最終話 二人は分かちあう
時間は瞬く間に過ぎ去っていく。
朝起きて、朝食を食べ、学校に行く。
授業を受ける。
楽しい授業、かったるい授業、内容は様々だ。
だがそのどれもが同じ時間を費やし、決まったタイミングで終わる。
どんな過ごし方をしても同じ時間。
放課後。
部活動だ。
運動部も文化部も、大会や試合に向けて切磋琢磨する。相手は他校だけではない。同じ学校のメンバーの場合もあれば、自分自身の時だってある。
わが放送部も例外ではないが、流石にこの時期ともなると大きな大会などはない。適当に原稿を読んだりするくらいで終わることの方が多いのだ。つまり、今日も終了予定時刻よりも早く活動は終了した。
先輩たちも帰り、後片付けをしていると部室のドアからノックが響いた。
「終わった?」
部屋の住人からの返事を待たず扉が開く。愛栖ちゃんだ。
「まあ、ちょっと前にね」
最近はこうやって放課後に部室で会うことが増えた。
「ねえ、カカオって好き?」
慣れた動きで俺の隣の椅子に掛けつつ、短いながらも多くの意味を含んだ愛栖ちゃんからの質問。
俺は部室のカレンダーを見る。久しぶりに日付を見ると、今は2月の初週。来週は今までなら特に気にも止めなかったあの日だ。
「甘すぎないのが好きかな?」
俺は短く答える。
「なるほどー、わかった」
向こうも無駄に長くない返事だ。
……今年は本命手作りチョコ、かな。
去年はまだ既製品で、百均のリボンを巻いたものだった。いや、中学生が義理で贈るものにひと手間かかってることを誉めるべき! と怒られたっけ。
今年は双方に本命がいる。
恐らくは加奈ちゃんと休みに作るチョコのリサーチを行っているんだろう。
「加奈ちゃんと作るんだろ? 櫂は何て? あいつ甘党だもんなぁ」
「それが、姫ったら教えてくれないの」
……ん?
「でも加奈ちゃんが一人で作れるわけ」
ないよな?
「今年はちょっとチャレンジしたいことがあるから、って別で作る予定なの」
櫂、頑張れ。
「あんまり言いたくないけど、姫、たぶん失敗すると思う」
「……さすがに否定もできない。かといってやめないだろうし」
「私は、うまくできて欲しいな」
うーん、それはそれで、間違いないんだけど。
「作るのって今度の土日?」
「うん。材料は金曜の帰りに。姫とは一緒に材料は買う予定」
どうしようか。二人の問題に首を突っ込むのもどうかと思う反面、あの二人だしなぁ……
「何か考えてるでしょ」
バレたか。
「加奈ちゃんにちょっと、聞いた方がいいかなって」
「んとね、『いつものでいい』って言われたって」
「いつもの? いつもチョコでいいって?」
「たぶんそうなんじゃないかな?」
あーあ、それだよ。
「でもね? 私思うんだけど」
「うん?」
「姫は、櫂くんのだけちゃんと作ってた気がするの」
「そうだっけ?」
義理チョコをクラスのやつらにばら撒いてたのは覚えてるけど、櫂へ渡してるところは見たことはないなぁ。
「そういうところだよ、保くん」
「俺がモテたいのは一人だけだから、いいんだよ」
「そういうところもだよ、保くん」
うへえ、これは尻に敷かれますねぇ。
ただ、悪い気はしない。
「でも、ちゃんと作ってるなら櫂の『いつも通り』も意味はあるんじゃないか?」
「あのね、片想いと両想いとで同じもの贈れると思う?」
「うぐ、厳しいご指摘。そりゃそうか」
「それに、付き合って初めてのチョコだよ? 絶対気合入れたかったと思うなぁ」
これは、きっと俺自身にも言われてる事なんだろう。
「私が思うに、姫がずっと櫂くんの傍に居続けることができたのは、姫のこういう気配りがあったからだと思うな」
そう言われれば、確かに思い当たるところがある。
普通の幼馴染みは大体途中で思春期特有の嫌悪感が原因で疎遠になることが多い。何せ自分の恥ずかしい過去や経験を自分の知らないことまで知っているからだ。例えば俺の幼稚園での話とか。
それに加えて、加奈ちゃんは告白・玉砕を経て今だに櫂を想い続けた。やっと報われたと思ったら本人は延長線にいる感覚。彼女なりに見返りというか特別な日にしたかったのかもしれない。
「櫂からしたら、もう加奈ちゃんは家族同然だしな。あいつの最上級の対応は『家族として扱う』だからさ」
「これは、荒れそうだよ保くん」
ぐい、と愛栖ちゃんが椅子ごと近づく。
「仕方ないよ」
とはいえ、加奈ちゃんを含めて誰もそうは思っていない。櫂を除いて。
せっかく仲を取り持って、取り持ってもらった間柄だ。こんなつまらないことで仲違いなんてされちゃあつまらない。
「放っておくの?」
再度近づく。もう肩が触れ合う距離だ。
「まさか」
恩人たちが別れるなんてことがあったら末代まで祟られる。
それに、こんなかわいい顔でぷりぷり怒られては、何とかしないと自分たちも危うそうだ。
俺は自然な動作で机に置かれた彼女の手を取る。
「じゃあ、勇気の前借りをもらおうかな」
そう言って、俺たちはもう何度目か分からないキスを交わした。
◆◆ ◆ ◆
学校の帰り道。
先に愛栖ちゃんを家に送って帰ってくると、意外な人物が家の前で待っていた。
櫂だ。
「よ、遅かったな」
いつも通り…… に見えて、笑顔が無い。
「加奈ちゃんと何かあったな?」
俺はストレートに話題を振ってみた。
だが、帰ってきたのは意外な反応だった。
「すまん! 頼みがある!」
突然、日の暮れた玄関口で櫂の大声が響き渡る。
「わ、わかったわかった。とりあえず中入れよ」
いったん夕食を後にして、部屋に櫂を通す。
クッションに座ると、櫂は見るからに肩を落とした。
「なあ、保…… 悪気があったわけじゃないんだ」
とりあえず、俺は頭を抱えた櫂からの話を一通り聞いた。
大体はさきほど愛栖ちゃんから聞いた内容と同じだったが、細かいところが微妙に違った。
一番気になったのは『口論になった』ところだ。
「怒鳴り合ったわけじゃないけどさ、俺なりの最善が、加奈の最善じゃない、ってのは言葉の意味では理解できる」
うん。
「受け入れろ、とかいうつもりはない。つか、言えるはずない。けど、何が最善か言われるまでわかんねーって」
「悪気のない悪さ、だな」
これは俺も他人事ではない。
櫂も鈍感ではない。が、自分の尺度に頼りきりなところがある。修正すべき準備があっても、指摘項目がないと自分から直すのは困難だ。
……ちょうど本人もいるし、荒療治に挑むか?
俺は『静かにしてろよ』のジェスチャーをしながらボイスチャットを起動し、机の上にスマホを置く。
画面には『加奈ちゃん』と表示されている。
「お、おい!」
焦る櫂を横目にアプリは通話開始状態になった。
「おつかれー。どうしたの?」
「や、愛栖ちゃんに聞いてさ。今度アレの買い出しに行くって」
「むー、おしゃべりなファンは困るなぁ」
……なんで泣きそうな顔してるんだよ櫂。
「せっかくだからさ、愛栖ちゃんと作ったら?」
「どうして? あぁ、味? 大丈夫だって。最近お弁当もちゃんとできるようになったし」
確かにそうだ。年が明けてからと言うもの、櫂は以前よりも本当においしそうに加奈ちゃんの弁当を食べるようになった。
だからといって、チョコも同じかと言うと俺はそう思わないけどな。
「大丈夫だって。細かいレシピは買い物の時に愛栖ちゃんからもらう手はずになってるし。そもそも……」
「加奈」
不意に櫂が加奈ちゃんを呼ぶ。俺は慌てて口をふさぐが、恐らくマイクは拾ってしまっただろう。
「初めての両想いバレンタインをいつもと同じ様にしたいなんていう唐変木をギャフンと言わせるチョコを作らなきゃいけないんだから。愛栖ちゃんと一緒に作るだけじゃ足りないっての!」
はは。
これ、多分大丈夫なんじゃないか?
「加奈ちゃんは、本当に櫂が好きなんだな」
「保は、愛栖ちゃん嫌い?」
「うぇ? そ、そりゃ」
本人のいないところで聞く内容じゃ無くね? いや、いてても恥ずかしいわ。
「好き、だよ」
しかも、知り合い二人共に聞かれながらとか。
「どういうところが?」
「え、えっと、どこ…… とか急に言われても」
今まで頭の中は櫂の事ばかりですぐに言葉に出ない。
「仕草がいじらしいとか、話し方に気遣いがあるとか、それに」
「それに?」
これは自信がある。
「俺しか知らない笑顔がある」
が、そこで、数秒沈黙。
「「ぷぷっ」」
と、ここで櫂と加奈ちゃんが同時に笑った。
「……わかった。休日は愛栖ちゃんと作る。これでいい?」
え? よくわからないがうまくいったのか?
「あ、いや、うん。櫂もきっと楽しみにしてる」
「じゃあ、横の唐変木にもよろしく言っておいてね」
ここでボイスチャットは切れたが、何故か櫂は機嫌がいい。
「何で笑ってるんだよ」
「俺も同じだからだよ」
え、何の話?
「俺も『いつも通り俺だけが知ってる笑顔で渡してくれたら、すごくうれしいから』っていって怒られたんだよ」
すまん、俺も怒られるかもしれない。
◆◆ ◆◆
バレンタインデーも終わり、俺たちは以前に増して距離を縮めた。
櫂たちも非常に順調で、高校卒業後には同棲するかもしれないなんて話が出ている。
一番驚いたのは、愛栖ちゃんだ。
なんと、お父さんの和樹さんと美鈴さんが結婚するとのことだ。
しかも、来年の三月には和樹さんは会社を辞めて、美鈴さんが始める『ノベルカフェ』のマスターとして働くらしい。大量の本の移動は、このためだったとか。
そのために来年にも和樹さんは美鈴さんの住むN市へ引っ越すらしい。
つまり、大学に行くまでの間愛栖ちゃんはあの家で一人暮らしをする。
なら、俺のすることは一つだ。
彼女を守りぬくこと。
……俺も一緒に住みたいが、ほぼ近所であるためにさすがにその許可は下りなかった。
もちろん、彼女の父親に。
なにせ俺は愛栖ちゃんも引っ越す話だったのを引き止めるために直談判しに行った本人で、しかもお互いの仲を認めてもらったからには、守らなければならないからだ。
今はまだ、将来のことまでは漠然とし過ぎていてうまく考えはまとまらないけど、もう迷うことも間違えることもないだろう。
「行ってきます」
時間は過ぎても、やるべきことは変わらない。
「おはよ」
大切な人たちのために。
「……って、櫂たちは?」
「わかんない」
「じゃあ、ゆっくり歩きながら待つか」
どちらからともなく、手を繋ぐ。
伝わる温もりに冷えた心までもあたたまる。
特に言葉を交わすことは無かったが、それでもこの何気ない一日を過ごせる充実感は、確かにあった。
結局、学校に着いても櫂たちは現れなかった。
本人たちが来ないのに、下手な詮索もできないといったん教室へ入る。
朝のホームルームが始まる数秒前。誰かさんの駆け足が廊下から響いてきたと思ったら、予想通り俺の前で静止する。
「保! 昼休み頼みがある!」
「わ、わかったから、まず座れって」
言い終わると同時にチャイムが鳴り、担任が入ってきた。
櫂の頼みも、そろそろワンパターンだなぁと思いながらも授業は、時間は正確に過ぎて行く。
そして昼休み。
俺も少し前、ついに彼女弁当デビューを果たしたので愛栖ちゃんと屋上に行くと、そこにはなぜか櫂が一人だけ待っていた。
「あれ? 姫は?」
「加奈は…… 電話中だ。その、親父さんと」
ちょっと何があったかをすぐに聞けない雰囲気だ。
俺たちはとりあえずいつもの場所に座って、櫂の言葉を待った。
「なあ、保。教えてくれないか」
神妙な面持ちで俺たちを見つめる。病気か? 事故か? あるいは……
そんなマイナス思考がよぎる中、櫂から衝撃の一言が放たれた。
「彼女の父親を説得するには、どうしたらいい!?」
完
俺の親友と幼馴染みが付き合うと思ったら 国見 紀行 @nori_kunimi
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