序章ー5:魔術師と矛盾

*後半は武義視点です。


 小雨が降っている夜に暗く薄汚い裏路地を三人の男性が命からがら逃げている。暗い路地にはごみや箱があり、後ろを気にしている男性は何度も足や腕をぶつけてバランスを崩してしまっている。ただそれでも前ではなく後ろを恐れるかのように何度も振り向いて必死に走っている。


 狭い路地で金属音が鳴り響き、凛として透き通った声が言葉を発す。


「穿て、【カズィクル・ボルグ】」


 植物性の巨大な黒い棘が一瞬で一人の男性の真下に現れる。残り二人は振り向かずに必死に逃げ続ける。けれどそれは恐怖による逃走でありながら使命感から走り続けている。


「くそっ!なんなんだあの女は!他の所もあいつにやられていたのか?!」


「知るかっ!とにかく走れ!ボスに報告を入れないとまずい!」


「逃がさないわよ?」


 遅れて走っていた一人はその声と共に電灯の明かりがない闇へと消えながらも苦し紛れの言葉を残す。


「ボ、スに」


「くそったれが!こんな訳の分からねぇ内に死んでたまるか!」


「あ~、遅かった。...まぁ、大丈夫ね」

 路地裏を照らす灯りの下にでてきたモデルに見える見た目の女性は舌打ちをしてから槍を振り回して汚れを落とす。見上げた頃には最後の男は路地裏の角を曲がって消えていてが彼女は溜息だけをつくき急ぐ気もなく、ゆっくりとした歩調で歩いて行く。コツコツと履いているパンプスは小雨の音がする裏路地で異様に鳴り響き、雨水は彼女が着用している鈍い金色の仮面とボブカットの白髪を濡らしている。


 そして角を曲がった先、彼女が予想していた通りに男は倒れていた。そのそばには似たような金色の半仮面を着用し、服装も似たような正装を着こなしている青年の後ろ姿が見える。


「お疲れさん、他の二人からは?」

 青年は振り返らずに後ろにまで歩いてきた少女に話しかける、まるで何をしてきたか分かっているかの様に。そしてそれは二人の間では当然だった。


 完璧な意思疎通しているとも言える恋愛的な理想の様な情報伝達方法を二人は使っている。魔術や天恵魔法の様に阻害させられる事もなく使用できる念話で二人はほぼ常時たがいの状況を共有している。


 ただ問題を挙げるとすれば、今まで防ぎこまされただけに表の性格は完璧な偽物で念話でしか本音が出せない事だろう。


 <多分下っ端だけど、一応動けないようにしたわ。どうせそいつ一人ぐらいいれば情報は引き出せるでしょうけど>


 <まあそうだね>


「誰っ?」

 女性の方は急に大通りの方へ槍を向けて警戒心をあらわにし、青年も手にある大型の日傘を持ち帰る。彼女たちの眼先には両手を挙げているスーツ姿の黒人がいる。


「ミスター・フットボールでしたか。フィールドでは急に驚かさないでください、間違えてしまうかもしれないので」


「それはこちらが悪かったな、ミスター・マサムネ。ミセス・オルレアンも驚かせてすまなかったね」


「いや、こちらも少し緊張していてすまない。それにしてもミスターが直接出向くのは珍しいですね、何かトラブルでも?」


「ああ、けれどそれはあそこで待っている御仁に聞くべきだな」

 ミスター・フットボールは路地裏の向こうの大通りで佇んでいる黒いリムジンを後ろ指で示す。


「多分君たちは本国に帰るだろうからは俺たちに任せとけ」


「わざわざすみません」

「お願いします」

 金色の仮面の二人、ミスター・マサムネとミセス・オルレアンと呼ばれた二人は空間に武器を収納して勝手に扉が開いたリムジンに入る。


「...本来こういう仕事は大人のする事なんだがな。まあ、新しい当主ならあいつらに少しばかりの普通を経験させてあげられるだろうな」

 後頭部をガシガシ掻きながらスーツ姿のミスター・フットボールは路地裏に他二人と一緒に入っていく。


 ―――...


「ジャンヌ、武義、お二人共お久しゅうございます。息災のようで何よりです」


 リムジンに入って俺たちに声をかけたのは辰之上家では珍しい人物だった。


「あら...」

「ミセス・ヴァイオレット?わざわざ北剣連邦にまで、どの様なご用件で?」


「車内ではどうか紫とお呼びください、遮音の結界は起動しているのですから聞かれる恐れはございませぬ。ジャンヌ、様、お二人共仮面をとってくださいまし。ミスター・マサムネとミセス・オルレアンと名乗るももうございませぬ」


 言われた通りに俺たちは違和感を感じながらもここ数年間寝る時や体を洗う時以外外すことのなかった金色の仮面を外す。


 ミセス・ヴァイオレット、いや、通称は紫むらさきと呼ばれている彼女は辰の上現当主、辰の上紫雨の筆頭秘書だ。そしてその様な重要人物が俺たちみたいな裏での下っ端に接触する事は普通ないはず、それも辰の上の裏の規定をも無視するように言うのも。


 その上、俺たちを裏においやったのは現当主ではなく、隠居しながらも辰の上家を牛耳っている前当主辰の上紫電でその決断を辰の上紫雨はなかった事にするほどの権威はない。だから仮面は言われた通りに外しても未だに戸惑いを感じる、ご隠居と言われる前当主の命令で顔を隠していたのに。


「お二人には至急本国に戻ってもらいます。一旦海上都市オノゴロで便の乗り換えがありますからその時に紫苑殿に会うと良いでしょう。彼女なりにお二人ともが心配のようでしたので」


「...どういう事ですか?私たちは辰の上当主の命令で裏の仕事をしている筈ですが」


 ジャンヌからは複雑な気分だと言う事が伝わってくる、そして当然俺からもそういう感情が流れているだろう。俺たちがこの世界では成人してもいない歳にも関係なく裏の仕事を押し付けたのはあの老いぼれだから。


 ジャンヌは続けて俺たちの疑問を言葉にする。

「なのになぜ私たちは本国にわざわざ紫殿に呼び出されているのですか?」


「...本国で何かあったのですか?」


「...車を出してください」

 紫さんは運転手に指示してから考え込む。何やらどう答えるのか迷っているように見える。待っている間には俺とジャンヌは無言で考えていた。


 <妙ね>


 <だな、屋敷から追い出して何年も経つのに今更戻れとの事かもしれない>


 <あなたをわざわざ?本家の正式な跡取りはあの娘になる手筈でしょ?そこでもうない事にされた分家をまた立ち上げて天恵魔法、いや魔法そのものを使えないあなたを辰の上と名乗らせるのは今更じゃない>


 <妙だな>


 <そうね、あの名と誇りだけをやたら気にするくそ爺にしては突飛しすぎているわ。それにあなたを弘毅と呼んだのも関係がありそうね>


 <聖女が汚い言葉を使ってはいけません~>


 <元、よ。はったおすわよ?>


 <暴力はいけません~>


 と、ジャンヌと無言で会話しているうちに紫さんは考えが纏まった様だ。普段からジャンヌとは無言で会話しているからか、仮面を付けているうちに表情もかめんになってしまったのか、無表情では会話していたから紫さんには俺たちのやり取りを知る筈はないけど。逆に無表情で続けられている会話の内容を知られたらかなり困惑されるだろうけど。


「この話は事態が収拾するまでたとえ辰の上家の者でも他言無用でお願いします。辰の上紫電がお亡くなりになりました」


「...そう、死んだのね」


「それで俺たちは事態収拾の手伝いをする為に本国に呼びもどされるわけですね」


「いえ、それは少し違います。紫雨様がお二人を呼び戻す理由は事態が悪化しないように、お二人が家督相続の争いに巻き込まないためでございます。...それに家督相続では問題がありまして、今亡きご隠居様が次の跡取りを指名した事でそのお方は今まで辰の上家では知らなかった隠し子なのです」


 ...マジ?今更、学校だなんて...


 ジャンヌも驚いていたらしく、いつも通りなら話しかけて茶々を入れるけどそれがない。それからは紫さんが飛行機や乗継便の事など本国までの情報とかを伝えられ、俺達はそれを聞き流している。


「それと乗り換えの為に一時は海上都市オノゴロでの屋敷に数日滞在してもらいます」


「?乗り換えは数時間も必要はない筈ですが?」


「一度オノゴロで跡取りに指名された東谷天馬様と合流致すためです。...紫苑様がお二人と時間を過ごしたいと言う事もあります」


「紫苑様が...」

 それはジャンヌがこの世界に現れた事情と俺の過去を考えれば意外と言える人が俺たちと会いたかっていた。


「そしてお二人には辰の上家が経営している龍神学院の高等部に編入して貰います。勿論、家のお手伝いはして貰いますが、生徒として卒業出来る様に尽力いたします」


 それはまるでいままで大海を泳いでいたところを足場もない所で泳ぐなくていいよと言われた気分だった。けれど不安はあまり残らない、何しろ最強の槍と盾がともにいるから。

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