暴虐の魔王は税金に泣く

大魔王ダリア

税金払いなさい

「まだか……」


玉座のひじ掛けを爪でカツカツ弾きながら、ナマル王は文句を言った。

苛立ちと焦燥に塗れた不満の文言は、既に二時間近く、絶え間なく吐かれ続けた。

王の横に侍る髭面の近衛隊長も、一段下がった場所にいる小柄な大宰相も、真紅に金色の飾り刺繍が施された毛氈絨毯の両脇を直立不動に立つ兵士たちも、口には出さないが同じ心持ちだ。


(勇者遅い!)


彼らは勇者の来訪を待っているのだ。

ここは『光の王国』シャルヴェデの王宮。光の王の名に相応しい、燦然と輝く頭頂を

真っ赤に染めて、ただ待つ。


「日を間違えているわけではないよな?」

「そんなはずは……」


大宰相は勇者との交渉に当たった外務大臣に聞いた。大臣は否定したが、心の中で不安になってきた。


(勇者殿は少し、いやかなり、それはもう個性的キテレツなお方であったからなぁ)


突如魔天より飛来した四の邪眼と四の角、四の翼をもつ大魔王アルフレートは、瞬く間に国内を蹂躙、圧伏した。国土の西半分は魔王の所有物と化し、国の象徴であった【光の神殿】は今や魔王城と名を変え形質を変えた。


魔王を討伐しようとみんな頑張った。しかし、魔王が邪神の加護のもと使う【不貫結界】はいかなる攻撃をも跳ね返し、攻撃手段を持たぬ哀れな兵士は虐殺されるか、サキュバスのおもちゃにされるか、城下で行われるクイズ大会の景品にされるか、なんにせよ末路は悲惨極まりないものであった。


近衛隊長の弟も、奮戦したが力及ばずクイズ大会の会場へ引きずられていった。しかも参加賞である。ティッシュ扱いである。


(弟の雪辱、俺が果たしてやりたいが……)


しかし、すぐに雑念を振り払う。いまは私憤に捕われている時ではない。

隊長は王の表情をうかがった。光沢煌々たる頭の下は、苦虫にタバスコと黒酢をかけて噛み潰したような苦渋に満ちている。


(最愛の女王陛下と次に愛するメイド、更に王女まで攫われたのだから無理もない……)


暴虐なり、魔王アルフレート。

その怒りは、隣国に住む勇者リングウォルドに託すことにした。

勇者としての実力は折り紙付きだ。ただし、例え世界帝国の依頼でも、報酬が気に入らなければ断固拒否するという難儀な性格の持ち主でもある。

そして、王宮の者は知らなかったが、大の遅刻魔でもある。


勇者は約定の時刻を二時間五十分過ぎて現れた。

……イチゴのソフトクリームを片手に。


「……勇者よ。お待ちしておりました。本当に、お待ちしておりました」


大宰相が、疲れ果てた声で迎えた。


「ふぁっひょー」


勇者は唇についたアイスを拭いながら、珍妙な挨拶をする。

それから口上を述べた。


「こんにちはー!寝坊しました!」


一同、困惑。

言葉が全く伝わらないのだ。外国人だから外国語を話すのは当然のことで、王も大宰相も、彼の国の言葉は流暢に話せるし、理解できる。

勇者の言葉が理解できないのは言語の問題でなく、声質の問題であった。

鵥をご存じだろうか。「ジェージェー」と嗄れ声で鳴く鳥である。勇者の声はまさに鵥の鳴き声のようだった。


「だ、誰か!翻訳水晶を持ってこい!」


召使いが爆弾から逃げる民衆のように部屋から出て、忘れ物をしたかのように戻ってきた。これ以上皆を待たせたらまずいと思ったのだ。

勇者の前に翻訳水晶を置いて、再び話すように促す。


『あーあー。マイクテスト』


水晶がスピーカーのように音を発する。勇者の言葉は異言語認定されてしまった。


「それでは改めて。勇者リングウォルドよ。この度は我が国の招きに応じてくださり……」

『リングウォルド?誰だそいつ』

「え?」


勇者は不思議そうに首をかしげる。


「ゆ、勇者様はリングウォルド様で間違いないですよね? 天魔アバフォースを斃した、あの」

『確かに天魔を斃したのは俺だけど…俺の名前はヒョットコテンテンだぞ』

「え?」


皆が絶句する中、部屋の片隅からしわくちゃの老婆が顔を見せた。国に仕える賢者だ。


「……勇者の………言葉は……理解できない……故に彼の国の者は……適当な名前を付けた………のだろう…」

「なぁるほど」


合点。気を取り直して、勇者に魔王を斃してほしいと頼む。本来なら勿体ぶった口上が並ぶのだが、三時間近い遅刻のせいで大分巻いて話さねばならなかった。


「妻二人と娘が魔王にさらわれた。取り返してくれれば娘との婚約と十億円を約束しよう。じゃ、頼む」

『娘さんって美人?』

「うむ。超絶」

『おっぱいは?』

「二つある」

『お尻は?』

「割れている」

『親じゃなかったら抱きたい?』

「言わせるでない」

『……王様とは同じ匂いがするぜ……よし、その条件で魔王を斃してやろう! 王女様と結婚か……これで口うるせえうちのパーティの雌豚どもともおさらばだぜ……』

「何をぶつぶついっておる」


こうして、勇者は勇み足で魔王城へ向かった。城外で待たせていたパーティ仲間の女僧侶、女武闘家、女料理人、女弁護士、女形を引き連れて。

勇者は自分が寝坊したと思い込んでいるが、実際は城下の娼館に路銀の半分を使い込んだために殴られて気絶したのだ。前後の記憶が、彼にはない。


その後、王様から路銀を一円ももらってこなかったことに怒った面々に暴力を振るわれる姿があった。


「仕方ないだろぉ!王女様との結婚で浮かれてたんだから!」

「何言ってんのかわかんないわよっ!」


こうして勇者ヒョットコテンテンの最後の戦いが始まった。


***************


一方そのころ、国税庁。

長官のオカシラ・タイタイは、鉛のように重々しく言った。


「魔王からは、何も言ってこないのか……?」

「はっ。既にずいぶん滞納されております。再三の呼び出しに応じず、魔王城の敷地を増設した際の届け出もないため、固定資産税の見積もりも出ず…」

「全く……何を考えているのだ」


オカシラは嘆息する。税金を敵視する人間が増えた。国の運営、福祉の充実、経済の発展に欠かせないシステムだというのに、だからこそ国民の四大義務(納税、普通教育、勤労、毎朝のラジオ体操)に含まれているというのに。

まるで悪徳借金取りのように言われるのを侵害と思いつつ、それでも嫌われ役は必要と思い直す。


「仮に魔王といえども税金滞納は看過できない。我が国土に居を構えている以上、税金だけは納めてもらわねばならん」

「では、私が回収に行ってまいります」

「うむ。お主なら安心して任せられるぞ」


今回魔王への徴税担当に任命されたのは、ヘリナ女史。彼女の活躍は目覚ましく、国税庁の期待の星だ。ヘリナの辣腕により、城下の悪徳商人、南の山を荒らしまわる山賊の頭、北東の砂漠に住む蛮族、東の山に籠る邪教祖、王宮の最高官僚である大宰相など名だたる人物が滞納していた税金を吐き出した。


ヘリナはすぐに部屋に戻り、魔王が今まで滞納していた額を計算、要求に優先度をつけて、ごねられた場合の対処方法を数パターン思い描く。


「では、参りますか」


ペットボトルの緑茶を持って、彼女は馬車駅に向かった。




***************


勇者は、なんだかんだで魔王城前にたどり着いていた。

勇者とは、天神アメダスの加護を一身に受ける、魔王と同格の存在である。魔王城に強固に張り巡らされた結界も、勇者の力にかかれば蜘蛛の巣ほどの障害物にもなない。


「ブレイブデコピン!」


神の力を乗せて、中指をはね上げる。結界が薄焼きせんべいのように砕けた。


「じゃあ行くわよ!魔王なんてあたしたちにかかれば……あんたは何サキュバスに鼻の下伸ばしてるのよ!近寄ってきたじゃない!」

「あらーん♡あなたいいオトコじゃなぁい」

「そ、そうですか。お姉さんこそエッチなおっぱいですねでへへ」

「何言ってるのかわからないわぁん」

「消え去りなさい淫魔め!」

「乱暴はらめぇ!」


女僧侶の一撃……対悪魔用の、樫のロッドによる一撃で頭をぽかりとやられて、淫魔は逃げ出した。

惜しそうな顔をして未練気に露出の高い背中を眺めているヒョットコテンテンを、女料理人が柳葉包丁でつんつんしながら魔王城へ入る。

女弁護士は、検事か裁判長に転職できないかと考えていた。勇者を弁護できる言葉が思い浮かばず、自信を無くしている。


髑髏が飾られていたり、首のない甲冑が並んでいたり、蝋燭が紫色だったり、いかにもな魔王城の廊下を進む。


「おい……敵が誰もいないぞ」


女武闘家が緊張した声で言う。


「まさか、玉座の間で待ち構えているというのか……」


女形……なので当然生物学的には男なのであるが、ここでは彼女と呼ぶ……は、そんなに大勢の人の前に立つのに化粧のノリが悪すぎやしないかと手鏡を覗き込んでいる。


「あ、あれが玉座の間だ……」


間違いない。ご丁寧に、「玉座の間はこちらになります→」と書かれた看板がある。

勇者達は、激戦の予想に身を震わせ、決戦の舞台に身を投じた……。



***************


「ふはははは!早かったな勇者よ!貴様は遅刻癖があるからもう一週間は待つかと思っていたぞ」


魔王アルフレートは余裕の笑みで、友人に話しかけるような口調で言った。

魔軍四天王……怨嗟竜、邪精霊、黒妖犬、納豆魔人が側に控えている。


「魔王アルフレート! 暴虐の歴史も今日限りよ!大人しく天へ帰りなさい!」

「鼻息が荒いな……まぁ落ち着け。もう少し余と話そうではないか。コミュニケーションは大切だぞ」

「うるさいっ! 美人なお姫様と結婚して理不尽女から解放されるための解放戦レコンキスタなんだ! 時間が惜しい! 早く姫様のおっぱい揉みたい!」

「何を言っているのかわからんな……ゲオルギウス! 翻訳水晶を持ってこい」


名前を呼ばれた怨嗟竜が隣の部屋に行って、例の水晶を持ってきた。


「これでどうだ」

『早くおっぱいをおおおおおおおおおお』

「……水晶が故障しているようだな」


部屋を飛び交うおっぱいの残響に、苦笑しながら魔王は四の瞳を細める。

女武闘家が拳をガキガキ言わせながら叫ぶ。


「攫った妃様と姫様と妾様を返しなさい!」

「攫った?ふはは、人聞きの悪いことを申すではないか。余は鳶ではないぞ」

「姫様も油揚げではないですね」


女料理人が、姫様をおみをつけにいれても染みないよと指摘する。


「妃も姫もあのメイドも、ほれ」


アルフレートの目の一つが光って、空中に映像を投影する。

そこには、キラキラ光る宮殿に煌びやかな衣服を着て寛ぐ三人の姿があった。


「あ、なんてことだ!寛いでおられる!」

「余は、三人を妻に迎える準備がある」

「そんなことは許されない!国土を侵すばかりか、女にまで手を出すとは……」

「だが、皆満更でもないぞ?女王はメイドにばかり浮気するナマル王に愛想が尽きていたし、メイドは禿頭から臭う加齢臭を忌んでいたし、姫は親父が時折自分の尻にいやらしい視線を向けるのに気づいていた」


ヒョットコテンテンは、王は自分と同類であるという予感が当たって嬉しくなった。


「余が気配りを欠かさず服や宝石を与えたら、ほれこの通りだ」


勇者一同、唇を噛む。女形は唇に傷がつくのを嫌がって噛むふりだけした。


「こんなのはまやかしです!」

「そ、そうよ! 暴虐の魔王め、卑劣な!」

『姫は傷物でも、十億円には変わりないんだ! その命、貰ったぞ』

「卑劣はどっちだ」


女僧侶が杖で殴りかかり、女武闘家がガキガキ鳴らしすぎて関節を痛めた拳で殴り掛かる。

女料理人は麺棒で、女弁護士は分厚い法律書で、殴り掛かる。

そして勇者はアメダスの魂のかけらが宿る『神剣パッパラプウ』を抜こうとして、手入れを怠っていたため抜けず、鞘ごと殴りかかる。

女形は、おうえんしている!


攻撃を綽々と躱し、アルフレートは残念そうに呟く。


「ふぅむ……余はもうすこし会話を楽しみたいのだがな。そこまで急ぐのなら相手をしてやろう!無様に倒れ伏す貴様らに上から語り掛けるのも愉悦であろうからな」

『おっぱあああああああああああい』

「煩いッ!」


魔王が放った光の矢が、壊れた翻訳水晶を打ち砕く。壊れてなんかいないが。

それが、決戦の火蓋…………になるはずだった。

そこに、凛然たる声が響く。


「国税庁の者ですが、魔王アルフレート殿はどちらにおられますか!」

「むぅ? し、しまった!」


アルフレートの額に冷や汗が浮かぶ。


「おい....シャルマナ。アレを頼む」


名前を呼ばれた邪精霊が、喉を調節して、甘ったるい声を出す。


「魔王様は他出しておりますので、また後日お願いいたします……」

「どこにお出かけなされたのですか」

「えと、イチゴ狩りに」

「ふうむ、戦時中に総大将がイチゴ狩りとは妙ですね」

「ま、魔王様は一年に一回はイチゴ狩りをしないと気がおかしくなる病なのです」

「なるほど。とりあえずお邪魔いたします」


そう言って、ヘリナは玉座の間に入る。

アルフレートは、黒妖犬の隠匿スキルで体を不可視化している。

しかし、映像投影の光を消すことをすっかり忘れていた。なにも見えない一点から、投影されている。


「......喝ッ!」


修験者顔負けの喝破に、魔王の姿が露見する。


「居留守は良く使われますが、場合によっては滞納処分免脱法違反に問われる場合があります。気を付けてください」

「むう」


呆気にとられる勇者一向を構わず、ヘリナは平たい口調で要件を切り出す。


「光の神殿を増補改築したのは百三十五日前ですね。ただ私設工事だったため届け出が成されておりません。建築の有資格者の監督下であれば我々が文句を言うことはできませんが、後々煩雑なことになるため今後は早めに地方自治体に提出するようお願いします」

「余がこの地方の主なのだが」


そう言っても名義上は以前の領主なり代官なりが治めていることになるので、アルフレートは住民の一人、一般魔王なのだ。もし領主になりたいなら貴族の養子に入るなり公務員試験に合格して地方役になるしかない。


「……形状しがたいほど茫漠とした不満があるが、法律なら仕方あるまい」

「では、まず所得の方から」


そう言っていくつもの資料を鞄から抜き出す。その分厚さに一同は唸った。ヒョットコテンテンは訳が分からず鼻毛を抜いている。


①土地の固定資産税=評価額×1.4(税率)


「評価額は課税床面積、住居床面積などで変化します。未申告であるため、これに未申告加算税が課されます」


未申告加算税は五十万円以上の場合全体金額に1.2を掛けた値になる。

評価額は増補で増した床面積を測定しなければならないので、とりあえず光の神殿と同じ計算でいくと、


1300000×0.14×1.2=218400(円)


「増補分を合わせると、ザックリで申し訳ありませんが三十万ほどになるかと」

「さんじゅうまん……」


思わず生唾をのむアルフレート。かつてライバルであった『不滅仏ジャランダ』との決闘の時のように、冷や汗が止まらない。

ヘリナは仏の慈悲など一切持ち合わせておらず、先に進む。


「魔王軍は法人扱いですので、法人税と事業所得税も課されます」

「そうだったの……」


女弁護士がびっくりしている。魔王軍が法人で、魔王が国民扱いされているのなら、案外裁判所に訴えるだけでよかったんじゃないだろうか。


法人税=所得×税率


魔王軍の年間所得は近隣の村や街から強奪した金品や売り飛ばした捕虜の総額から考えて、14000000円と計算した。また、魔王軍の資本金は明らかに100000000円を超えている。

8000000円までの税率は15%、それ以上は23.4%だ。


8000000×0・15+(14000000-8000000)×0.234=2604000円


また、事業所得税は魔王軍としての活動には特に当てはまらない。ほとんどが侵略行為、つまり軍事行動であり、軍事は事業所得の対象外だからだ。


安堵するアルフレートに冷や水がぶちかけられる。


「ただし、ゼボルドーナ様が商品化された【地獄納豆ぜぼる】は対象になります。あ、こちらは申告済みですね。ただ記載に間違いがあるので後で訂正をお願いします」


胸をなでおろす四天王筆頭・納豆魔人。アルフレートが裏切り者を見て歯噛みする。


「それから、複数の女性に邸宅や高価な金品を贈られていますね。あら、これは女王様と姫様では」

「それは」

「まあいいでしょう。誰であろうと、他人への金品授与には贈与税が課せられます。我が国では受贈者課税方式が採られているので、これは女性たちに支払ってもらうことになります」

「無体な!」


アルフレートの悲痛な叫びを無視して、計算を始める。


与えた土地の不動産取得税+名義変更税+滞納加算税+未申告加算税で3220000円。贈与税の税率を舐めてはいけない。40000000円以上の贈与には55%の税率がかかるのだ。国はニートを認めない。ヒモはもっと認めない。


「馬鹿な! 妻に送る金品になぜ税金がかかる!」

「まだ婚姻届を出していないので、姻戚関係と認められません。よって、配偶者控除は認められません」

「出せるわけが無かろう」


一応、偉そうなことは言っても攫ってきたのである。攫ってきた王国の役所に、「結婚するんですえへへ」なんて言えるわけがない。でも税金つらい。


その後も軍事用に奪った山林の所得税やその他もろもろの雑所得、付設税、そして未申告加算で金額は膨れ上がっていく。


アルフレートは思った。

あれ? どうして余は徴税官のいいなりになっているのだ? 邪神フネの寵愛を受けた【暴虐の魔王】が税金などに屈してよいのか?


「おのれ、好き勝手言いおって。残念だが今の軍にそんな金を払える余裕などない!」


本当である。長引く戦役で家臣の心が離れないように、定期的にパレードやクイズ大会などのスポンサーになってきた。経費は軍費と資材から折半である。参加賞は捕らえた虜囚で間に合わせたが、準優勝賞品の無双槍ハレキエルボルグや、優勝賞品の薄型高画質プラズマテレビ(S〇NY製)を用意するのに大変なコストを要した。


「では、しかたありません」

「わかったか」


ヘリナは立ち上がり、眼鏡をくいっとあげて、最終処断の宣告をした。


「差し押さえに移ります」

「させるものか。四天王よ! 力を解放せよ!」


怨嗟竜ゲオルギウス、邪精霊シャルマナ、黒妖犬フルハウス、納豆魔人ゼボルドーナが、待ちかねたとばかりに濃い魔力を解き放つ。

その邪悪な波動にやられて、何の耐性も無い女料理人と女弁護士が気を失った。


「くっ……状況が全くわからないけど、どうやらたぶんおそらく決戦のようね。わからないけど」


ヒョットコテンテンが頷き、ニヒルな笑いと共に勇者の秘技を使おうとしたとき、烈然たる声がした。


「『ゼイキンアタック』!」


ヘリナが唱えるや否や、四天王の体が吹き飛び、ゴムボールのように部屋の壁から壁へぶつかり跳ね返りして、ボロボロになって四隅に倒れた。


「し、四天王が一瞬で……?」

「無駄な抵抗はやめることです。足掻いても税金は減りません」

「ふ、ふ、しかし、いくら貴様でも邪神の加護を得た余の結界までは壊せまい。余に人指たりとも触れることは能わぬのだ」

「『ゼイキンブレイク』」


魔王の体を庇護していた結界が、古くなった薄焼きせんべいのように割れて、消えた。

アルフレートは四つの目をまん丸にして固まる。

ヘリナは笑みもせず、起こりもせず、淡々と、滔々と事務的口調で説明する。


「結界も魔法も無駄なことです。徴税官は、税金神タックスの加護を与えられています」


税金神タックス。創造神や宇宙神、世界の真理にすら滞納税金を支払わせるという凄腕の徴税神だ。邪神など、歯も生えない赤子のようなものである。

遂に観念したアルフレートは、がっくりと項垂れて、差し押さえの運命を受け入れた。

暴虐の魔王とはいえ、あまりに哀愁漂うその姿に、勇者一同も思わず涙ぐむ。


「うおおおおおおお!」


千載一遇のチャンスとばかりに、魔王の背中に神剣を突き立てようとするヒョットコテンテン。彼の頭には賞金とおっぱいしかない。


「死ねまおおおおおうう」

「な、何を言って」

「『ゼイキンパンチ』」


剣先が魔王に届く前に、ヘリナの華麗な掌底がヒョットコテンテンの鳩尾に突き刺さり、壁にめり込むほどに吹き飛ばされた。


「ぐはっ」

「勇者御一向ですね。事情は察しますが、国税の徴収は国事における最優先事項です。討伐は、差し押さえ手続きが完了してからにお願いします。後々お困りがありましたら、国税庁のヘリナ・グレンジャーかオカシラ・タイタイにご連絡ください」

「お、お姉さん……今の一撃は、痛すぎる………でも、気持ちい、い」


最後の最後まで我を貫いたヒョットコテンテン。彼こそまさに、勇者と呼ぶに相応しい男であろう。我らが痴漢ゆうしゃに光あれ!


ヘリナも彼の今際の言葉に、困ったように眉根を寄せる。初めて、人間味のある表情を浮かべてから、彼女はこう言った。



「何を言っているのか、わかりませんね」

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暴虐の魔王は税金に泣く 大魔王ダリア @mithuki223

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