序章ー6:激変する日常

*前半武義、後半ジャンヌ視点です。


「ひろ、じゃなくて武義とジャンヌ、お久しぶり。...二人とも無事でよかった」


「紫苑様が元気そうで何よりです」

「お久しぶりです、紫苑様」


相対している辰の上紫苑は少しだけ困ったような表情をこぼした。昔から表情が読みにくい彼女だけど昔と変わらず俺やジャンヌを気に掛けてくれている。


同情心と罪悪感からの偽善かもしれない、それでも紫苑の兄が犠牲になった事件以前から変わらず接してくれている。それを、それだけでも感謝したいと俺たちは思っている。


「堅苦しいのはいい、二人とも敬語は私や辰の上家に今後使わなくていいから」


「しかし」

「使わないで、お願い」


<...そこまで意地を張る必要もないんじゃない?そこまでこだわる理由もないし>


<ジャンヌの言う通りかもしれないね>


今まで立場上裏の仕事をしていた俺やジャンヌは本家の、当主の娘である紫苑には敬意をもって接する必要があった。とは言ってもこの距離で、目と目を合わせられる距離で話すのはあの事件以来だけど。


「わかりまし...わかった、紫苑さん。俺もいいなら、ジャンヌも敬語じゃなくて構わないね?」


「...ああ、構わない」

少しだけ不機嫌なのか悲しいのか、紫苑さんは目を細めた。


「まあ、タケがいいって言うなら私も普通の口調に戻るわ」


「それはそうとして、わざわざ俺たちをこの屋敷に読んで理由は?雑談と例の跡継ぎの為に予備留めたようには思えませんけど」


辰の上の跡取りではなくても本家の令嬢である紫苑は多忙でもある。本人はほぼそういう家柄関係の仕事はほっぽっていると聞いていたが、彼女は辰の上が経営する企業での研究開発ではそれなりの地位を持っている。それに研究に没頭してしまう性格でもある。


<あんたねぇ、普通に会いたかったんじゃないの?多少は後ろめたさもあるんでしょうけど、昔から気には掛けてくれていたんでしょう?>


<ジャンヌ...悪い、いつも>


<どういたしまして、お支払いはあんたの記憶にあるパフェっていうのでいいわよ?>


一瞬の会話の間、紫苑は俺がどう謝るかを考える前に答える。

「久しぶりに会ったたちと話したくて当然です。それに、花梨の前ではあなた達と楽しく過ごせないから」


本家のもう一人の令嬢の花梨は同い年だけど話す機会も少なく、最後に会った時は俺たちに対してかなり荒れていた。...事情が事情だからだけど。


「<...ん?>」


「妹?」

...妹?


「あっ」

「紫苑様...」


紫苑さんの後ろに佇んでいた紫さんは頭を抱え、紫苑は居心地悪そうに口の前で指を交差させている。今更ペケをしても言葉を発して遅いですけど...


そして何故かジャンヌが悪い顔をしている。

「紫苑さ~ん、い、も、う、と達に教えてくださ~い。家族と思ってくれるのは光栄ですから~、秘密はなしですよね~?」


<うわぁ~ジャンヌの悪い癖が出てきた~>


<いいじゃない、他に気を紛らわす事は少ないんだから>


<ほどほどにね...>


ジャンヌの普段の性格は割とおとなしい、と言うより無関心だがたまに自分にとって面白い物を見つけると遊びたくなるみたいだ。まるで猫だ...どSの習性があるのかもしれないけど


<失礼ね>


ばつが悪そうな顔で紫苑は紫さんの顔を窺いながら事情を説明する。

「その、ジャンヌは形式上養女となる、だから妹。けどこれはお母さんが二人にどっきりで教えるつもり...でした」


「「...」」

紫さんは呆れた目で、俺達は何となく生暖かい視線を紫苑に送る。


そして耐えられなかったのかてんぱって話続けてしまう。こういう予定外の出来事に紫苑さんは昔から弱いところがある。

「で、でもジャンヌと武義の婚約はまだ言ってないから」


紫さんは顔を両手で覆った。


「私たちが」

「婚約ですか...まあ、理にはかなっている、のかなぁ?」


「...あっ!!忘れてください!」


「紫苑様、それは無理ではないかと」


「うぅ~、すみませんお母さま」


「はぁ、仕方のないことです。武義様、ジャンヌ、婚約や養子の件について詳細は紫雨様が本国でお説明します故、今はどうか内密にしていただきたく存じます」


紫苑さんに会って早々爆弾発言続きだったけど、紫雨さんが関係しているなら恐らくは俺達の幸福とか子供じみた理由ではないだろう。けれど、ドッキリみたいに直接教えて反応を見たかったのは容易に想像できるような愉快な性格は昔と変わらないみたいだ。


<絶対にいじる気でわざわざ隠していたな」


<よろしくね~私の婚約者~>


「へっ、イチャイチャでもし始めるか?」


「ぶっ、アハハ!私たちが青春する高校生みたいに?ウケる、ぷっ、ククク」


「ふふ、お二人ともやはりお似合いですね。せっかくですし、紫苑様に跡取り様との集合前に繁華街を巡ってみてはどうですか?」


―――...


「ごめん、私ドレスやスカートは履きたくないから。あ、でもこのブラウス可愛いわね、このジーンズと一緒に合わせれば」


「武義もスーツとかベストだけじゃなくもっとカジュアルなのも着たら?」


今日になって初めて知ったことはジャンヌはファッションの感覚はかなり奇天烈な方でパンクやゴス系のを清楚系と合わせて見たりしている。けれど何故か最終的に噛み合って目立つけど彼女の銀髪のショートボブに似合う服装になっている。でも紫苑さんは研究や修行に長年没頭していたからか服装に関する感覚は皆無だった。


そのゆるふわ系のシャツはいくら何でもベストと一緒にするのは無理だと思います。


ジャンヌも久しぶりに色々な服装を試せて楽しんでいるみたいだ。こういう風に落ち着いて流行りの服装とかコーデ出来るのは紫苑さん、そして紫雨さんのおかげと言えるかもしれない。


他には甘味処に行きたかったみたいで紫苑さんに美味い喫茶店に案内してもらっている。


<ちょっと、甘味処だなんて。スイーツ、でしょ?>


<はいはい...若くてよかった~太る心配はまだ大丈夫>

大丈夫ダヨネ?


Lサイズ特別大盛チーズケーキ・ギャラクシーヘヴンパフェを一人で平らげているところを見ていて紫苑も驚きが顔に表れていた。ジャンヌのモデル体型のどこにそのパフェが入ったのか不思議だ。


ちなみにパフェの宣伝文句は‘銀河を超えて昇天するほどの美味甘パフェ’だった。


...少し苦めなコーヒーとイチゴのチーズケーキが普通にうまいな~


―――...


最初の印象は妙だった。目の前にいるチャラそうな小柄のパツキン?という金髪の青年は横にいるタケと私を一瞬驚いて凝視していた。僅かな時間だったけどタケに確認して気のせいではないとわかった。


けれど昨晩この世界で久しぶりに暇を持て余して検索したチャラそうな雰囲気とはかけ離れている性格だった。驚きもすぐに隠されてこの世界では成人前とみなされているのに私たちにも敬語を使ってくる。まるで達観した視線と大人の対応は初めてあった武義にも似ている。


辰の上家の跡取り息子に指定された伊達伊織は‘転生者’らしかった。


<そうよ、彼も‘転生者’と思い込んでいる奴の一人よ。須佐之男にも確認したけどあなた達の事は彼に伝えてはいないみたい>


<それは伝えあぐねている、と言う事ですか、女神様?>

紫苑さんが私たちの事を紹介している間に一瞬のやり取りが私達とこの世界への転生の手筈を整えた女神様が行われている。


その冷淡で無慈悲、そして自分勝手な女神から神託と言い換えた指示を言い渡される。


<いずれは伝えるでしょうね。とりあえずやっとあの面倒な邪魔者消えたのだから次は強くなってもらうわよ。丁度良く入学する学院はラビリンスの担当も任されているからそこで力をつけなさい。...そうでもしないとあなたの、ましてや私の願望もかなわないわ>

最後に女神が吐いた台詞だけは深い怨念が込められていて別の、もっと遠い場所に向けられていた。


<承知しています、女神様>


<ジャンヌも頑張りなさい、武義はいまだに抜けているところがあるし見張っておかないとどこでバカな真似をするかわからないから>


<わかっている、こいつの事はよく知っているから>


こいつとはもう長い付き合いになるからこそ、タケの考えや行動が読める。タケも私の行動理念を理解して受け入れている。どの様な修羅場でも自分たちの理念を共にどうにか通そうとしてきた私たちは文字通りの意思疎通以上に理解しあっている。


<それで目の前にいるこいつも引き込むんですか?わざわざこのタイミングで珍しく話しかけてくるなんて>


<そうよ、須佐之男には内緒でどうにか引き込みなさい。そいつも魂が前世帰りになったから多少は引き込みやすいはずよ>


<<承知しました>>


とは言ってもどう‘転生者’だとバレない様に説得すればいいのかしら。


<まあ、向こうの口も堅ければそこまで心配しなくてもいいんだろうけど...一応辰の上家の庇護下に俺たちも彼も入るから多少は露見しても大丈夫かもな>


<そうね、とりあえず>


<ああ>


「君、十六歳以上なら向こうに着いたら一杯飲みに行かないか?」


「...え?二十歳以上じゃ飲みに行けないはずでは?え?この世界違うの?」


思いっきりバレてるんじゃないの...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る