第一章ー6:矛盾を目にして、偽善を心に

*天馬視点です。


何が起こっているのかわからなかった。リョースヘイム側の残った侍女たちは悲鳴を上げるものとアストリッドのそばに駆け寄って庇おうとする人たちに分かれた。


「動かない!警告は一度きりよ、アストリッド及びエルウェミニア両殿下に近付いた者は問答無用で射殺する。天馬は殿下達のそばに来て、状況は説明する。

現在このビルは何者かがテロを起こし、明確な意思で両殿下を捕らえようとしている集団がいる。見ての通り両国の従者にも潜んでいる工作員がいたため、両殿下の身の安全のため信用することは出来ないわ。ここからは我々辰の上家が護衛を引き受ける」


「ですがっ!いくらなんでも!」


「ハッハッハ!貴様らは勘が鋭すぎる、堅気の世界とは思えんな」


「お祖父様、...そんな」


「アルフレッド...其方も裏切るのか」


アルレントは呆然としている。無理もない、祖父が目の前で撃たれ、その上裏切者だと自ら肯定したから。エルウェミニア殿下は哀愁ある視線をアルフレッドに向けている。過去に何かあったのはゲームから知っているが、今はそれどころじゃない。


「おい、武義!どう言う事だよ?いくら何でもやりすぎだろう、ッ!」


「タケの邪魔しないで」


武義に詰め寄ろうとしたら今まで見たことない表情でジャンヌが遮る。目は殺気でぎらついていて、手に持っている拳銃の引き金には指が添えてある。ゲーム内でも見たことがない、自暴自棄ではなく、まるで騎士の様な佇まいで武義の前に佇む。


その様子を武義は気にしているようにも見えず、いまだに小型端末に片言で話している。けれどそれも終わり、武義は新たな情報を発表する。


「辰の上紫雨からの指示、龍神学院に避難する。現在の生徒会長と風紀委員会にもある程度の情報は伝わっている。このビルのガレージに向かい、乗り物を確保、国道を東に三十分ほど、守り通す」


「聞いた通りよ!アストリッド殿下およびエルウェミニア殿下の従者達、立場上信用できませんがあなた達の安全は辰の上家の者たちが保障します!殿下たちは我々辰の上の者と合流しながら護衛するのでご安心ください。以上です!」


驚いた事に、アストリッドは驚いてはいたが今は従者たちは宥めてからジャンヌの指示に従っている。ゲーム内と同じで子供のころからこの手の事件には慣れているのか、肝が据わっている。もしかしたら事前に辰の上の者の指示に従うよう言われているのかもしれない。


エルウェミニアの方はアルフレッドのそばで泣いているアルレントの元へ歩いて行こうとするが、武義に遮られ、ジャンヌの元へ押しやられた。それを不愉快と思ったらしく、武義に罵倒を浴びせている。それを無視して武義はそのままジャンヌに目配せしてからアルフレッドの元に向かう。


「天馬、貴方も一緒にきなさい」


「いや、先に武義に話がある」


ジャンヌは少しだけ俺の事をにらんだが、武義に視線を送ったらそのまま両殿下を後ろに引き連れてバッティングセンターを出ていく。


武義はアルフレッドのそばに行き、アルレントを無視して問いかける。


「で?」


「フッ、もうおおよその予想はついているのだろう?昨日ので察したのは驚いたがな」


「長い間この業界にいたんでね、些細な事で死んだ奴は多いからな」


今までとは変わった、死んだようでありながら覇気がある口調で武義は答える。雰囲気も変わっていて今まで無関心だったのに、ジャンヌと同じように殺気立っていながら身の振る舞い方は戦場の死神の様に見えてしまう。


「なるほど、これがあなたの本質という事ですか。ゴフッ、とんでもない化け物達がヤマトに潜んでいたのは本当だったのですね」


「老人の感想に付き合っている暇はない、知っている事さっさと吐け」


「死に間際の老人に何を言えと?脅迫でもするにも急所に当てるとはずいぶん甘いですね」


「...言わせる方法ならあるが?俺と同じように生きてきた事ぐらいはわかる」


武義は左手に持っている銃をアルレントに向ける。


「えっ?」


「おい、武義!いくら何でも!」


「悪いが黙っていてください、一刻も早くジャンヌと合流しないといけないので」


穏やかでありながらどすが聞いた声音に思わず言いたい事が喉から出ない。アルレントは今はただ呆然と物事見ているだけだ。


「フフ、ゴフッ、ならば取引を。アルレントを、お願いする、報復、されますから」


「それぐらいは後ろにいる奴に押し付ける、大丈夫だろ」


「ハハッ、他人に押し付けるとは、ろくでなしなのか、守るべきものを突き詰めているのか。貴様なら知っている筈だ、例の教会に関して」


「...なるほど、厄介な連中が相手だな」


「聞いても臆さないとは、愚かとは思えるが、あなたは本当に化け物ですな。あの女子が死なない様にせいぜい励むがいい」


「...一つ訂正しておく、俺が全てをささげるのは彼女ではない。孫娘に言う事は?」

話は終わったと言わんばかりに銃をアルフレッドに向ける。


それをアルレントは怯えと諦めで見ている。


「お爺様...」


「いや、ちょっと待てよ、おかしいだろ。なんで殺さなきゃいけないんだよ!?」


馬鹿げている。


理不尽だ。


彼は道を間違ったのかもしれないが、アルレントを思うところはどう見ても本心だ。なぜ死なないといけない、まだ救えるかもしれないのに。


「ハハッ、あなたの義兄弟は世間知らずなのですね。ご苦労、されることでしょう...あなたにも死の呪いが付き纏うことを願いますよ」


「心配ご無用、呪いなど愛する人を思えば軽いとは知ってるだろう?」


血を吐きながらもアルフレッドは歪に笑いながら静かに眉間を指で刺す。アルレントは泣きながら目を背け、静かに彼の手を握る。


―――...


ビルの廊下を急いで走っている中、武義はふと思い出したかのようにアルレントに話しかける。


「もっと泣き叫ぶとは思ったんだがな、意外だ」


「...ヤーグラウェント家に仕える以上、皇家が最優先です。お爺様、アルフレッドは裏切りましたし、その疑いようがないことは私自身が一番よくわかります。そして今は、いまは殿下が最優先です」


「ふんっ、もう一度言うが信用できない。そこの天馬には見張っていてもらうし、両殿下のそばに近づいたら問答無用で撃つ」


「承知しています、武義殿とジャンヌ殿は信頼を置ける事はわかっています」


信頼は置ける、ね。たとえ皇家に仕える覚悟はあっても流石に家族が目の前で裏切るのは応えているだろうし、それを仕留めた相手にエルウェミニアを守ってもらうのは複雑なんだろう。


けれど、矛盾している気がする。武義は残酷な事を先ほどしたけど、猫に対しては取り乱して可愛がる習性がある。ジャンヌも彼の事を気遣い、ゲーム知識と照らし合わせて確実に正義感がある彼女は武義を守るのに関して徹底している。


でも、本質が何でも、間違っている事は間違っている。ジャンヌも気になるし、アストリッドもエルウェミニアもゲームから好きなヒロインたちだ。出来れば武義も含めてこんな殺伐と血みどろな日々より学院で楽しくしてほしい。


ゲームを知っている転生者からしては偽善で我儘な願いなのかもしれないけど、それでもみんなの笑顔が見たい。

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