4.保健室にて

「保健室は確か……えーっと……」

 どこだ。保健室はどこだ。

「俺、知ってるけど、行く?」

 奈緒はうなづき、弘樹は保健室へ向けて歩き出した。私は教室で待っていようと思ったけど、奈緒の目が『ひとりにしないで』と言っている気がしてついて行くことになった。やっぱり私は邪魔かもしれないけど、保健室の場所は知っておいたほうがいい。

 保健室は1年生のクラスがあるのと同じ1階にあって、それは正面玄関のすぐ横だった。

「あれ? おまえ弘樹?」

 保健室から出てきた男子生徒は、制服の上着を脱いでシャツの右腕を捲くっていた。肘に怪我をしているようだ。

「あ、先輩……また怪我っすか?」

「ただのすり傷だよ。お前は?」

「いや、クラスの子が……保健室の場所がわからないって言うんで」

「ふーん。ああ、そうか1年か。おまえが知ってるのもおかしいけどな」

 そう言って弘樹の先輩は笑いながらどこかへ消えていった。

「今の、誰?」

「中学部のときのクラブの先輩。いつもああやって右肘に怪我するんだよ。いつも地面すれすれで受けてるから」

 この学校のバレー部は外で練習をしているらしい。


 先生に言われて奈緒が手を離すと、既にそこは紫色になっていた。入学早々からこんな姿を見せるのは恥ずかしかったけど、ちょうど前髪で隠れる場所なのがせめてもの救いだった。とりあえず冷湿布を貼って熱を取る。

「冷たっ──」

「我慢我慢。ちょっと恥ずかしいけど、お昼くらいまでそのままでね」

「はい……ありがとうございました……──」

 礼を言って立ち上がった瞬間、

 ドタッ!

「奈緒?」

「奈緒ちゃん?」

 奈緒は倒れた。

「あららっ、大島さん、大島さん!」

 その声に気づくことはなく、奈緒はしばらく保健室で寝かされることになった。

「先生、奈緒は大丈夫なんですか?」

「そういえばちょっと顔色が悪かったわねぇ……でもすぐに気がつくでしょう。環境が変わって緊張したのかしらね」

 寝ている奈緒の横にずっといるわけにもいかず、時刻はもうすぐ8時15分だった。

「あー、予鈴まであと5分だ」

「あら。あなたたちは教室に戻ったほうがいいわね」

 私と弘樹は先生に奈緒を頼み、保健室をあとにした。


 予鈴が近いこともあって、校舎内は生徒の姿が多くなっていた。私と同じような、まだ教室の場所しかわからないような1年生に、クラス替えや友人との再会に喜んでいる上級生。ほとんどの生徒は楽しそうだったけど、私はそんな気分になれなかった。

「夕菜ちゃん──」

「なに?」

「昨日のこと……知ってる? 駅で別れてから……」

 私も弘樹も、顔をあわせずに歩きながら話し続けた。

「大体ね。弘樹君に会ったらすぐ返事するって言ってたけど」

「そっか……」

 まだ返事がどっちなのかわからない弘樹は、大きなため息をついた。

「あれ、心配してるの? ダメだったらどうしようって?」

「し、して悪いか? あんなイイトコのコは簡単にはいかないだろ普通?」

 ということは、弘樹は奈緒の家のことを知ったことになる。

「でも奈緒……朝からすごい嬉しそうにしてたよ」

「えっ、ほんとに? 絶対? 期待して良い?」

「とりあえず奈緒にはね。家の人がどうかは別にして。でもまぁ、大丈夫なんじゃない?」

「はぁー、良かった。俺、朝から全然落ち着けなくってさー、ずっとウロウロウロウロ……さっき奈緒ちゃんとぶつかる前もダチんとこ行ってため息ばっか──」

「弘樹君……奈緒とぶつかったの?」

「ん? いや、ぶつかりそうになってびっくりして、体勢崩した奈緒ちゃんがドアにぶつかったんだよ」

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