5.幼馴染だから

 私と弘樹が教室に到着したとき、教室の中にはほとんどの生徒が揃っていた。近くにいた、まだ名前も知らないクラスメイトたちに挨拶しながら、私は自分の席に着いた。弘樹はクラスに知り合いがいるみたいで、その子と話をしていた。私は奈緒以外に知り合いはいなかったけど、近くの席の子と適当に喋り始めた。そんなうちに、本鈴が鳴って担任がやってきた。

「……大島? 大島奈緒、欠席?」

 人影のない席を見て、担任は名簿と照らし合わせた。

「あっ、大島さんは体調を崩して保健室に行ってます」

 答えたのは私。担任は「そうか。わかった」とだけ言って、名簿にチェックを入れた。


 朝のホームルームが終わって、始業式のためにグラウンドに移動することになった。途中で保健室の前を通ったけど、ドアも窓も閉まっているから中は見えない。

「夕菜ちゃん、夕菜ちゃん」

 誰かに呼ばれた。振り返ってみれば、やっぱり弘樹。

「なに?」

「あの……大丈夫、かな……?」

 弘樹が言っているのは、たぶん奈緒のこと。

「大丈夫なんじゃない? 奈緒って体は丈夫だから」

「じゃあ、なんで……急に……」

「うーん……やっぱ環境じゃないの? 先生も言ってたし」

 でもその"環境"が何を差すのか、私の考えは先生とは違っていたと思う。

「そんなに変わるもんなのか……中学と高校って……」

 やっぱり弘樹は気づいてなかった。

 奈緒がしんどくなったのは、たぶん弘樹のせい。


 始業式が終わって靴を履き変えようとしたとき、

「あれ……手紙?」

 私の上靴の中に紙が入っていた。

 靴を履き変え、歩きながら開いてみた。奈緒からだった。

 ──さっきはごめんね。まだちょっとしんどいから、今日は保健室にいることにするよ。帰りに迎えに来て。荷物はさっき取ってきました。弘樹君にもよろしく。──


 早く奈緒を迎えに行きたかったのに、私は教室の掃除当番になってしまっていた。

「なんでいきなり掃除とか……」

「頑張れよー」

 先に奈緒のところに行っても良いと言ったのに、弘樹は私が掃除を終えるまで待つと言った。奈緒が待ってるから早く行くように促したのに。返事が聞けるかも知れないのに。「お、俺ひとりで行けるわけねーだろ!」という返事が返ってきてしまった。

 なんだ。ふたりして私を使ってるわけ?

「なんで私が?」

「……幼馴染だから」

「幼馴染だからって……じゃあ、あのとき私がいなかったらどうしてたの?」

「それは……それはそのときだよ」

 絶対、私を使ってる。私を使って奈緒に近づいてる。

「弘樹君、昨日あれから奈緒に何て言ったの?」

 途端、弘樹の顔がほんのりピンクに染まっていった。

「そ、そんなのなんだっていいんだよ」

 言ってから弘樹は荷物を持って、廊下にいる友人に話をしにいった。

 とりあえず私は適当に掃除を続け、最後にみんなの机を雑巾で拭いた。今日はまだゴミも少ないから、ゴミ捨て場に持っていくほどもない。なのに担任は掃除メンバー全員をその場所に連れて行った。ゴミ捨て場くらい、裏門のすぐ横だから知っている。

「おっつかれー」

 教室に戻ってくると、弘樹が待っていた。

「先に行ってれば良かったのに」

「まあまあまあまあ。早くしろよ。行くぞ」

「なっ、何よ? 勝手に待っといて!」

 という私の言葉を無視して、弘樹は先を行く。

 ──弘樹って何なんだろう。

「ちょっとーっ! 弘樹ーっ!」

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