終末への事件簿

武美館

序章ー1:名もない騎士

―――...やっと、みつけたわ


「ああああぁあぁぁ...」


思い出した。過去を...いや、前世と言えばいいんだろう...


「あああぁぁああああっ」


醜い声が聞こえると思ったら、発していたのは自分だった。目の前の惨状を見て発した声だろう。


達観してしまっている自分がいる。だから前世を思い出したのかもしれない、今を耐えるために。けれど、思い出してもどうにもならない。


「お母...さん」


これは、罰なのか?輝かしく、充実した人生ではなく、ただ平凡に、ごく普通に生きて終えた事への罰なのか?この惨状は、俺のせいなのか?


「うぐっ...クラスの、皆は」


そうだ、動き続けなければ...


立ち止まっては、このままで終わってしまう。目の前で、この空っぽな俺を守ってくれた、母親の様に。今目の前にある亡骸の為に、立ち止まれない。


「皆っ!大丈夫なら返事をしてくれ!」


大声を出していると、ふと顔に当てた手が湿っているのに気が付いた。それを直視する前に何かわかってしまった。


...血だ


必死に手をボロボロのシャツで拭こうとすると、自分がその血を悍ましいく思っているのに気が付いた。振り返らずとも、誰の血かわかる。


違う...


悍ましいと思っては、失礼だろう。そうだよ、母親だろ?守ってくれたんだろ?俺は、俺でありながら、確かに‛僕’の記憶があるんだ。家族の記憶、今の人生の記憶は他の誰でもない、俺のだ。


「俺は、‛誰’なんだ...」

自分でない自分が悍ましい、わからない、知らない。自分があるべき姿が見えない。まるで読んでいた異世界転生物語が現実になってしまった気持ち悪さがこみあげてくる。


だけど悲しむのは後だ。子供としての記憶が足を突き動かす。しなければいけない事はある。


「誰かいないのか!?」


そこは前世でテレビで見たような戦場の様な地獄絵図が広がっていた。皆で楽しみにしていた遠足だった筈なのに、今は遠足に来た遊園地ごと炎が燃え上がり、爆発で瓦礫が散らばっている。従業員も引率の松下先生瓦礫の下敷きになり、焼かれて屍と化している。


「そうだ、あいつらは、友達ははどこにいるんだ」


今でもなお心に刻まれている絆が友達を探し出せと叫び、俺を突き動かす。今の俺にとっては、ともだちなんだから。


「正義、は夏風邪をひいたから来てないんだっけ。...よかった」


クラスの主人公とも言える爽やかイケメンを思い出しながら安堵する。遠足にこれないと知った時は残念だった事は覚えているけど、不幸中の幸いだ。一人でもこの惨状に会わなくて済んだから。


友達やクラスの皆を探しまわっていると液体が飛び散っている場所を見つけた。今でも破裂しそうな心臓に痛みが走る。それは血で、その先には叩きつけられたような遺体が力なく壁に倒れていた。


何故か頭は冷静だった。前世で発売直後物凄い人気が出たギャルゲでもヒロインの数人は悲しい過去を持っていたんだなぁ~って思う。今目の前にある光景が悲しい過去になるんだろうって思っている自分がいる。


「オェェ~~」

途端にそんな自分が悍ましく思って吐いてしまう。


目の前にある無惨な死体に祈りを捧げ、胸の奥から出ようとしている感情を無理矢理抑え込む。


「彼女がいるなら、妹の日奈は傍にいない筈がない」

仲良し鳴崎姉妹の二人も俺たちとつるんでいて、姉は二年ぐらい年上で会長と同じように世話好きだった。日奈は同学年だが姉にくっついている事が多かったんだけど、どこにいる?


「日奈ぁ~~!!」

叫び声が建物の燃える音にかき消されながらも木霊する。


周辺からは返事が聞こえない。...もう死んでいるのかも知れない。


「駄目だ、駄目だ、考えるな。死体が無い限り生きている可能性がある。...そう言えば、この規模の事故なのに死体があまりにも少ないな。それに、...あれは人為的な殺し方だ」


そう、魔物か、ゴーレムか何かがこの事件の引き金になったのかもしれない。日奈や他の皆も早く探さなければ。うちの親戚の子も無事だといいんだけど、転校間もないから...


ドシンッ


周りの瓦礫に日奈がいないか探し回っていると斜め後ろから地響きのような音が間隔を置いてなる。息を潜めてゆっくりと振り返ると思いがけない光景があった。


北剣連邦陸軍自立型人形、テディ・ゴーレム。三メートルはある図体は燃える遊園地で淡く照らされている。形状や素材は面白み半分で読んでいた魔術兵器の図鑑に載っていたのとは少し違うから次世代機か試作機だろう。


けれど、なんで星のほぼ反対側のこの国にあるんだ...そして、なんで拳に血が付いているんだ...


ギギギッ


「...っ!」

まずい、視線があった!


爆発みたいな音がしたと思ったらゴーレムは消えていた。悪寒が走り、全力で前に走れと言う感に従い、直ぐにその場から走り出して瓦礫を立にしながら必死に逃げる。


「あれに、優奈が殺されたのかっ!」


走り続けるも後ろでゴーレムが暴れまわっているのが未だに聞こえる。


「ハァっ、ハッ、くそったれがっ」


吸い込む息は辺りの火事のせいで肺が焼かれている様に感じ、足も段々と痺れてきてしまっている。だが幸いゴーレムの暴れまわっている音は遠ざかっていくように聞こえる。


そこら辺にある瓦礫に身を隠し、息を殺して辺りを警戒しながら休む。


だがまた背筋が凍る、いや、この世ではない者に触れられた気分になった。未だ逃げてきた反動で活性化している体に冷水を掛けられたように冷え、逆に冷や汗が出る。


「だ...れ」


「ひろ...くん?」


急に後ろから声を掛けられて思わず体が動いてしまった。


けれどそこにいたのは異界のあやかしではなく、日奈だった。


「日奈っ、大丈夫なのか。どこか痛い所はない、怪我は?」


「私は、...ぐすっ、でも、お姉ちゃんが」


数か月だけ先に生まれた事でふんぞり返っていた、姉に甘えていたのを見られて恥ずかしがっていた日奈は俺にしがみ付いて壊れたように泣き始めた。


日奈を抱きしめたら彼女の体は少し冷たく、未だに震えているのがわかる。


「何で、こんな事がっ」

――タ...ッ!!


心臓が止まるような悪寒がまた走り、今度は幻聴を聞こえたと思ったらその場離れろと言う念が強く表れる。


「日奈、走れっ!」


「えっ...?」


無理矢理日奈を引っ張り、走り出す。すると瞬きする間もなく、さっきまでいた場所に別の形状のゴーレムが降り立っていた。


「マジかよ...」


「日奈!武っ!伏せろぉ!」


斜め前から聞こえる声に従い、日奈をかばって地面に伏せた瞬間爆音が響き、体感温度が一気に下がる。


「会長だ...」


「足止めしている内に早く!」


声のする方向に走る間に後ろを見ると見事にゴーレムは凍っていて所々ひび割れている。そして辺りに充満している霧を進むと俺たちの小学校の現生徒会長の姫之神・クードレイグ・神楽先輩だ。その紅蓮に輝く髪は小学生から発現し、彼女が受け継いだ天恵魔法の一つ、精霊魔法をよく表している。


カリスマ性に溢れ、一年しか年が違わないのに頼りたくなってしまう正真正銘の英雄の卵だ。


「武っ!無事だったのか、爆発のあと姿が見えなくなって心配したんだぞっ!」

一年先輩の神楽は俺よりもやや背が高く、抱き着かれると混血である彼女の独特な髪に包まれる。


「日奈も無事でよかったっ」

そして日奈も神楽先輩に抱き寄せられ、先輩は珍しく涙ぐんでいた。


「神楽先輩、すみませんが先を急ぎましょう。花梨とニーフルング姉妹の二人は見ませんでした?」


「ああ、取り乱してしまってすまない。花梨は先ほど三組の子と一緒に安全な場所へ避難させた。リョースヘイム皇国の留学生たちは未だに見当たらない。時間がたてば防衛陸軍が来るだろうが、あのゴーレム共がいる限り安全とは言えない。...優奈は一緒ではないのか?」


何気ない、ただ後輩で友達の安全確認をしたい先輩の一言で日奈は涙ぐんでしまう。


「日奈?どう」

「優奈は亡くなりました」


「...そうか、すまなかった」

先輩は目を閉じて涙を必死にこらえている。先輩として、俺たちより年上で、いずれは家の長として、国の戦力になる自覚があるから、弱さを見せたくないんだろうけど...


「今は他の生存者を探すべきでしょう、先輩」


「...ああ、そうだな。二人ともすまないがついて来てくれ、必ず私が守るからな?」

気持ちを切り替えようと作り笑顔で俺たちを安心させようとしてくれる、いつもの優しい先輩だ。


そして俺たちはゴーレム共から隠れながらも生存者を探す。その間、日奈は俺たちが消えるのを恐れるかのように手を離さないでいて、先輩は俺たちを安心させるかの様にしきりに大丈夫だ、と言いながら笑顔を向けてくる。


「イヤァーーーーっ!」


数分歩いていると急に歩いている方向から魂を握りつぶすような悲惨な悲鳴が聞こえた。


「っ!二人はそこに隠れているんだ、いいな?!」


「ちょっ!?先輩も飛び出してどうするんですかっ!ってああもう!」


悲鳴を聞いた先輩は無謀ながらも勇敢でありながら小さい子供の後ろ姿を見せて振り返らず走っていく。俺が伸ばし損ねた手を、日奈のすがるような目を無視して...


「くそったれがっ」


「ひろくん?」


「大丈夫だ、死なないようには見守っとくから日奈はここで待っててくれ、な?」

戸惑うような、不安な表情をする日奈の頭をポンポンとする。同い年でありながらもやはり女子の方が発育が少し早く、日奈の方が少しだけ背が上だと実感する。


「待って...」


「先輩を連れてすぐ戻るから」


先輩の後を追いかけるとまたさっきと似たような異様な感覚に心臓が掴められる。


――ダ...メ、死...


そこから立ち去れと命じるかのように前に進む恐怖、そして日奈に対する庇護欲が増大している。


ふざけるな...後悔したくねぇんだよ...


恐怖に押しつぶされながらも、引きずられながらも進むと目覚めた時とは比べようにもならない、‛人間’が作った地獄があった。


最初に見えたのは血塗られた祭壇、そしてそれを包み込むような悍ましさに満ち溢れた魔術陣。異常に生存者も死体もなかった理由が次に見えた。


夥しい数の死体が祭壇に捧げられ、魔術陣は血に満たされていた。そして捧げ続けている、とんがり帽子の白装束の集団。


そして掴まって絶望的な表情で相手を罵倒している神楽先輩。悲鳴をあげているニーフルングの妹、ヘルギ。


そして祭壇に押さえつけられ、元々あった美しい獣耳は切り落とされているニーフルングの姉、シグルン。


ふざけるな...


その瞬間、世界が止まった。


<やっと通じたわ。全く、折角魂の波長が合うのを見つけたと思えば私の神託を聞きたがらないなんてついていないわ。あなた、生存本能なんかどうしちゃっているのよ?神の神託なんか聞きたがらないのも...ああ、あなたは‘転生者’ね、それも‛ニホン’の...はぁ>


誰だ?


心臓が、いや、魂が掴まれている気がしてならない。


淡い光に照らされたようなぼやけた輪郭が現れ、畏怖しながらも心が落ち着き始めた。知っている訳ではない。だけど本能的に恐れるべき存在だと感じながらも不思議と‛彼女’は怖くなかった。


<...あなたねぇ...例え本体でなくても私の神気に当てられてけろりとしているのはどうかと思うのだけれど?まあいいわ、それはいずれ、ね?...あなた、このままだと死ぬわよ?死ななくてはいけないと定められている所を助けたと言うのに、わざわざこの私が救った命を捨てに行くわけ?>


蛇に睨まれた蛙の気分だ、いや、彼女に比べれば俺は小石なのかもしれない。恩は、ある、それでも...


その思考を読み取ったのか、読み取れなかった彼女の心情が和らいだように思える。だが同時にここにはいないに警戒している。


<...はぁ、私は何かマイナーで時代遅れの神だから『————』は私をガン無視しているのかしら。折角見つけたのに...こうしましょう?ギブアンドテイクでどうかしら?あなたの因果は私が引き取り、力を与える>


まるで悪魔の囁きだ。‛只の昼食みたいなことは決してねぇ’と前世紀のSF作家が有名にした諺、それが頭の中に響く。


<失礼ね!第一魔神と私を呼び出したのは聖欧教会でっ...じゃなくてっ!!勿論条件はあるわよ。私の物になりなさい>


...卑猥な、いや、柱であるなら、神であるなら別の意味で

<別の意味に決まっているでしょっ!!全く思考回路がぶっ飛んでいるんじゃないの!?さっきまで殺気立っていたのに今度はボケかますなんて、あなた頭大丈夫?>


そうだ、シグルンを助けないと...そのためになら


<なら私と魂の契りをかわしなさい、さすればあなたが求める力、授けるわ。あなたの、あの娘の因果も私が引き受け、断ち切るわ。ただし、私の為に目的を手伝って貰うわ。...まあ、それもいずれ教えるし、あなたはもう無関係ではなくなっているからね>


この世界の数多く存在すると言われている柱を名乗る彼女は選択を強いてはいない。彼女の意向も理想も押し付けず、選択を見せている。


いや、俺にとっては元々選択ではなかったのかもしれないけど...


「瀧川武義、ここであなたと契約します。力が欲しい」


<本当にいいのね?契約すれば後戻りはできないし、あなたの魔法の才能や体は与える恩恵に耐えられなくて衰え、普通の人間として死ぬことも許されなくなるわ...いいのね?>


前世とは違い、今度こそは差し伸べられた手を掴んでやる。今の俺は紛れもなく‛瀧川たきがわ武義たけよし’であり、今出来る事をしなかった後悔は繰り返したくないから...


<...その志、私が認めてあげる。今は時空の権能、そして私が保護している魂を授けるわ。まあ、詳細は次回をお楽しみにね?あと、使い過ぎは禁物よ?あなたの体は今その権能に耐えられないから使うだけで魔脈が焼かれるわよ...頑張って皆助けなさい、名もない魔女の騎士さん>


慈愛に満ちた溢れた雰囲気を残しながら女神は去る。けれどその繋がりは体の変化として残っているのがわかる。前に出来た小規模な魔法の発動が難しくなっている。


けれど、今この空間を支配してできているのは、だ。


「その手を放せぇぇっ!」


感情を爆発させながらも、世界が遅く感じる。細胞が負荷に耐えられず叫びをあげているからこの状態を長くは保てないのがわかる。


だから怒りを爆発させながらも、最初は神楽先輩を拘束している白装束を無力化する。動きが幼虫の様に鈍い相手なら容易い。


けれど、体が鉛の様に感じる。


支配している空間を通してシグルンを殺そうとしている相手を見定め、走り始める。ぎりぎり間に合うかもしれない、だから未だに叫びをあげている体を無理矢理動かす。


シグルンを抑えている奴を無力化してからナイフを突き立てようとした相手に振り向いた途端、まずいとわかった。


【なっ!?貴さまっ!】


目の前に迫るナイフを見て権能の効果で体が前に切れたのに気が付いた。


「あ、これまずい」


思った瞬間、激痛を感じたと思ったら意識が途切れた。


**************


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