悪いな。その二つは西欧の方からくすんできた神具ではないのか?」


「くすんだなんて人聞きの悪い。私がもっと有効活用するために取って来ただけよ、寧ろ私が感謝されるべきよ」


相変わらずな傲慢な態度に須佐之男は溜息をつく。だが、これでも数千年前に比べては穏やかになったものだ。


「...まあ、こちらでも出来る限りの事はするさ。一応あの二人は気に掛けておくよ」


「あら、やけに協力的ね。何かあったの?」


「君の使徒が巻き込まれた事件だよ。やはり北剣連邦の聖神派が絡んでいたようだ、そしてその裏には」

「あいつが動いていたのね」


綺麗な顔は怒りにゆがみ、女神はかすかに怒気を放ち、それが握られた拳に現れる。


「確証はない...だがどうにもきな臭くなってきている、巻き込まれた人物も考えればな。北欧でのリョースヘイム皇国からの客人にフレイヤのお気に入りもいたらしいし、北剣連邦の情勢が荒々しくなっていて軍備増強もしている」


「大丈夫だったの?」


「まあ、文句は言われたが張り切って強化するとか言っていたからこちらの責任とは思ってはいないだろうな。だが私もそろそろ戦力を整えなければならないかもしれんな。...そろそろお暇させてもらうよ、達者でな」


「ええ、天照にもよろしく伝えておいてね」


空間がまた歪み、須佐之男は去っていく。


一人残された空間で女神は玉座に思いを走らせる。


「これで、いいのね?」


放たれた言葉に答える様に妖艶に煌めく蝶々がはためく。

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