序章ー2:善意より偽善は信用できる
*武義視点です
意識が戻ったら何も無い殺風景な空間が広がっていて霧が地面を這うように漂っている、幻想的な場所だった。けれどそれは全て目の前にある歪な玉座を主張している。
天を突き刺し、その権力を誇示するような金細工が所々ある漆黒の玉座が浮いていた。そこに絶世の美を誇る金髪金眼の美女が神気と威厳を放ちながら座っている。
けれど不思議とは恐れは感じなかった。多分、この人が、いや、女神が助人だと本能的にわかったから。
「御助力頂き感謝いたします。恐れながらもいくつか質問したいのですが、許可いただけますでしょうか?」
頭を下げて跪き、玉座に座っている女神に語り掛ける。その時に、自分の姿が小学生ではなく、見た事のある成人姿である事に気づいた。...また、死んでしまったのか。
...二度目の死だとわかると余計に後悔が増えてくるなぁ
「無し無し、そんな堅苦しい言葉遣い。第一あなた窮地だったとはいえ敬語なんか使わなかったし、今更だわ。さて」
玉座からふわりと目の前に降り立ち、彼女は俺を立たせながらいたずらめいた表情で笑いかけてくる。
「それに最初の疑問に答えるなら、今は単にあなたの意識をこの空間に投影しているだけよ。あなたの体はまあ、無事とまではいかないけど私たちの会話が終わり次第元に戻るわ。...それにしても本当に私の美貌に見惚れたりしないし、やけに落ち着いているわね...ムカつくわ」
あ...俺は、まだ生きているんだ。
「...」
女神は複雑な表情で俺を見ている。
話が進みそうには思えないので自分から話の続きをする。
「ではお言葉に甘えてこっちの口調に戻ります。あの後、どうなったんですか?そして、さっき貰った権能とやらも、女神様が俺を助ける理由は何ですか?」
人差し指を顎に当ててあざとさがにじみ出る様な格好で女神様は考え込む。数分してから言葉を選ぶように話し始める。
「...まぁ率直に言えば使徒とも言える駒?う~ん、共犯者と言うべきかしら?が欲しいのよ。そのための取引であなたを助けたと思いなさい」
取引?誰と?それに共犯者だなんて妙な言い回しだ。それによくよく思い出せばこの世界では前世では神話や伝説とされていた神や英雄が何人かは歴史上実在し、未だに存在するともいわれている。この世界はその様な神話と魔法の世界が現代化したような世界だ。
だがこの様な世界でわざわざ使徒や共犯者を探すのは余程の訳ありとしか思えない。
「あなたが思っている事は大方あっているわよ。それに...まあ、いずれ話す事になるわ、あなたが私の期待通りに成長したらね。時空の権能を与えたのはその一環としてよ」
成長、か...
「意味があるんだろうか...今更」
頑張って、空回りして...こんな俺がこの世界にいて...
また前世の様に...
バッチン
思いにふけっていると急に両頬に衝撃が走り、無理矢理女神様の顔を見ることになった。
「...いい?迷うのは当然、悩むのも当然、そして急に前世を思い出して自分がわからなくならない方が異常なのよ、いい?あなたがその様な思考に陥ってしまう事は咎める気もないし咎めるべきではないわ。でもそれを理由に諦めないで」
何を言っているかは頭ではわかるが、納得できない。
「納得できないなら私が引きずってでも蹴り飛ばしてでも前に進めさせるわ。あなたが自分を認められなくても私が欲しくて選んだのは他でもないあなたよ」
「でも俺を選んだ理由なんて」
異世界人だから、秘められた力とか
「何アホな事を言っているのよ?はっきりいって私の恩恵とか人間はやめるか以外あなたの能力は平凡よ?異世界人なんかはどの世界にもごまんといるでしょうし、私があなたを選んだのはあなたが私にとって理想の人間になり得るからよ、わかる?」
「へ?」
予想を裏切る熱弁を振るう女神様に対して思わず素っ頓狂な返事が出てしまった。
「...はぁ、私があなたを選んだ理由、共鳴した理由は単純でありながら私が人として大事な事だと思っている人柄よ?あなたはあのような状況に陥っても、自分に迷いがあっても真っ先に他人を心配したでしょ?...だから、あなたなら私の希望、私の願いを理解してくれるかもしれないと思ったのよ...」
魂を見透かすような彼女の金色の瞳は満天の星空に見えた。
まだ自分が誰なのかは混乱していて前世の影響で落ち込んでいるのに、文字通り女神が現れた。生きる醍醐味を感じていない所、希望をもたらしてくれた。だったら
「貴女の願いは何ですか?」
「やっぱりあなたと共鳴出来てよかったわ。でも今はまだだ~め」
軽くデコピンしながら彼女は微笑む。
「ちゃんと体を休ませて、精神が安定したらまた今後の事を話すわ。転生しているとはいえ、子供の体で権能を使ったら当然ただではすまないんだからね?まだ十年ぐらい余裕はあるからゆっくりと休み、英気を養い、自分を見つけなさい。...まあ、当然あなたの面倒はちゃんと見るわ、今はもあなたは私の共犯者なんだからね!」
そう言い、彼女はパチンと手を鳴らす。そしたら意識が飛ぶような感覚で遠のいていく、まるで曇りのない綺麗な青空を自由に飛ぶかの様に。
―――...
目が覚めた時には知らない白い天井だった。医療機器の独特な音と子供の頃聞いたことがある魔術機器の音も混ざっていて病院だとわかる。
あの後でも、俺は生き残っている。
「...生きている」
そう思うと何故かジト目の女神様が浮かぶ。
右手で天に掴み掛かろうとした時に気づいた。
視界の右半分が消えている。
<本来あなたは死んでいたところを私が助けたんだから、生きているのは当然よ。けれど権能に体がおいついていなかったから最後は間に合わなかったのよ。あ、あと他の皆は色々とあるけれど、大方無事よ?あなたが頑張ったおかげでね>
...まさかこんなに早くも女神様が連絡を入れるとは思わなかった。
でも皆が大丈夫だと聞いたら安堵している自分がいる。それは、俺の感情なのかはわからない。
<...まあ、今は体を治す事に専念しなさい。権能を数秒使用しただけで廃人に似た状態になってしまっているんだから、迷宮攻略するまで権能の大半は封印しておいたわ。後の事を心配するのは体を治してからよ。...そろそろお暇するわ、意識があってもぼーっとしている様に見えてるから、変だとおもわれるかもしれないからね>
考えがまとまる前に女神の気配が消えた。自分で駒とか言っておきながら、色々と面倒見のいい女神だ。
起きたばかりなのに疲労感が物凄く、目を閉じて休む事にした。けれど閉じても周りが‛見えている’。いや、正確には‛わかる’が正しいのかもしれない。女神さまから貰い受けた時空の権能のおかげで周辺の空間をある程度把握できている。
だからフロアを回っている看護師が近づいているのがわかる。多分患者の容態を見て回っているのだろうけど、もうじき俺が目を覚ました事に気づくだろう。
扉を開けて確認した看護師は急いで確認し、真夜中だから正式な検査は明日になるでしょうと言われた。正直もう一休みしたかったから願ったりかなったりだ。
でもそれは部屋に入って来た人物によってかき消された。
「父上...」
入って来たのはスーツ姿だけど疲弊していて目の下にはクマが出来ている。記憶していた姿とはかけ離れていて真っ直ぐ、広い背中は小さく、射抜くような目は沈んでいる。
今はその目が驚きで見開いている。
「...君は、誰なんだ?」
「父上?私は...」
伸ばした手についているリストバンドを見て言葉が止まってしまう。
「弘毅は、私を父上と、呼ばない...お前は、誰なんだっ」
後ずさりながら父上、いや、‛お父さん’がぶつぶつつぶやいている。
罪悪感に苛まれる。母を無くして、前世の記憶を取り戻し、記憶が混乱している俺が、‛お父さん’の手に舞い戻ってしまった。‛お母さん’が亡くなって打ちひしがれている所、さらに追い立ててしまった事に。
どうすれば父上の戸惑いを解消できるか、親不孝を償えるか考えていたら遅かった。
全部、言葉発した時点で遅かったのかもしれない。
この空間で俺に対する敵意が膨れ上がった。
<逃げなさいっ!武義っ!!>
その元を見る間に頭に声が響く。
女神様に怒鳴られて直ぐに点滴を引っ張り出し、ベッドから飛び降りて部屋の扉をふさがれる前に一目散に逃げだす。考えていたら確実に殺されるとひしひし感じてしまう。
<ここまで執念深いなんて、どこまで徹底するつもりなのよ、あの糞神はっ!そいつはもう正気ではないから逃げてっ!>
女神様が必死なのがわかる。
薄らと照らされた病院の廊下を走る。けれど今の子供の足では、その上病人として逃げ切れるはずがない。徐々に後ろから父上の足音が近づいてくる、死の宣告の時計の様に。
このままの方が...
<あなたは私が選んだのだから、勝手に死ぬことは許さないわ、いいわね?生きる理由なら私がいくらでもあげるわ、だから今はただ逃げて!>
とはいっても無理がある。これでは...どうすればいいんだっ!
<その角の先の部屋には果物のナイフが置きっぱなしになっているわ...それを使いなさい...>
沈痛な声で告げられる。
それは、そういう意味で教えられたのだろう。
まるで夢うつつの様な感覚で部屋に入り、ナイフを拾った。多分退院する前の患者が置いて行ってかたづけわすれたのかもしれない。
けれど今は使うしかない、生きなければいけないから。
その時俺は、追ってきた父上に、刃を向けてしまった...それは未来永劫、俺が背負う罪になるだろう...
今はもう視点が合わない父上を抱きかかえる様に地面に座っている、血まみれの手で。弱弱しく、天井に延ばされる手を取る、自分にその資格が無いとわかりながらも。せめてもの親孝行として...
「弘、毅...私は、なんで、君を...」
「喋らないでください、父上。もうじき看護師と医者が来ますから、ですから」
「...ああ、君は、誰であれ、優しい子なんだなぁ」
「父上...」
覚えがある、記憶では何度も頭を撫でてくれた手が、俺の頭を探して、また撫でてくれる。
「なんで、君を殺そうとしたんだ、私は...こんなにも似ているのに、優しい所も、直ぐに泣いちゃうところも」
「父、...‛お父さん’」
「すまない、ね...君を、一人に、しまって...」
安心させるように微笑みかけたその笑顔は、記憶に、心に刻み込まれた。
最後に覚えているのは、誰かが叫んでいて、誰かに抱き寄せられ、誰かが泣いていた事だった。
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