第一章ー5:羽目外したらやっちゃいました

*ジャンヌ視点です。


カッキィーーン


爽快な音と共にボールが飛んでいき、空中に浮いているホームランのターゲットに命中する。真ん中からはやや外れていて丸いターゲットは静止している状態から斜め上にはねられた。


<やーいやーい外してやんの~>


<別に当たっているからいいじゃん?そっちに誤ってボールを飛ばすわよ?>


<それ言う時点で誤って飛ばしてねーよ。おっ、これで22回目のど真ん中>


横でタケがボールの軌道も確認せずに的のど真ん中にぶちこんだ。それも右側を前にしているから見えない方からボールを打っているし、相変わらず空間把握能力はこの世界では迷宮帰りのも凌駕している。


「それに比べてこっちはね...」


「ふんっ!!...ってなんで当たらないのよっ!」


「いや、だから目を閉じるのは先にどうかした方がいいですよ、エルウェミニア殿下」


今日はリョースヘイム皇国とオセアニア帝国の皇女が会談をする日の筈なのに、オセアニア側の姫殿下は今日の煌びやかなお召し物でバットを全力で振っている。それにさっきから当たっていないのが悔しいのか、どんどんボールを追加しているけどただ衣装が乱れて汗をかいている結果になっている。


我儘姫のご要望により、私達はリョースハイム皇国との会談する予定のビルにあるレジャー施設のバッティングセンターで時間を潰している。会議室はこのビルにあるとはいえ、その直前まで汗掻きながらバットを振るのはどうかと思うけど。


<はい~これでホームランど真ん中25連打~>


「ちっ...」

思わず舌打ちが漏れてしまった。


私が打ち出した25個目のボールは標的をかすっただけでタケの様にど真ん中に当たっていない。続けるのが面倒になったからケージの外にある長椅子に向かうと、そこにはタケがバッティングセンターの入り口に向かって座っている。


<相変わらず空間の把握は迷宮帰りの動体視力にも匹敵するわね>


<今はそれだけが取り柄だからな~...それ以外は小賢しい手札しかないし>


<それでもあんたはそのすべてを活用して頑張っているし、今後はその努力に相応の実力もついてくる。向こう側に辿り着くのは険しい道のりだって最初から知っているんだから、使えるものは全て使いつくさないと>


タケに背中を合わせで座るといつも通り背中を預けてくる。こうして私たちは支えあってきたし、今後もこの契約は続く。


<私は貴方の矛であり、盾でもあり、貴方の矛盾だから>


<わかっている...感謝しているよ>


<まだ早いわよ?彼女に会わなければ私たちのハピーエンドは始まらないんだから>


<ああ...それより、あれいつまで続くんだ?>


バッティングケージの方を見るとエルウェミニア殿下は未だにボールを打つことさえ出来ていない。


「だからボールは友達だ!友達から目を逸らすな!エルウェンのボールへの思いはバットから通じるんだ!」


「わかってる!もう!なんでさっきから当たらないの?!」


「アハハハ...」


「だから、もっと腰を落として踏ん張る!そしていい加減に目を開けろやっ!」


何とも言えないカオスな絵面がケージの中にある。エルウェミニア殿下は会談用のローブを脱ぎ捨ててドレスのみの姿になっていて、その上ドレスを少しばかりアルレントにたくし上げてもらっている。本当にドレスをそういう風にたくし上げるなら最初から着なければいいのに、天馬のエロガキもちらちら見ているし。


逆にアルレントはもうお手上げのようでケージの端で乾いた笑いをしている。アルフレッドの方は逆に入口の方で普通に警戒をしているけど。


<何が起こると思う?>


<さあ?けど昨日から妙な事を言ってきたんだ、不審な点は今ないけど何か仕掛ける筈だ。それに...>


<ええ、感じるわ>


このビルには異様な空気がある。エルフを代表する二国が会談をするから、と言い片づけられるかもしれない。でも私たちや同じ職業の者ならわかる、きな臭い空気が漂っていることを。


一応魔術系と非魔術系の電波型通信機の両方を持ってきているけど、先ほどから魔術系の方は調子が悪い。


<あ、相手の殿下がこっちにきた>


<しびれを切らしたんじゃないの?>


まるで蹴ったような音と共にバッティングセンターの扉が開かれた。いや、現に蹴ったようにしか見えない。


そこには金髪碧眼でほっそりとしたエルフが足で扉を蹴った姿勢で佇んでいた。音に驚かされたオセアニア側は少しばかり警戒しているが、エルウェミニア殿下は相手がリョースヘイム皇国の姫殿下だと気づいてさっきまでの自然な怒り方は露の様に消え、仮面みたいな笑顔でありながら不機嫌な空気を発している。


「いつまでも会議室に来ないと思いましたら、こんなところにいたのね、エルウェン」


「北国のお姫様がこんな庶民的な場所に足を踏み入れてもいいの、アストリッド?」


<いや、どう見てもこの庶民的な場所に自分を案内させてから堪能してたのはお前だろうが...>


<それは間違っても声に出さないでよ?あの娘物凄いツンデレみたいで面倒臭そうだから>


両姫殿下の間にピリッとした空気が走り、二人はにらみ合う。リョースヘイム皇国とオセアニア帝国は距離があってあまり交流がないにしろ、両国はそれぞれフォレスト・エルフとダーク・エルフが主な国民なので少しばかり摩擦が起きてしまう傾向にある。


そのオセアニア帝国でエルウェミニア殿下はかなり浮いている存在でありながら、両国の橋渡しにもなると願われている。相手のアストリッド・フレイ・リョースヘイム殿下も人の好さと普段の行いから温厚で慈悲深いという噂がある。腹黒いとしか思えないけど。


そこで世間的には中立を保ち続け、平和主義であり、オセアニア帝国とリョースヘイム皇国との交流と貿易が盛んなヤマトが両姫殿下の会談場所と留学先になった。


<でも初っ端がらこのような雰囲気になるなんて想像はしていないようね>


<まあ、期待と本人の思っていることは違う事は多いから、その期待が大きければ大きいほどは特に>


二人の殿下の間には取り繕っている雰囲気があり、アストリッド殿下は作り笑いでエルウェミニア殿下は無表情になっている。どちらも上辺だけの言葉を放ち、内面は相手を見定めようとしているように思える。


<私たちが仲介する?>


<いやだ面倒臭い。というかそれは天馬の役割の筈なんだけどな~>


とは言っても天馬は現在目をぱちぱち瞬かせている。ゲームへの転生だの以前言っていたからにはリョースヘイム皇国そのゲームに登場したのかしら?


でもその鳩が豆鉄砲を食ったような顔で立ち続けるのはどうかと思うけど。一応国交の場なのだし。


けれど予想外の事が起こった。


未だにエルウェミニア殿下と天馬はケージの中にいた。そしてあろうことか、センターへの入り口はそのケージの真後ろに位置している。最後にエルウェミニア殿下はあまりにも夢中になりすぎてかなりのボールを追加していた。そしてそのボールはアルレントが必死に取っていた事を二人は気づいていない。


<あ、あーこれやっちゃったな>


ケージを開けた途端、アルレントはボールを一つ取り逃がし、それは優雅に一直線にアストリッド殿下の顔面に吸い込まれていく。速度も身体能力が凡人より遥か上回るエルウェミニア殿下に合わせており、速い。


「いっっ!!たぁーーーい!っ!何してくれてるのよ、このお転婆やんちゃ姫!!」


「はぁっ?!今のはどう見ても私のせいではなくて?!その目は節穴なのかしら!」


<ジャンヌ、展開して>


<オーケー、さっき魔術系の方が回線切れた>


不穏な空気の中、私は甲冑魔法を無詠唱で発動させ、両殿下を守るように展開する。横からは音速の数倍を超えた魔術式超電磁銃の弾の破裂音が三回ほど聞こえた。


二人はアストリッド殿下の背後からそれぞれナイフと銃を取り出した者、そして三人目はエルウェミニア殿下の斜め後ろにいたアルフレッドだ。


「全員伏せて動くなっ!両殿下と天馬はこちらに集まりなさい!従者は全員危険と判断されるので部屋の隅にいきなさい!」


「こちらミスター・マサムネ、両殿下の安全は一応確保しました。状況は?オーバー」


『こち..セス・ヴァイオレッ..殿下、狙わ..至急ガレージに、オーバ..』


遠くから魔法の独特な爆発音や電磁投射された銃弾の独特な破裂音が聞こえてくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る